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いやらし天狗 ~穂波編~
村祭りの準備
しおりを挟む朝から境内でトンカチの音がする。雨はすっかり止み、空の中心に太陽が輝いている。
朝食をすませ宿舎から出ると、数人の男が荷物をはこび屋台を組んでいた。巴那河の話していた村祭りの準備だろう。広場にある小さな神楽殿へ太鼓や衣装が置かれた。そのなかに鼻の長い赤色の面を見つけて穂波はゾクリとした。
「それが天狗様の面ですよ」
白袴を履いた巴那河が立っていた。山で出会った黒天狗のことを聞こうとして口を開いた刹那。
「あんたが宮司さんのおっしゃっていた山川さんか? 」
穂波の腰くらいの高さのお爺さんが満面の笑みを浮かべていた。挨拶をすると、助平と名乗ったお爺さんはジロジロこっちを見つめた。巴那河も言っていたが、この村は辺境で旅人もめったに来ない。
「……天狗様も、まったくよい趣味じゃのう」
目を三日月のようにほそめた助平が、小さく呟いたように聞こえた。
「みなさん、おはようございます! おや其方が祭りに参加される方ですか? 私にも紹介してくださいよ」
笑顔の男が助平の隣へ立った。助平たちより若々しく現役のオーラをかもし出す壮年の男だ。数本の白髪のまざる髪は丸刈りほど短く、脂ぎった額はツヤをおびている。
男が握手を求めたので、穂波は手を差しだした。プロレスラーみたいな分厚い手のひらは硬く、強い力で握られる。
「私は徳守筋蔵です。よろしくっ! 」
「はは……よろしくおねがいします」
ガタイのいい男が上から見下ろしてくる。渡された名刺には町議会議員と記され、村おこしについて熱く語られる。押しの強さに苦手な上司を思い出した穂波は作り笑いをうかべた。
ぶあつい手は握ったまま離れず、生ぬるい体温がつたわった。気づけば舐めまわすように見つめる助平と筋蔵の視線に、得体の知れない不安を感じる。
「交流を深めたいところでしょうが、彼は静養の身です。さ、行きましょうか」
巴那河の助け舟の声が聞こえて胸をなでおろした。
「山川さん、足の具合はどうですか? 」
「頂いた湿布薬が効いたみたいです」
礼を言うとニコニコと笑った巴那河が境内を案内してくれる。村に伝わる天狗のものがたりも聞きつつ、きれいに掃除された敷石をふんだ。穂波の足を心配しているのか、宮司はゆっくりと静かに横を歩く。
「巴那河さん、そんなに気を使ってもらわなくても……」
「いえいえ大事なお身体ですから、ゆっくりされるといい。長く連れまわしてしまいましたね、ではこれで失礼」
にこやかな顔で巴那河は去った。
本当なら山登りか散策でもしたいところだが、足首を捻っているので出歩かない方が無難だろう。穂波はしかたなく宿舎へもどって過ごすことにした。とちゅう、カゴを持った桃井と出くわす。
カゴの中には地産の食材がたんまりあって、のぞきこんでいたら桃井はひとつひとつ手に取り教えてくれた。
「桃井さん。助けてもらったお礼に僕も手伝いたいのですが、出来ることはありますか? どうも巴那河さんには言いだし難くて……ええと力仕事も出来ますよ! 」
穂波は部屋でじっと過ごすタイプの人間ではない。家だとそれなりにすることも多いけれど、ここでゆっくり過ごせと言われてもヒマですることを探してしまう。
「では台所を手伝ってもらいましょうか。一両日中は人の出入りが激しいので、下ごしらえも大変なのです」
広場と同じく台所にも何人か出入りしていて、銘々に仕事している。しかし広場の人たちとは違う点があった。
(ここにいる人って……)
男なのに目を惹く者たちが揃い、穂波は思わず見まわした。モデルみたいな美しさというわけではないけれど、みんな妙に艶めいている。
「これは……ずいぶん毛色の違う人が来たね」
奥から鍋を持った男が出てきた。整った顔にスラリとのびた手足、長着をまとって台所にいる者の中でも目立つ。まさに美麗という言葉がふさわしい、落ちついた雰囲気から年齢は30後半くらいか。
「白石さん、彼は……」
「知っています。山川さんでしょう? 」
すでに穂波のことを知っている様子だ。まつげの合間から覗く瞳に目が離せなくなっていると、白石はフイと視線をそらして行ってしまった。
「白石さんは誰にでもあんな調子だから、気にしないでください」
冷たい印象を受けた、というより興味もない感じだった。美人のナンパに失敗した気分になってしょげていたら、桃井が肩へ手を置いてなぐさめてくれた。
「俺は若い人歓迎っすよ! さあいっしょにやりましょう! 」
代わりにかっぽう着姿の快活な青年が話しかけてきた。台所の裏口へ行くと、高校生くらいの若者たちが土まみれの山芋やゴボウを洗っている。洗った野菜を受け取って、声をかけてきた青年といっしょに皮をむく。
「いや~たすかります! 御老体は指先がふるえるだのなんだの、こっちへ仕事持ってくるから困ってました」
外にいた高校生と変わらないくらいに見える青年は笑顔をむけた。明け透けな態度に穂波も笑いながら皮むきナイフを走らせる。
料理が得意な青年は、祭りの時期に宿舎の台所へ駆り出されているらしい。父親は広場で屋台を組み立てているそうだ。
「大吾くん、後でそこの玉ねぎも薄くスライスして水にさらしておいてくれるかな? 」
桃井が顔をひょいとのぞかせて微笑む。台所の端へ玉ねぎが段ボールいっぱい山積みになっていた。
「俺バイトで金貯めたら、フードプロセッサー買うんす」
「ははは……」
穂波でも回れ右したくなる玉ねぎの量なので気持ちはわかる。結局ゴーグルを装着した青年は、雄叫びをあげながら玉ねぎをスライスしていた。
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