いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗 ~穂波編~

ちいさな村と未踏の崖

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 ――――それは大原おおはら海斗かいとが鼻高山へ来る十数年前の出来事。宿の主人、山川やまかわ穂波ほなみが村へ来たときの話。





 よく晴れた朝、町をでた。アスファルトの道路を歩いていると、見渡すかぎりの青空と山あいに田んぼがちらほら見える。

めったに車も通らない道に無人のバス停が立ち、その奥には村がある。



「やっと着いたぁ」

 穂波ほなみは未明に町を出て歩きつづけ、日がのぼった頃ようやく村へ到着した。

ザックにはロッククライミングの用具一式いっしきが入っていて、いまから目的の山で崖登がけのぼりをする予定だった。古い建物がのこる山の奥地に、人知れず崖がそびえ立つのを観光雑誌の写真で知った。

申請していた登攀とうはんの許可が出て、穂波はウキウキした気分で向かう。



 朝陽の降りそそぐ林道を歩いていたら、こんもりとそこだけ円錐形えんすいけいに高くそびえた山がある。この山は神聖な場所なので登らずながめるだけだ。ふもとに鼻高神社はなたかじんじゃと書かれた鳥居とりいが目にうつった。

竹ぼうきで砂利じゃりく音がして、目をむけると作務衣さむえを着たおじいさんが掃除をしていた。

「おはようございます」

 目が合ってたがいに挨拶をわす。

山川が持ちまえの柔らかい表情で笑いかけたら、竹ぼうきを掃く手を止めた爺さまは鳥居の外へ出てきた。無地で淡い色の作務衣は折目おりめがついている。

「山登りですか? 」
 清楚せいそな印象のお爺さんは、興味深きょうみぶかそうに笑いかける。

 穂波は動きやすい格好をしていた。ストレッチ性のあるTシャツを着て、きたえた筋肉が服ごしでもわかる。

市に許可を取っていて崖の登攀とうはんをすることを伝えた。近年、クライミングによる環境破壊が問題にもなっている。アンカーを打ち込まないフリークライミングであることを説明する。手に付けるチョークも粉のあとが残らないものだ。しっかり説明して地元住民との摩擦まさつが起きないよう心がける。

交流も早々そうそうに切り上げ、穂波は谷へ向かおうとした。お爺さんは別れぎわに鼻高山の裏へ、むかし橋のかっていた崖があることを教えてくれた。崖は垂直に切り立っていて危険なので注意をうながすための忠告だが、目的地ではなかったので聞きながす。



 鼻高山脇の整備された林道を登っていると、お爺さんの言っていた谷が視界へ入った。

「へぇ~、思ったよりいい崖だな」
 下へつづく道にはさくがしてあったものの、反対側を回れば崖のふもとへ行けそうだ。穂波は頭の片すみでそんなことを考えながら通りすぎる。

谷の奥地、木々の合間にきだしの岩場が見えた。さっそく準備をおこない、液体チョークを手へすりこむ。

つかめそうな所へ指をかけバランスを取りながら足をのせた。難所なんしょのネズミ返しの岩につかまり、体を上へ引き上げる。背中が熱くなって肩甲骨けんこうこつをつたい汗が流れおちた。

そう高くない岩場を何本か登り、ひと息ついてスポーツドリンクを飲んでいるとしげみがカサカサ動いた。山では獣と遭遇そうぐうすることもある。警戒けいかいして茂みを見ていたけれど獣の姿は見えず気配けはいも消えた。

「タヌキかな? 熊だったらやだな……」

 穂波はさっき見た崖を思い出し、そちらへ移動することにした。鼻高山へつづく林道とは違う獣道けものみちを歩き、谷の下へ辿たどり着く。



「けっこう高いね~」

 手をふって液体チョークを乾かしながら、穂波は登れそうなルートを探して切り立った崖をながめた。ふとお爺さんの忠告が頭をよぎったけれど、ふりきって崖の亀裂きれつへ指をかける。

「おっと」
 つかんだ岩が外れて指が抜けた。岩の落ちた先になにもいない事を確認して、ふたたび手をかけた。垂直にたいらな壁が現れたので、足を崖の亀裂へ置いて登れる場所まで平行移動する。

「ああ……最高だ」

 眼下に広がる景色は美しく、地平線に山のが続いている。見下ろせば崖が崩れて大岩の転がる谷底があった。ここで落ちたらひとたまりもないだろう、しかし高所が得意とくいな穂波は物ともせず岩の出っぱりへ指をかけてぶら下がった。

途中とちゅう休憩しながら崖を登りきれば、腕がしびれて小刻みにふるえる。朝から登っていたので腕に限界がきたようだ。穂波は崖の上にあった道沿いに山を下りはじめる。



 歩いて数分もしないうちに古い寺を見つけた。

崖の上は隣の村へつづく道があったと聞いている。それも昔の話で、今は通る者すらいない。

「廃寺かなぁ? 」

 建物が老朽化ろうきゅうかしているのか、全体がゆがんでいるように見える。人のいない寺のわりには、柱がくさっている様子もないしホコリも積もっていない。

「こんな辺鄙へんぴなところへかよう人がいるのか……」

 こけむした灯籠とうろうの前を過ぎ、お堂まで行く。大きな木の看板に名前のような跡があった。

「なになに……インごく……しゅ……ョウ寺? ……読めないな」

 歴史は苦手だったので寺などにはうとく、いまいちピンとこない。意外にきれいな所だったので、のきを借りて休憩することにした。木造もくぞうの階段を登った先の軒へ腰を下ろし、ザックから水筒を取りだす。

冷たい飲み物でのどがスッキリして、ひと息ついた。

「はあ、美味うまっ」
 ただの水道水で作ったスポーツドリンクなのに、自分の家の水道で作るより何倍も美味しく感じる。

静かな場所ですっかり気に入り、くつろいでいたらキィと背後で音が鳴った。ふり返ればお堂の扉が開いている。風のしわざだと思い、扉をしめるためデッキへ上がった。

足もとが引っ掛かって、穂波はお堂の中に手をついて倒れた。

「あいたた……」
 身体を起こして座ると、お堂の奥がにぶい光を放っている。足元が暗かったので四つん這いで近づいた。

外からの光で反射する黒塗くろぬりの仏像ぶつぞうだった。暗い部屋なのに仏像の後ろのレリーフまで確認できる。

「うわぁ……これって」

 写実的しゃじつてきではないが、男子と鼻の大きな人がまぐわう絵になんとなく寒気さむけを感じた。早くお堂を出ようと思った矢先、背中からおおかぶさるように影が重なった。

なにかいびつな形のものが顔の横からニョッキリ伸びている。穂波がおそおそる視線を横へやると、鼻の大きな顔が真横にあった。

危険を察知さっちして本能的にうごけなくなった。心臓がねるほど波打なみうっている。

静止したまま息を殺していると、しゃがれた低い声が耳元の空気を振動しんどうさせた。

「崖を登ってきた何年ぶりの修行者しゅぎょうしゃか……ここは修行寺ぞ」

 ゾワリと背筋が毛羽立けばだった穂波は、かぶさる者の下から抜けて走り出した。だが足を引っかけられお堂の床へ転がった。



往生際おうじょうぎわが悪いのう」

 黒い影が転がった穂波をおおう。暗闇でもはっきり見える顔には、尋常じんじょうではない大きさの鼻が生えている。まるで観光パンフレットに描いてあった天狗てんぐのような風貌ふうぼうだ。

「だれかっ――」

「元気な口だのう、そうれワシの鼻をくわえよ! 」

 大きな鼻を口へ突っ込まれ声が出せなくなった。弾力のある鼻は穂波の喉を突き、吐き気をもよおしたがそれを押しもどすように喉の奥を突かれる。

くわえかたをじっくり覚えるがよいぞ」
「んぐぅっ――ぁぐっ! 」
 何度も喉奥を突かれて、穂波の目尻めじりから涙が落ちた。

崖登りができるほど穂波は体をきたえている。おそいかかられたとしても大概たいがいは跳ねのける自信があった。しかし大きな天狗に押し倒されてすすべなく身体をさぐられた。




―――――――――――――――

お読み頂きありがとうございます。

宿「天のイヌ」の主人、山川の過去話です。
またもや黒天狗がやらかします。

本編にてニエだと明かされた穂波の身に起こったハプニング、そして海斗の時よりエロー成分が多めです。
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読んで頂き感謝です。

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