いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗

やまおとこたち

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 富岡とみおかの家のリビングでテーブルを囲み、食事を終えた3人は話を続ける。

「そう言えば、ニエになりたいと言ってた人がいたんだけど……」
 白石しらいしのことを思いかえし、彼はどうしてニエになりたかったのだろうかと海斗かいとは少しせつなくなった。

「村の人は天狗様てんぐさまへの信仰があついからね」

 眉尻まゆじりのさがった山川やまかわは鼻でうなった。ニエになった者は小さな天狗にいやらしい事をされるが、大きな病気もしなくて天狗から守られると村人は信じている。マエ様の祝福を受けた者達は、いつまでも健康で若々しいという。

「白石んトコの息子のことだろ? たぶん、あいつは黒天狗にゃ選ばれねぇ」

 かんのするどい富岡がこちらへ視線を向ける。

白石の父親も『マエ様の御手おてつき』だった。だが毎年黒い天狗が選ぶのは健康で若い青年、息子の方は重い病をわずらっていて選ばれない。

「そんな……どうして? 」
 守り神であるはずの天狗が選別していることに驚いたが、彼が重い病気をわずらっているのはもっと衝撃だった。海斗は切羽詰せっぱつまった白石の顔を思いだす。

「村のやつらは守り神だと持てはやしちゃいるが、アレはそんなんじゃねえ。げんにお前が選ばれただろ? 」

 村からニエが選出されても、黒天狗に選ばれないことは過去にもあった。そんな年は天狗の姿が頻繁ひんぱんに目撃され、観光客や来訪者がねらわれるのだという。天狗の与える物もメリットばかりではない、天狗たちと関わりすぎた者は山へいざなわれ、最終的には失踪しっそうするのだと富岡は厳しい口調になる。

「それにヒヒじじいどもの顔見たろ、なんかに似てなかったか? 」

「なにかって……あっ! 」

 海斗はむらがる男たちの記憶がよみがえり背筋が寒くなった。いやしくニヤついた顔は、小さな天狗たちにソックリだった。

「あいつら行く先は小さな天狗の仲間入りさ。猟師りょうしの俺からすれば鼻高山は黒天狗の狩り場で、アレは関わっちゃあならねえバケモンだ」

 コーヒーを口へ運んだ富岡は、視線を窓の外へむけた。



 山で暮らす男は、黒天狗の恐ろしさについて語る。

 魅入みいられた者は何度も山へ行き『マエ様』を探す。しかし見つからなくて小さな天狗の餌食えじきとなり、繰り返しているうち行方ゆくえが分からなくなる。山で発見されて助かる者もいるけれど、魂が抜けたようにうわそらで一生を過ごす。

しるしをつけられた者が祭りの前に逃げてしまうと、黒天狗はどこまでも追いかけ移動するらしい。

巴那河はながさんは、天狗のこと知っていたのでしょうか? 」
「あの宮司ぐうじはタヌキだ、クロだな」

 重い空気をやぶって海斗が聞くと、富岡は低くうなった。



「もしかして、穂波ほなみさんは被害にった人を助ける為この村に? 」

「えっ? いやまあ……お客さんは大事だよね」

「戻ってきて山へフラフラ入るバカが、そんな思慮深しりょぶかいわけねえだろ」

「ひどいよ、つよし……」

 ハッと顔をあげた海斗が聞くと、山川は熊男の隣で小さくなった。思いついて口に出してみたが、山川はそれほど献身的けんしんてきな活動家ではないようだ。

「つよ……富岡だって、僕や海斗くんにも変なことしたろ! 」

「そりゃ小さな天狗に群がられて、足おっぴろげて尻の穴まで見せたうえにアヘアへ言ってたらおそいたくもなるだろ? 」

「――――っ! 」
 ムッチリした胸を揉もうとした熊男の手ははたき落とされ、真っ赤になった山川がうつむく。会話を聞いてるうち天狗の鼻の感触を思い出し、海斗も赤くなって顔をふせた。



「俺、助かるんでしょうか? 」

「海斗くんの荷物も全部持ってきたし、村の人が気づく前にここを出よう」

 村を出てしまえば村人は追って来ない、富岡の住む山を越えて町へ行くルートがある。小さな天狗に気付かれなくなるお守りだと言って、山川はネックレスに付けているふだを海斗へ渡した。

「俺に渡しちゃったら穂波さんのお守りは……? 」
「心配ない、僕はまた作ってもらうよ」
 山川のとなりで熊男が面倒めんどうそうに頭をいた。札が無いあいだは、守ってくれる犬たちもいると山川は微笑んだ。

「犬ですか? 」

「ああ……昨日会ったろ、ユキっていう可愛いやつだ」

 富岡が口をひらいた。ユキは彼の飼っている猟犬で、真っ白い毛なみが暗闇に浮かびあがっていた。しかし普通の白い犬は、夜の山であんなに見えないそうだ。ユキはあやかしを追い払う力をもつ特別な犬だと、強面こわもての熊男が饒舌じょうぜつに語る。どうやら犬たちをとても大切にしている様子だった。

「僕の家にいるユーリは、ユキの子だよ」
「真っ白い毛も受けいで、細面ほそおもてで美人顔なんだよな」

 熊男の意外な一面に、海斗は思わず顔がほころぶ。ふと富岡のことをめていたアケミを思い出した。

「そう言えばアケミさんが――」
「アケミだとっ!? なんか言ってたか? 」

 急にあわてた態度の富岡にビックリしたら、山川がとなりでニコニコ微笑んでいる。

「海斗くん、アケミさんは富岡の同級生だよ。小学生のころに――」
「穂波も、よけいな事いうんじゃねえ! 」

 男くさい富岡にも、元気にはしゃぐ子熊の時期があったようだ。彼らを見ていたら無事に帰れる確信かくしんがつのり、安心感へ変わる。

出発は明朝になり、最後の夜をたのしく過ごした。山川はいったん宿へ戻り、富岡の家に2人きりで泊まる事になったが最初の頃の怖さは無くなっていた。


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