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いやらし天狗 ~穂波編~
脱走
しおりを挟む「……少し待っておれ」
沈黙していた助平は部屋を出ていき、30分ほどして戻ってきた。
「最近の筋蔵の行動はワシの目にも余る……巴那河さんに連絡を取った。ひどく怒っておったから手をまわすじゃろう」
しゃがんだ助平は穂波の尻へ埋め込まれた物を引きぬいた。
「あうっ! 」
「ひどい目にあったのう、プリプリのお尻ちゃん。礼ならワシへの奉仕でいいぞい、ひひっ」
「ちょっと! 徳守さんが帰ってきますよ。はやく縄をほどいて下さい! 」
「せっかちじゃのう……暴れるでないぞぃ」
穂波の尻へ頬ずりしていた爺は、しぶしぶ縄をほどいた。助平は決して善人ではないが、筋蔵と相反している。村にも派閥があって静かな戦いが繰り広げられてるようだ。
花瓶の水をまき散らした助平は秘書を呼び、穂波が粗相をしたから風呂へ入れると伝えた。風呂場へ行き、秘書を追いはらい辺りを見まわしている。
奪われていた荷物を渡され、ようやく人間らしい気持ちになって涙が出そうになるのを堪えた。
「こっちじゃ」
シャワーを出しっぱなしの風呂場を出て、助平の後へ続いた。完全には信用できないので内心ドキドキする。
玄関側で人々がザワついている。使用人たちが走っていくのを物影で見送り、ふたたび廊下を歩きだした。
「巴那河さんが来たのじゃろう。筋蔵が帰ってくる前に逃げるのじゃ」
屋敷奥の扉を開けると、そこは広々としたトイレだった。背中を押されてガチャリと鍵をかけられた。穂波が焦ってふり向いたら爺もいっしょに立っていた。行き止まりに見えたけど上部に小さな窓がある。
「筋蔵のやつめ……見張りの数が思ったより多い。アンタなら、あの窓から出られるじゃろ? ワシはトイレへ行ってたから、逃げるところなぞ何も見ておらん」
とぼけた表情の助平が小窓を見上げた。
たしかに窓から出られそうだ。意を決してたわむ棚へ乗って、窓枠へ手をつく。そのまま身体を引き上げ、斜めに開いた窓を器用にくぐり抜ける。大きな体躯の穂波はあっという間に外へ出た。
助平へ会釈してから屋根へ踏みだした。裏門にも見張りがいた為、塀づたいに高台から沢へ下りた。沢の茂みに隠れて移動し、屋敷から離れたところで道路へ登る。
屋敷から離れた場所へ出たのはいいが、ここからの移動手段は徒歩しかない。
「山川さんっ! 乗って下さい!! 」
走ってきた車の窓が開き、桃井が顔を出して叫んだ。助平の指定した裏口の近くで待っていても出てこないので、探していたら沢へ下りる穂波を発見して追いかけて来たらしい。
横づけして急停止した車へ乗りこむと、バックミラーに黒い車が映った。
「私も警戒されていたようですね、徳守は町の駅にも手を回しているでしょう。山川さん、町とは反対方向へ行きますが……私を信じてもらえますか? 」
1度は拒絶した桃井の存在、穂波の瞳は揺れうごいたが深くうなずいた。
「わかりました。まずはあの車を撒きます! 」
マニュアル式のギアを動かした桃井はアクセルを踏みこむ。曲がりくねる林道を登り崖ギリギリのコーナーラインを抜けた。排気量が多いはずの黒塗りの車がグングン離されて小さくなっていく。
(すごい……桃井さんってなに者……? )
黒い車が見えなくなったところで、整備されていない側道へバックして突っ込んだ。荷物入れから山と同じような色のカバーを出して車へかける。
「しばらく待っててください」
重厚な車のエンジン音が前の道を通り過ぎた。時間を置いて車のカバーを外した桃井はエンジンをかける。
「この道の先は隣町へ続いていますが、私たちは違うルートから抜けます」
黒塗りの車が過ぎ去った後を走ると、分かれ道がいくつかあった。大きなタイヤ跡がのこる隣町への道、ほかは貯水池や行き止まりの道だ。その内の1本へ入り、桃井は道のタイヤ跡を足で踏みならして枯れ枝を重ねた。
デコボコした道を進めば、おおよそ人などいなさそうな場所に鉄柵があって犬の吠え声がする。車を目立たない端へ停め、カバーをかけた。
鉄柵に付いているブザーを鳴らした。
広い敷地で音は聞こえないが家があるのだろう。しばらく待っていても返答がないので、桃井は再度ブザーを押す。
「留守だよ」
荒けずりで尊大な態度の男がうしろへ立っていた。真っ白くて大きな秋田犬を連れている。
「あの……豪己さんはいらっしゃいますか? 」
「親父なら居ねぇ、もう死んじまった」
「そうですか……」
ズカズカと歩いてきた男は、人が居るにもかかわらず割りこみ鉄柵の錠前を外しはじめた。
「貴方は息子さんの剛さんですよね? お父様と同じ仕事をしてらっしゃるのなら、お願いしたい事があるのですが……」
殺伐とした男の雰囲気にのまれて穂波は委縮する。身の竦む鋭い視線が見下ろしてくるのに、桃井は果敢に話しかける。
「チッ、村のヤツかよ。困った時だけ頼ってきやがって……」
「そこを何とか、お願いいたします」
桃井は孫ほど年のちがう若者へ深々と頭を下げた。
成りゆきを見守っていたら、白い秋田犬が寄ってきて匂いを嗅いだ。オゥンと犬が吼え、男の獣のような視線がこっちへ向く。こわくて身を竦ませると、穂波をじっと見ていた男は舌打ちした。
「面倒すぎたら、断るからな」
鉄柵を開けた男は犬を連れて中へ入る。穂波が固まっていたら桃井に袖を引っぱられた。熊みたいに大柄な男の後を歩き、山中の拓かれた敷地内を進んだ。
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