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いやらし天狗 ~穂波編~
天狗まつりの当日
しおりを挟む人の少ないこの地域も祭りの日は華やかになる。広場の屋台から煙が立ちのぼり、祭囃子の音に人々の笑い声がまざる。
「穂波さ~ん! 」
「大吾くんじゃないか」
神楽殿のそばで笛を鳴らしていた1人が手をふった。たむろしている集団のところへ行くと、きのう台所を手伝っていた高校生たちだ。ハッピを着た小学生くらいの子供もいて、本番の前に皆で練習している。
大吾が人懐っこいのもあって、すぐに親しくなった。彼らの練習を見ているうちに祭りがはじまる。神楽殿のまわりに見物客が集い、拝殿から歩いてきた宮司の後ろに天狗の面をつけた者達がつづく。トントン太鼓の音が始まり、ぴいひゃらと笛の音が鳴る。
天狗たちの舞に惹かれて、村の人々は広場で賑やかに過ごす。
心地いい風が頬をかすめ、ゆったりした時が流れている。いつも時間に追われて窮屈な日常を送っていた穂波は、目をほそめてその様子を見守った。
「穂波さんは夜の宴会も参加するんでしょ~? 」
父親の片付けを手伝っていた大吾は不満そうな声を響かせた。祭りが終わった境内の提灯は消され、人影もまばらになり残った村の男たちは機材を片付けている。
「酒は飲まないって言ってんのに子供はダメだってさぁ……子供っていう年じゃないっての」
羨ましそうに呟く青年は大人になる直前の年頃だ。しかし飲酒のできない未成年のため、軽トラックへ乗せられて帰った。
「山川さん、ここに居られたのですか? そのような力仕事は彼らにまかせて、大広間へどうぞ」
建物から巴那河が出てきて穂波の元へ歩いてきた。
畳の部屋へ膳が並べられ、片付けを終えた村の男たちも座っていた。ワイワイ騒がしく、宴会はすでに始まっている。姿の見あたらない桃井は、おそらく台所にいるのだろう。
「お~山川くん、やっと来たのかね! ここ空いてるよ! 」
筋蔵が大声を張り上げた。代議士だからなのか周りは人が多く席は埋まっていたが、隣の人が退いて空いた座布団をさすっている。
「徳守さん、山川さんにはあちらの席をご用意してますので」
「そうか~、それは残念! わははは」
大様な笑い声が聞こえて内心ホッとした穂波は、巴那河の近くの席へ腰を下ろした。
見た感じは、ただの宴会のようだ。
夜中に行われる女人禁制の祭り、夜の宴と名の付いた秘密の祭りは口外禁止で、大吾も知らないほど村人の口はかたく詳細は不明だ。
下ごしらえを手伝った野菜の料理が運ばれてきた。色とりどりで工夫をこらした精進料理に似ている。里芋の味噌の煮ころがしへ箸をつけると、とても柔らかくておいしい。
酒に合う料理も多く、酒瓶を持った巴那河がすすめる。いつも洋酒ばかりで日本酒は初めてだったが透き通った味に感嘆した。
「町の方に酒蔵がありまして、料理にもよく合いますよ。種類も豊富で、こちらなどは軽やかな甘さです」
まるでこの村に移り住んだかのような歓待、巴那河のすすめで味見しつつ村人からも酒を注がれ、ほどよく酔いが回る。気がついたら笑顔の筋蔵が隣にいた。
「私の酒もぜひ飲んでください。知りあいが作ってる酒ですが、お口に合うかな? 」
酔っているせいか最初の頃にあった緊張感はない、お猪口を持ち上げるとたっぷりと注がれた。ぐいと飲み干せば、筋蔵の豪快な笑い声がとぶ。
「いける口ですなぁ! さあさあどうぞ」
若干筋蔵との距離が近い。日ごろ鍛えているのだろう、骨太そうながっしりした体は穂波より一回りは大きい。陽に焼けた肌が脂光りして目はギラギラとみなぎっている。体温を感じ、ムッとした壮年特有の香りがする。
「こんなに飲んでは明日……」
「はっはっは、なんなら暫らく村にいたらどうですか? 」
平時ならやんわり躱すところだが、酔っているせいで上手く避けられない。ぶ厚い手のひらが腰へ触れた時にビクリと反応してしまい、筋蔵がニヤリと笑った気がした。
黒天狗に出会ってからというもの、身体はいかがわしい反応をしてしまう。相手にはわからないよう取り繕うけど、筋蔵の手は無遠慮に触れる。態度を隠しているうちにどんどん酒をすすめられて、穂波は酩酊した。
そこからの記憶はよく覚えていない。
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