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いやらし天狗 ~穂波編~
クリフハンガー
しおりを挟む桃井の車に乗せられて鼻高神社へ行くと数台の車が停まっていた。昨日、置きっぱなしにしたワゴンもある。
やや緊張した顔の穂波が車を降りれば、巴那河が出迎えた。
「山川さん、私のいない間に大変な目に遭われたようで……ひとまず此方へどうぞ」
宿舎の大広間へ案内されると、村の男や祭りの前日に台所で出会った者たちがいた。巴那河の一派なのだろう、口々に話し騒然としている。意外だったのは、スーツ姿の白石がその場にいたことだ。
「皆、落ちつきなさい」
巴那河が声をかければ、その場にいた者は静まりかえり一様にこちらへ視線を向けた。皆、困惑したり怖れを抱いた表情をしてる。
不安になって後退った時、後ろから手を握られた。ふり向くと真後ろにいた富岡がうなずく。憂いが拭い去られ、ふかく息を吸った穂波は顔を上げた。
「あらためて、私の力不足で辛い思いをさせてしまったようじゃ。後のことは我々が――」
「待ってください巴那河さん、僕は徳守の動向を知りたいのです」
深く礼をした宮司が口速に話すのをさえぎった。穂波は写真を家族や友人へ送りつけられる事も覚悟している。どんな手を使ってきてもおかしくない筋蔵の動きを知りたかった。
奇妙な間があった。
大広間にいる者達は互いに目を合わせている。
「もしや……昨晩のニュースを拝見されていないのですか? 桃井? 」
「申しわけございません。昨日のお2人に負担をかけるのもと思い、私からは伝えておりません」
宮司は目を見ひらき額へシワをよせた。横へ座った桃井が申し訳なさそうに礼をする。
ふたたび大広間が騒めき、咳ばらいをした巴那河はまっすぐ穂波を見る。
「徳守は昨日、車の事故で亡くなりました」
「え……? 」
巴那河から事の顛末を聞かされた。
町へ向かった徳守の車はスピードを出しすぎ、中央線を越えて反対側のガードレールへ衝突した。前面はぐちゃぐちゃに拉げて、ひっくり返った車から漏れたガソリンに引火して燃えた。
時間的には穂波たちの前から姿を消した後だった。
目撃者の証言では、車体がゆがみ後部座席に閉じこめられた男は生きたまま燃えさかる炎の中へ消えた。
「あやつは生きながらに焼かれた。筋蔵は権力に思い上がってやり過ぎたのじゃ……天狗様にとって代われるはずなどない。きっと天狗様の怒りを買ってしまったのだ」
巴那河の目の奥にゾッとする炎が垣間見えた。
マエ様の御手つきを私物化してやりたい放題だった張本人がいなくなり、筋蔵の派閥は散り散りになった。助平も今回の出来事で天狗の祟りをおそれ、引きこもっていると言う。
助平に圧力をかけ筋蔵の私室から写真や映像を押収したら、穂波以外の写真や脅迫文も見つかったそうだ。御手つき達の不利になりそうな物はすべて焼却処分した。
「あなたの心配の種は排除された。後は我々が処理します」
あまりの急な展開に言葉を失って呆然としていると、大きな座卓の正面にいた白石が口をひらいた。
「事故の原因はさておき、山川さんは待ってる人がいるでしょう? 駅まで送ります。それと君は――」
まつ毛の長い目がこちらへ向けられ、にぎっていた大きな手に力が入った。
「猟銃のことは少し面倒ですが、手をまわそう」
「……アンタに借りを作るつもりはねえ」
熊男はこわばった顔で唸ったが、白石は話を続ける。猟銃が不適切に発射されたことで、富岡が猟を続けられなくなる可能性があった。
「どうしようとかまわない。だが山の集落に暮らす私は、君が山へ入ることで害獣の被害を減らす貢献を知っている。筋蔵の悪事のせいで貴重な猟師が居なくなるのは忍びない。……君のとなりの彼も、そう思っているのではないかな? 」
白石は片手でメガネのフレーム位置を直した。富岡はしばらく唸り、穂波を見た後うなずいた。
「決まりだ。富岡さんは私の秘書について行って手続きをして下さい。山川さんは警察の事情聴取が入る前にここを離れた方がいいですね」
「そんな……」
唐突な出発と別れ、心の準備が出来ていなかった。悲愴な顔で見上げた先の男は目を伏せる。
「もう心配することはねぇ……いちおうコレ持って帰りな」
頭を撫でられて真新しい文字の書かれた木札を渡された。穂波が失くしてしまったのを気付いていたようだ。互いに握った手がほどかれ温かさが消えてゆく。富岡は振り向くこともなく、秘書と共に出ていった。
遠ざかっていく鼻高山を見つめた。隣へ座った白石が視界に入り、彫像のごとく美しい横顔が黄昏の夕日に染まっている。スーツの襟元には筋蔵と同じ議員バッチが鈍く光りを放っていた。
「筋蔵のことは心配いらない、彼には私もずいぶん悩まされた。君に関する物が今後出てきても、私がすべて処分すると約束しよう」
沈黙に包まれた車内へ静かな声がひびく、穂波の不安を取りのぞくために言葉をかけたのだろう。白石は窓の外を見たまま言葉をつづける。
白石の母は他所から嫁いだ女で彼は連れ子だ。蟲術を行っていた先祖のせいで呪われた早死にの家系だった。災いを防ぐと云われる黒天狗の村へ母が嫁いだ夜、黒入道のごとき天狗と獣の争う恐ろしい声を子供の白石は聞いた。
白石がニエに選ばれた時期は若者がいなくて、稀なケースだったけれど2度ニエに選出され2度とも黒天狗に選ばれた。
「人によっては恐ろしくもあり救済者でもある。私は……忘れられない、いまでも窓辺で待つんだ。マエ様が現れて連れて行ってくれるのではないかって……」
祭り以降、白石の前に黒天狗が姿を現すことはなかった。出会うのは名残のような小さい天狗だけ、そう話す彼はなにかを探して山々を眺めた。結婚して子供が出来ても、その目には近くの者たちは映らない。
「君は? 人知の及ばない存在に出会い、想像を超える体験をしてしまって、君はこれからどう生きて行く? 」
窓の外を見ていた白石の瞳がこちらを見ていた。
「僕は……」
長い沈黙のあとで口を開いたけれど、答えなんて出なかった。
「気をつけて帰りなさい」
駅前で車を降りたら、封筒を渡された。中には数枚の万札が入っている。
「白石さんっ、こんなっ貰えません! 」
「ただの交通費だよ」
最初に会った頃のように抑揚のない口調で、にべもなく行ってしまった。
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※作者Twitter【https://twitter.com/tiyo_arimura_】
※マシュマロ【https://bit.ly/3QSv9o7】
※掲載箇所【エブリスタ/アルファポリス/ムーンライトノベルズ/BLove/fujossy/pixiv/pictBLand】
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