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いやらし天狗 ~穂波編~
眺望のさきに
しおりを挟む「山川さん! お久しぶりです」
「こちらこそ! これ、お土産です」
顔をほころばせた桃井が広場で出迎えた。暫らく見ていないうちに痩せたようだ。
「ほお、グラスですか? 」
「ええ、有名なガラス工房のグラスです。うすはりで軽いですよ。よかったら巴那河さんと使ってください」
筋蔵の出来事があって、桃井とは何かあった時のために連絡先を交換していた。最近は食がめっきり細くなったと嘆いていた事もあり、見た目だけでも楽しめるように買ってきた物だ。他にも喜びそうな物をいくつかチョイスした。
「ありがとう。立ち話も何ですので、中へどうぞ」
おだやかに微笑む桃井の後について行けば、懐かしき宿舎へ着いた。1階の広間で作務衣姿の巴那河が出迎える。
「山川さん、よくお越しくださいました」
あの事件から時が経ち、村も落ちつきを取り戻していた。筋蔵がいなくなって『御手つき』達も以前より安心して暮らせる村になっている。
底知れない巴那河のことは、今でもちょっと苦手だ。しかし普段は礼節をもって接し、アドバイスまでしてくれる。良い人と言っていいか分からないが、いい人だ。
「まだ話していたいですが、私はお勤めがあるので失礼します。それでは山川さん、ゆっくりしていって下さい」
にこやかに礼をした巴那河は拝殿へ向かう。入れ替わりでコーヒーカップを盆へのせた桃井が部屋へきた。
「桃井さん言っていただけたら僕が……」
「いえいえ、私も腕をふるういい機会です」
土産で持ってきた豆をドリップしたコーヒーだった。挽きたての深い香りがカップから立ちのぼり、腰を下ろした桃井も味わっている。
「山川さん、あの話ですが本当にお買いになるのですか? 私は国内に身内もいないので、お譲りしてもよかったのに……」
「桃井さんの申し出にはビックリしました。けど自分で決めたことですから、宜しくおねがいします」
会社伝手の知り合いがクライミング施設を建設予定だった。講師にも誘われてる施設は、最近何度も訪れた駅の町だ。
移住に加え、大自然のなかでのクライミング合宿や登山客が泊まれる物件を探していた。それを知った桃井は、住んでいない生家を譲ると申し出た。さすがに貰うわけにはいかないと購入する話が進んだ。
生家は集落の入り口の辺りで、村の主要道路沿いに建っている。周囲は田畑で遮蔽物もなく見通しのよい場所だった。車があれば町へ行くのも然程かからない。
「こんな破格の値段で……お伝えした通り改築で内装もだいぶ変わります、本当に良いのですか? 」
「かまいません、私1人にあの家は大きすぎる。誰も住まないより使われた方がいい、それが貴方なら私も嬉しい」
桃井は生活の拠点を鼻高神社の宿舎へ移していて、生家には年数回ほど掃除と風通しのために帰ってくるだけだと言う。
カップを手に持って傾けると、仄かな甘みと苦みが口へ広がる。ホテルマンの経歴もある桃井のコーヒーは、専門店のような繊細な味わいだ。
「ところで、富岡さんにはお会いになりました? 」
突然の問いかけに、口へ含んだものを噴きそうになった。誰が見てもわかるくらい動揺した穂波は、ガチャンとカップを受け皿へ置く。にっこり笑った桃井の目が光る。
「ま、まだですけど? 」
「そうですか……実は事件の後にたびたび富岡さんの元を訪れまして、ある事を教えてました」
「ある事? 」
穂波のノドがゴクリと鳴る。偏屈な熊男がいったい何を学んでいるのだろう。桃井は座椅子の横にあったスマートフォンをテーブルへ置いた。
「私が山川さんと連絡を交わしてると知って、興味を示されたご様子だったので使い方を説明しました。驚いたことにあの方、前時代の衛星電話みたいな物しか持っておられなかったのですよ」
営業マンであった穂波は連絡先の交換に手馴れていたけど、富岡には言いだせなくて後悔していた。しかし彼が現代の利器ではなく、型の古い衛星電話しか持っていなかった事は妙に納得してしまった。
物件を確認するためレンタカーを走らせていると、見晴らしのよい場所に1軒家があった。
「あの家ですか? 」
「そうです。古い家でしょう」
桃井といっしょに生家を見まわる。外装や雨戸は経年劣化していたが、柱や内装は綺麗だ。残っていた物は整理したそうで、家の中は片付いている。
「壁は補修が必要ですけど、基礎や柱は問題ないです。裏に使える井戸がありますよ」
「1階は受付とリビングダイニングで壁を取り払って、2階はそのまま泊まれる部屋へ変えようかな。シブい色あいの柱と梁を残して、古民家風のログハウスに……」
間取り図を見ながら目を輝かせる穂波を桃井がにこやかに見守った。ひとしきり屋内を見回り、閑談を終えて出る頃には夕方になっていた。
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