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いやらし天狗
希望の夜明け
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※一部死に関するセンシティブな内容を含みます。御注意ください。
洞穴を移動していた男達の動きが変わり、岩場を登っている。
木々のざわめきが聞こえて外へ出たのだとわかった。まわりは暗く山中の斜面のようだ。
ハフハフと獣の息がかかり、とつぜん顔を舐められた。
「うわぁっ」
「ユキ、銀太、いい子だ。良く待っていたな」
穴から這いでた富岡が屈み、海斗の頬を舐めていた犬の頭を撫でた。真っ白い毛なみの犬は、夜闇の中でもぼんやり見える。
「富岡……はやく移動しよう」
「ああ……」
暗い山の木々はざわめいて梢をゆらし、不安そうにあたりを見回した山川が声をかける。
海斗は富岡の肩へ担がれたまま、無言で道なき道を進む。
犬たちと富岡は夜でも見えているように山を移動する。ときどき犬が走って戻り、後ろをついて歩く山川を先導した。
何時間経っただろうか、山ひとつは確実に越えて歩き続けている。富岡の安定した動きと規則的なリズムが眠気を誘い、疲れていた海斗は肩の上で眠ってしまった。
川が岩をぬって流れる音、山鳥のさえずる声。
山川の喋っている声が聞こえて意識が覚醒する。見たことも無い山のふもとを歩いていて、空は白み夜が明けようとしていた。
青々と草が茂る道のさきに鉄柵の門が見えた。富岡が錠前をはずし、鉄柵を開けたら2匹の犬は門の中へ走っていった。警戒するように数匹の犬が敷地の中から吠えていたけど、富岡が歯のすきまから短く息を吐くと鳴きやんだ。
着いたのは山の中にある平屋だった。
目覚めた海斗に気付いた山川が微笑む。
「心配ないよ、ここは村から離れた富岡の家さ」
海斗をソファーへ降ろし、隣へドッカリ座った富岡は盛大に息をついた。
「俺の肩の上でグーグー寝るなんて、いいご身分だぜ。こっちは獲物1頭分かついで、まるまる4時間は歩きっぱなしだってのによぉ」
「す……すみません」
疲れていたとは言え、あの状況で寝てしまい恥ずかしくなった。うつむいた海斗へタオルを持ってきた山川がフォローをいれる。
「気にしなくていいよ海斗くん、富岡の肩の上なんてよく休めなかっただろう? 着替えを持ってくるからベッドでしっかり休むといい」
洞穴を抜けたせいで、3人とも体が泥だらけになっていた。山川のすすめで風呂へ入り、ダブダブのTシャツを借りてベッドへ横になった。
熊の匂いのするベッドかと思ったが、いちおう客用のベッドがあるらしい。柔らかい毛布に包まれると安心して一気に眠気がやってきた。木洩れ日がシーツへ揺らめく。せわしなく鳴く野鳥の声が聞こえ、いつもなら起きる時間、海斗はスヤスヤ寝息を立てて夢の中へ誘われた。
***************
起きた時には正午を回っていた。部屋を移動するとリビングのソファーに富岡が寝てる。山川の姿は見あたらない、熊男が目を開けたので海斗は凍りつく。
「そう警戒すんな」
寝そべっていた男は笑ったが、熊が歯を剥いてるようにしか見えない。
熊よけスプレーがないので安心できないけど、とりあえずリビングへ腰を下ろした。なるべく距離を空けてソファーの端へ座る。外見の古い平屋にしては新しい床に大きな毛皮が敷かれ、壁にも鹿の角が数本ぶらさがり、富岡が猟師だったのを思い出す。
「……あの……ありがとうございます」
監禁された場所から助けてくれたことに対して礼を言う。
富岡はあまり詮索するタイプではない様子で、とくに鼻高神社での出来事は聞かれなかった。無言の時間が過ぎたが、海斗は聞きたいことが沢山あって落ち着きなくソワソワしていた。
「……どうして僕を助けてくれたんですか? 」
「あいつに頼まれたからだ」
「ええと……山川さんとはどのようなご関係で? 」
「十数年ほどの付き合いだ」
「……」
ぶっきらぼうに答えが返ってきて、まるで話の広がらないコンパのようだ。会話が続かなくても熊男はいっこうに気にしていない。
「マエ様って、いったい何者なんですか? 」
ふと思い出した黒天狗について聞いたら、富岡はのっそりと身をおこして唸る。天狗の事を知っている風だった。
「……おまえ、鼻高神社のジジィに伝え話を聞いたか? 」
「ええまあ」
鼻高神社の宮司から聞いた天狗のことを話すと、富岡は鼻で笑った。
「あのジジィは代々村長の家系だ。おおむかしのことで誰も気にしちゃいないが、天狗の伝えを都合のいい話に変えてる」
昨晩の異常な巴那河の目を思い出した。海斗が一笑に付さないので、富岡はぽつりぽつりと話を続ける。
「俺が曽祖父さんから聞いた話だがな――」
富岡の家に伝わる昔話だった。
むかし鼻高山の裏の谷には崖と崖のあいだに絶壁がそびえ立ち、寺があって2つの橋が架かっていた。ひとつは鼻高山の村から断崖の寺へ架かる橋、もうひとつは寺と隣村をつなぐ橋。
断崖の寺は評判が良くなかった。好色な僧が説法や病気の治療と称して方々の村へまわっては、お金のない家の少年を出家させ、真昼間から目も当てられぬ行為をしていたという。
ある日、空が暗くなり作物が育たず、隣村で飢饉と疫病が発生した。飢えた隣村の者は、寺に助けを求めて橋へ押し寄せる。しかし恐れおののいた寺の僧たちは、隣村へつづく橋を落とした。
――――そして、鼻高山の村人たちも断崖へ架かる橋を落とした。
「寺の僧まで見捨てたんですか? 」
「ああ……俺が思うに、村人も生臭坊主どもが目障りだったんだろうよ」
断崖の寺は孤立して、追い打ちをかけるように天災が発生する。山くずれが起こって絶壁の寺は崩壊し谷底へ落ちた。むろん救出も行われず、瀕死で息のあった僧たちも見捨てられた。
寺の無くなった崖へ飢えた隣村の者が身投げをおこない、谷には何十もの死体が転がった。時が経つにつれ谷から奇怪な音がひびき、怨霊が跋扈しているのだと恐れた鼻高山の村人たちは谷を封鎖した。
洞穴を移動していた男達の動きが変わり、岩場を登っている。
木々のざわめきが聞こえて外へ出たのだとわかった。まわりは暗く山中の斜面のようだ。
ハフハフと獣の息がかかり、とつぜん顔を舐められた。
「うわぁっ」
「ユキ、銀太、いい子だ。良く待っていたな」
穴から這いでた富岡が屈み、海斗の頬を舐めていた犬の頭を撫でた。真っ白い毛なみの犬は、夜闇の中でもぼんやり見える。
「富岡……はやく移動しよう」
「ああ……」
暗い山の木々はざわめいて梢をゆらし、不安そうにあたりを見回した山川が声をかける。
海斗は富岡の肩へ担がれたまま、無言で道なき道を進む。
犬たちと富岡は夜でも見えているように山を移動する。ときどき犬が走って戻り、後ろをついて歩く山川を先導した。
何時間経っただろうか、山ひとつは確実に越えて歩き続けている。富岡の安定した動きと規則的なリズムが眠気を誘い、疲れていた海斗は肩の上で眠ってしまった。
川が岩をぬって流れる音、山鳥のさえずる声。
山川の喋っている声が聞こえて意識が覚醒する。見たことも無い山のふもとを歩いていて、空は白み夜が明けようとしていた。
青々と草が茂る道のさきに鉄柵の門が見えた。富岡が錠前をはずし、鉄柵を開けたら2匹の犬は門の中へ走っていった。警戒するように数匹の犬が敷地の中から吠えていたけど、富岡が歯のすきまから短く息を吐くと鳴きやんだ。
着いたのは山の中にある平屋だった。
目覚めた海斗に気付いた山川が微笑む。
「心配ないよ、ここは村から離れた富岡の家さ」
海斗をソファーへ降ろし、隣へドッカリ座った富岡は盛大に息をついた。
「俺の肩の上でグーグー寝るなんて、いいご身分だぜ。こっちは獲物1頭分かついで、まるまる4時間は歩きっぱなしだってのによぉ」
「す……すみません」
疲れていたとは言え、あの状況で寝てしまい恥ずかしくなった。うつむいた海斗へタオルを持ってきた山川がフォローをいれる。
「気にしなくていいよ海斗くん、富岡の肩の上なんてよく休めなかっただろう? 着替えを持ってくるからベッドでしっかり休むといい」
洞穴を抜けたせいで、3人とも体が泥だらけになっていた。山川のすすめで風呂へ入り、ダブダブのTシャツを借りてベッドへ横になった。
熊の匂いのするベッドかと思ったが、いちおう客用のベッドがあるらしい。柔らかい毛布に包まれると安心して一気に眠気がやってきた。木洩れ日がシーツへ揺らめく。せわしなく鳴く野鳥の声が聞こえ、いつもなら起きる時間、海斗はスヤスヤ寝息を立てて夢の中へ誘われた。
***************
起きた時には正午を回っていた。部屋を移動するとリビングのソファーに富岡が寝てる。山川の姿は見あたらない、熊男が目を開けたので海斗は凍りつく。
「そう警戒すんな」
寝そべっていた男は笑ったが、熊が歯を剥いてるようにしか見えない。
熊よけスプレーがないので安心できないけど、とりあえずリビングへ腰を下ろした。なるべく距離を空けてソファーの端へ座る。外見の古い平屋にしては新しい床に大きな毛皮が敷かれ、壁にも鹿の角が数本ぶらさがり、富岡が猟師だったのを思い出す。
「……あの……ありがとうございます」
監禁された場所から助けてくれたことに対して礼を言う。
富岡はあまり詮索するタイプではない様子で、とくに鼻高神社での出来事は聞かれなかった。無言の時間が過ぎたが、海斗は聞きたいことが沢山あって落ち着きなくソワソワしていた。
「……どうして僕を助けてくれたんですか? 」
「あいつに頼まれたからだ」
「ええと……山川さんとはどのようなご関係で? 」
「十数年ほどの付き合いだ」
「……」
ぶっきらぼうに答えが返ってきて、まるで話の広がらないコンパのようだ。会話が続かなくても熊男はいっこうに気にしていない。
「マエ様って、いったい何者なんですか? 」
ふと思い出した黒天狗について聞いたら、富岡はのっそりと身をおこして唸る。天狗の事を知っている風だった。
「……おまえ、鼻高神社のジジィに伝え話を聞いたか? 」
「ええまあ」
鼻高神社の宮司から聞いた天狗のことを話すと、富岡は鼻で笑った。
「あのジジィは代々村長の家系だ。おおむかしのことで誰も気にしちゃいないが、天狗の伝えを都合のいい話に変えてる」
昨晩の異常な巴那河の目を思い出した。海斗が一笑に付さないので、富岡はぽつりぽつりと話を続ける。
「俺が曽祖父さんから聞いた話だがな――」
富岡の家に伝わる昔話だった。
むかし鼻高山の裏の谷には崖と崖のあいだに絶壁がそびえ立ち、寺があって2つの橋が架かっていた。ひとつは鼻高山の村から断崖の寺へ架かる橋、もうひとつは寺と隣村をつなぐ橋。
断崖の寺は評判が良くなかった。好色な僧が説法や病気の治療と称して方々の村へまわっては、お金のない家の少年を出家させ、真昼間から目も当てられぬ行為をしていたという。
ある日、空が暗くなり作物が育たず、隣村で飢饉と疫病が発生した。飢えた隣村の者は、寺に助けを求めて橋へ押し寄せる。しかし恐れおののいた寺の僧たちは、隣村へつづく橋を落とした。
――――そして、鼻高山の村人たちも断崖へ架かる橋を落とした。
「寺の僧まで見捨てたんですか? 」
「ああ……俺が思うに、村人も生臭坊主どもが目障りだったんだろうよ」
断崖の寺は孤立して、追い打ちをかけるように天災が発生する。山くずれが起こって絶壁の寺は崩壊し谷底へ落ちた。むろん救出も行われず、瀕死で息のあった僧たちも見捨てられた。
寺の無くなった崖へ飢えた隣村の者が身投げをおこない、谷には何十もの死体が転がった。時が経つにつれ谷から奇怪な音がひびき、怨霊が跋扈しているのだと恐れた鼻高山の村人たちは谷を封鎖した。
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