いやらし天狗

風見鶏ーKazamidoriー

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いやらし天狗

黒い天狗のはなし

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※一部センシティブな内容を含みます。御注意ください。




 怨霊を恐れた鼻高山はなたかやまの村人は、谷へ生贄いけにえささげはじめた。

あるとき旅の僧が村へやってきた。とくの高い僧は生贄をめてお堂をて、谷の遺体を供養くようするように進言しんげんした。村人は僧を受け入れて歓待かんたいする。その夜、村人たちは眠っていた僧を柱へ縛り付けて放置した。

谷から毎晩おきょうが聞こえ、いつしか声は止んだ。

しばらくして鼻高山の村にも飢饉ききん疫病えきびょうがふりかかる。喰い散らかされた行方不明者が谷で見つかり、村人は生贄にした僧のたたりだと恐れた。

祟りをしずめるため、谷へ転がっていた死体を供養した。柱に縛り付けられ黒ずんだ遺体は、すさまじい形相ぎょうそうで息絶えていたとう。

谷へお堂を建立した夜、村長の夢まくらへ黒天狗が立ち進言した。村長は夢にしたがいニエを差しだす。ニエの若者は生きて村へもどり、谷の化け物もしずまったので村人は黒い天狗を守り神としてまつった。

以来いらい、鼻高山の村では天狗祭りがされ、その夜に黒天狗の進言どおりニエを捧げて谷の怪物を鎮める男達だけの祭りが行われている。



「……その怪物って小さな天狗の姿の? 」
「天狗ってや聞こえはいいが、あれはバケモンだ。年1回ニエが捧げられなけりゃ本当に被害が出やがる」

 ニエを取り止めた年は厄災やくさいが村へ侵入し、村人の失踪しっそうや農作物がれるなどの被害が起こったそうだ。小さい天狗はつねに腹をかせて徘徊する怪物なのだと、富岡とみおかは難しい顔でつぶやいた。

海斗は自分にむらがる小さい天狗たちを思い出して身震みぶるいする。いやらしいことをされたが、たしかに喰われてるようでもあった。

「でも富岡さんのひいお爺さんは、どうしてその話を知っていたのですか? 」

うち曽祖父ひいじいさんは、食うものが無くなって山へ逃げた隣村の子孫だからだ。富岡の家が猟師になったのは飢饉の後、まあ曽祖父さんは坊主ぼうずだったけどな」

 いまでは富岡の親戚しんせきは北から南まで全国に散らばって猟師をしているらしい。山で殺生するため、親戚に1人は供養で僧になる者が出てくるのだという。

富岡のような熊男たちが、全国の山の中にいると知って海斗は身ぶるいした。



 犬の吠え声が聞こえ、玄関がガチャガチャ鳴った。話をやめた富岡が玄関へ視線を向け、海斗にも緊張がはしる。

玄関が開けられると見知った顔が現れた。

「あっ穂波ほなみさんっ! 」
「ふぅ~、村はちょっとした騒ぎになってたよ」

 山川やまかわの顔に安心して、海斗の顔もほころぶ。

「ただいま。海斗くん、富岡になにもされてない? 」
「だいじょうぶです。村の話を聞いてて……」
「なんもしてねーよ」
 山川が怪訝けげんそうにこちらを見ると、熊男は不貞腐ふてくされた顔でソファーへ寝転がった。いつの間にか話に熱中して、富岡とは向かい合わせに座っていた。

 山川は宿の様子を見に帰り、ついでに食料を調達してきたという。

「お腹空いたでしょう? 宿でいろいろ作ってきたから食べて」
 紙袋から取り出されたポテトサラダやサンドイッチがテーブルへならんだ。海斗のポテトサラダへ伸びた富岡の手ははたき落とされ、別の大きなタッパーが置かれる。

「それは海斗くんのっ、富岡はこっち! 」

 熊男は唸りながらタッパーに入ったポテトサラダを食べていた。



「穂波さん、村へ行ってたんですよね……様子どうでした?」
「天狗たちがニエに満足してなくて、海斗くんを連れ去ったと思ってるみたいだったよ」
 海斗が心配していたら、当分のあいだ大丈夫だと言う。宿に置いてあった荷物も山川が持ってきたので、村へ足を運ばなくても良さそうだ。

安心して温かいスープを口へ運び、ひと息つく。

「穂波さんは天狗のこと、どこまで知って……? 」
 親身になって面倒を見てくれる理由が気になった。彼はもしかしたらマエ様のことを知っているかもしれない。

山川の顔から笑みが無くなって、すこし黙った後に口を開いた。

「僕もね……ニエだったんだよ」
「ええっ!? 」
「と言っても十数年まえの話だけど、若い頃はちょっと無茶むちゃをして……こんな話恥ずかしいな」

 山川は学生の頃からロッククライミングをしていて、この地域にも岩登りで来た。村人にはいかない方がいいと言われた谷の崖を登り、そこでマエ様の寺へ迷い込んだ。

海斗も見つけた廃寺は実際に探しても見つからず、黒天狗に見初みそめられた者だけが山中で迷い込む『迷い家マヨイガ』のような寺だという。マエ様と出会った後は海斗と同じ目にわされ、桃井ももいという老人に助けられた。牢へつづく洞穴ほらあなは当時からあったらしい。

村にはニエになった男の人が何名もいて、桃井も『マエ様の御手おてつき』と呼ばれる1人だった。旅人の山川を心配した桃井は村からの脱出を手伝った。

巴那河はなが助平すけべいみたいな男ばかりではない、村には良い人たちも沢山いる。受付のお婆ちゃんやアケミさん、女の人は隠された秘密の祭り自体知らない。

「村の男は『マエ様の御手つき』を傷つけたりはしない、ただ……」

 マエ様のしるしを与えられた男は淫らな体になり、陰茎から精液ではない蜜精を出すようになる。そして小さな天狗たちは、ニエとなった者の蜜をむさぼり満足する。

祭り後の『御手つき』は淫らでたくさん蜜を出すので、助平のような者たちが嬉々としてもてあそぶ。蜜は無病息災むびょうそくさい、性欲の増強や若返りの秘薬として村の男たちは珍重ちんちょうする。御手つき達も大病せず、いつまでも若々しさを保っている者が多い。



「じゃあ俺、この体のままなんですか? 乳から変な液体でるんだけど……」

「大丈夫。天狗たちとの関係を絶っていれば、蜜はだんだん出なくなるよ。この地域を離れれば……」

 ポテトサラダを食べ終わった富岡が鼻で笑って横やりを入れる。

「離れたって、戻ってきたら意味ないだろ? 」
「それは……」
 山川は口ごもってうつむいた。
桃井という老人に助けられた山川は村を脱出したはず、なのに現在は村で宿を経営している。みょうな違和感いわかんを感じて海斗は首をかしげた。

「御手つきは黒天狗の摩羅マラを忘れられないのさ。このバカはフラフラと戻ってきたんだよ」

 都会へ帰ったはずの山川は違うルートで山へ入り、襲われている所を富岡に助けられた。今でも山へ入ったら、小さな天狗に後をつけられるそうだ。

「小さいのは少しでも蜜が出りゃあご執心しゅうしんだ。黒天狗の方はもっぱら若いヤツで、穂波みたいな年増としまには興味を示さねえ。いまじゃ崖登りできるか怪しいくらいムッチリ太ったしなぁ」

「……そこまで言わなくても」

 うつむいた山川が小さくつぶやき、握った手がふるふると震えている。泣きそうな表情に気付いた富岡が慌ててあやす。

「そこまで言ってねえだろ。崖登りするにゃあ、ちょっと脂がのってるって――」
「デブで年増なんだろ」

 若い頃はもっと痩せて筋肉質だったそうだ。一般人からすれば太ってもないが、アスリートとして見るなら肉付きはよい。すっかりねた山川は、じっとりした目で熊男の弁解べんかいを待っている。

「――ああくそっ、俺はそういうの言葉にすんの苦手なんだよっ」

 面倒臭めんどうくさそうに頭をボリボリいた富岡は、太い腕を伸ばして山川を抱き寄せた。

「これぐらいムッチリしてる方が俺の好みだ」
「……体だけ? 」
 大きな手のひらで顔をおおった熊男は唸り、腕の中の山川はモジモジしながら様子をうかがっていて、まるで仲のいい夫婦ゲンカを見せられているようだ。

(あれ? この2人って、もしかして)

 富岡が無理やり手籠てごめにしたと思っていたけど、2人は案外あんがいいい関係なのかもしれない。

「……オッサン同士が抱き合ってる」
 目の前で展開されるノロケに海斗がつぶやいたら、山川は真っ赤になって下を向いた。

「ほうら、本当のこと言われちまったじゃねーか」
「海斗くん……たしかにオッサンだけど……傷ついちゃうな」

 体格のいい山川が、イジける仕草しぐさはちょっと乙女で可愛かった。
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