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いやらし天狗
天狗祭りの日がやってきた
しおりを挟む祭りの日の村は、期待で気持ちが浮き足立つ。
依然として山川の姿はない。気になって尋ねると療養中で、宿は受付にいるお婆さんと孫娘のアケミが手伝っていた。農家のアケミさんはさまざまな野菜を作ってこの宿にも卸しているので、山川とは縁が深い様子だ。
「いつも畑の手伝いに来てくれたり、うちの婆ちゃんを病院へ連れて行ってもらったり、お世話になってるからねぇ~」
アケミは豪放に笑った。昨日の押しかけ騒ぎはまぼろしだったみたいに長閑な時間が流れている。
「それより大原さん、今日は鼻高神社の天狗祭りを見に行くんでしょ? 村の男どもは夜更けまで宴会してるから、呑兵衛に巻き込まれないようにね」
話を聞きながら出された朝食を口へはこぶ。山川の作る物とまた違った郷土風の料理は野菜の甘みがでている。旨味の染みだす煮しめをおかずに、ツヤのあるご飯をかきこんだ。
「あのぅ、このあと山川さんのお見舞いに行きたいのですが」
「穂波ちゃんのお見舞い? ああ~、今は富岡の家にいてちょっと遠いわね……連絡してみましょうか? 」
「えっ? ……だったらいいです。帰ってくるの待ちます! 」
富岡の名前が出てきて海斗の鼓動は早くなった。風呂場での出来事を思い出して怯んでしまった。ますます山川の安否が気になって顔をしかめていたら、アケミが顔をのぞきこむ。
「ひょっとして富岡に会った? あの顔でぶっきらぼうだから怖そうに見えるけど、意外に世話焼きなの。ほら宿の裏にいるワンちゃん、富岡のところの子達だったけど穂波ちゃんへ贈ったのよ~」
「……そうなんですか? 」
アケミは山川が不在のあいだ、2頭の犬の世話もしているらしい。聞いた話と昨日の熊男が一致せずうなっていると、彼女は豪快に笑って海斗の肩を軽くたたいた。
「大丈夫よ、さすがに食べられたりしてないって! 」
(そっちの「食べられる」じゃないんだけどな……)
きっと富岡の裏の顔を知らないのだろう、眉毛が垂れさがった海斗は深く息をついた。
「いってらっしゃいナ~」
山川の代わりに受付にいる小さなお婆さんがニコニコと送り出してくれた。海斗もあいさつを返し、当初の予定通り鼻高神社へ向かう。
こじんまりとした村の神社は華やかに飾りつけられ、観光客もチラホラいて境内は賑わっていた。出店から串焼きのおいしそうな匂いがする。
「巴那河さんだ……」
海斗の視線のさきに白い神主の衣装を着た巴那河が立ち、おごそかに何かを読み上げた。天狗の衣装をまとう者たちが後ろに整列している。
トン、トトントン。
笛と太鼓の音が鳴り、小さな舞台のまわりへ人々が集まりだす。
太鼓の音に合わせて衣装を着た天狗が舞っている。作物が実らなくて飢えと病気に苦しむ人々を救った天狗の物語を表現しているようだ。
怖い顔の天狗は、悪い天狗たちを懲らしめ改心させた。動画を撮りながら眺めていると、天狗たちはお菓子やモチを配りはじめる。受け取った子供達は歓声を上げている。
目の前に来た天狗の羽団扇で頭を撫でられた。撫でられると無病息災など、ありがたい1年になると聞いている。
こわい天狗の面なので泣きだす子供もいた。しかし怖い天狗の後から改心した天狗がコミカルに歩いてきて、お餅とお菓子を渡されて泣き止む。となりで見ていた海斗にもモチと飴が渡された。
「遠くからお越しになってお疲れでしょう? こちらで休んでいってください」
「ありがとうございます! 」
朝から祭りを見物していて、ひとやすみする場所を探していたら関係者と思われる人に声をかけられた。境内の休憩室へ案内され、冷たい麦茶が出される。他にも観光客や地元の家族連れが休憩している。
日中は暑かったのでグラスを一気に飲み干せば、つめたい麦茶が喉を通って潤った。
「ぷはぁ、うまいっ」
「ふふ、いい飲みっぷりですね。もう一杯いかがですか? 」
「いただきますっ」
海斗が即答すると、ほほ笑んだ青年はポットの麦茶をグラスへそそぐ。最初は女の人と見まちがえたが線のほそい美青年、節くれだって日焼けした村の男たちとは対照的だ。
年が近いこともあって、白石と名乗った青年と楽しくおしゃべりをした。聞き上手な青年に、つい日頃の悩みまで打ちあけてしまう。
「へぇ~、それで浮田さんという人に合コンへ誘われるのですね」
「なんか弟子だと思われてて……あいつ、間崎教授のことを女の人にモテるテクニシャンだって勘違いしてるんです」
「ええ~でも大原さん、モテそうですよね? 」
「そそ、そんなこと無いっすよ! 」
笑った白石の顔が花のように美しく、男だと分かっていてもドギマギしてしまう。彼は鍛えても筋肉がつかない体質なので、海斗の身体つきを褒めた。自慢じゃないが、高校まで陸上をやっていたので体には自信がある。
時間を忘れて楽しいひと時を過ごした。気づけば夕焼けに染まった空が暗くなり、境内に吊るされた提灯へ明かりが灯る。
意気投合した白石に案内されて、境内の夜店をまわった。
普段、閑静な村は祭りの日だけ賑々しい。家族連れの子供たちは夜店の前で満面の笑みを浮かべていた。
「おや大原さん、天狗祭りを楽しんで頂けましたかな? 」
道の向こうから宮司の巴那河が歩いてきた。隣にいた白石も知っている様子で会釈する。道端で話していたら宮司が提案した。
「よろしければ、この後の宴に来られませんか? ……じつは女人禁制の秘密の宴でして……」
最後の方は海斗にだけ聞こえるようにコッソリ耳打ちされる。秘密と聞いて食指がうごく。祭りの後の宴なんて面白い地元の話が聞けそうだ。
祭りも終わって境内の夜店は片付けをはじめている。それらを眺めながら、宮司に連れられ建物の奥へ向かう。提灯も消されつつあり、うす雲のあいだに金青の夜空が見えた。
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