いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗

山で最後に見たもの

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 気持ちよく寝ていたら、富岡とみおかに尻を叩かれ起こされた。あかつきの空は星が消えてうっすら明るい、日中暑くなるとはいえ朝方は冷える。

「おはよう、海斗かいとくん」
穂波ほなみさんっ、おはようございます! 」
 分厚ぶあつい木製のテーブルへ具材たっぷりのスープやハムがならび、いい匂いがする。あんな出来事のあった最終日に山川のごはんが食べられるのは嬉しい。

海斗たちが食事していると、装備を点検した山川はザックの中から上着を出した。

「朝は寒いから、海斗くんに合うサイズの上着を持ってきたよ」

 村の祭りが終わって宿の客はみんな帰り、山川もいっしょに来ることになった。海斗は山登りに慣れていないので同行は心強い。手慣れた動作で荷物をまとめた彼に上着を渡され、羽織はおると温かくなった。



 朝食後に自室へ姿を消した富岡が現れた。細長いケースを背負せおい、意外に明るいオレンジ色のベストを着ている。

「んだよ、猟師りょうしがめずらしいか? 」
 海斗が目を丸くしてマジマジと見ていたら、熊男は不服ふふくそうにうなった。

「毛皮とか着ないんすね」
「そりゃ昔の話だ。最近はいい物があるし、今日は猟がメインじゃないからな」

 熊男が毛皮を着て、もっと熊っぽくなると思っていたが現代は違うようだ。明るい色のベストは目立つため他の猟師の誤射ごしゃをふせぐ、しかし普段の猟では地味じみで音の出ない物を身にけるらしい。



 3人は日が昇る直前に出発した。

 富岡が先頭を歩き、海斗をはさんで山川がつづく。元気に庭を走りまわっていたユキと銀太もついて来た。2匹は山道を先行して、戻ってきては富岡や海斗たちへまとわりつく。

顔に当たりそうな枝をけてすすみ、泰然たいぜんと流れおちる滝を見下ろした。傾斜けいしゃは急になって息があがり口数くちかずは減る。

尾根おねから見わたせば、青々とした森が裾野すそのへ広がっていた。見晴みはらしのいい場所から美しい景観を眺めていると山川が隣でほほえんだ。眼下に広がる谷を迂回うかいして、尾根ぞいに低い山をこえて町へ行くと説明してくれた。

「いい景色だね。ユーリと五郎も連れてくれば良かったかなぁ」

「家を守らせとけ。祭りの直後でニエも消えちまって、助平のジジィがよからぬ事をたくらんでるかもしれねぇ」
 後ろの岩場から声が聞こえた。ふり向くと腰かけた富岡が水筒を取りだし、犬たちへ水を与えている。

山川の表情がややくもったように見えた。

「あのジジィ……いえ、お爺さんは穂波ほなみさんを狙ってるの? 」

「助平のジジィは、小さい天狗みてぇに『御手おてつき』の尻を追いかけまわしてる。もう妖怪になっちまってるんじゃねえか? 」

 巴那河はながの方は『マエ様』さえ関わらなければ、ごく普通の人だそうだ。信仰することで黒天狗が獲物を手に入れるための手伝いをしていると富岡は言う。

化け物もこわいが、それにたずさわる人間も十分こわい。間崎教授まさききょうじゅから聞いた昔話に重なり海斗は身ぶるいする。



 休憩を終えて尾根づたいに谷を越えた。鼻高山はなたかやまから離れた谷の上流は、緑におおわれて幻想的げんそうてきな風景だ。ふり返ったら富岡の住む山と、その向こうに鼻高山の頂上が見えた。


 先行していたユキが戻ってきて海斗の横へ立つ。ユキの視線をたどって山を見上げれば、れた松の上に黒い影があった。
「あっ」
 黒い影にしか見えないけど、まぎれもなくマエ様だった。遠いのに目が合い、もしかしたら連れ戻されるのではないかと海斗の心臓はねた。

ユキが低くうなり、気づいた富岡が声をかける。

「ユキ、どうした? 」
「あそこ……」
 またたく間の出来事で、木の上へ立っていた黒い影はなくなっていた。

「木の上に何かいた気がして……鳥……かも」

 心配した顔の山川が側へ来たので、思わず口をつぐむ。以降いこう、天狗の姿は見かけなかったがドキドキ緊張しっぱなしで記憶もあやふや、2人と犬たちにフォローされながら町へたどりついた。



 登山道下の広々した駐車場で富岡がタバコをくわえた。

「俺はここで待ってる。駅まで見送るなら行ってきな」
 富岡は山川へ声をかけた。犬たちも行儀ぎょうぎよくおすわりしている。

「じゃあ、富岡さんとはもうここで……?」
 出会いもあれば別れもある。シケた別れの挨拶は合わないのだと、富岡はタバコをふかした。海斗が悲しんでいると、ユキと銀太は大きな体をよせてふさふさした尻尾をふった。



 山川と2人だけになった海斗はアスファルトの道路をたどり、途中見つけた土産物みやげもの屋で天狗のせんべいや饅頭まんじゅうを購入した。駅へ着くと山川はザックから取り出したものを渡してきた。

「村にはお土産屋さんもないから、良かったらこれどうぞ」
 宿の食事で出たけ物や自家製みそを真空パックへ詰めたものだった。漬け物はアケミさんの家で作っている物らしく、海斗が美味しいと言ったものを覚えていてくれたようだ。

「穂波さん……」
「君にとって旅がいい思い出になるといいな」
 涙をこらえた海斗は渡された物を受け取った。

 町の駅は最初に降りた無人の駅より電車の本数が多い、走り出した電車から外を眺めれば、手を振っている山川の姿が見えた。立ち上がった海斗は手を振り返した。

電車は西空へかたむく太陽を追いかけて走る。長い道のりをこえて見知った駅へ着いた時、日は落ちて夜になっていた。
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