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いやらし天狗
初日に会ったお爺さんは…
しおりを挟む夕食前に扉がノック音されて、山川が部屋を訪ねた。
「海斗くん。不躾で悪いのですが、今すぐ荷物をまとめてください! 」
緊迫した様子の彼は、村を出るよう伝えてきた。しかし明日は天狗祭りを見学する予定がある。
「穂波さん? ちょっ、ちょっと待ってください。俺には調べないといけない事がたくさんあって――」
怪異の事を放りだして帰るわけにはいかないと、海斗は山川の意見を聞き入れなかった。思えばこの時、村から引き上げていれば後の災難も降りかからなかったのかもしれない、だが海斗の心には使命のようなものが湧きあがっていた。
玄関から呼ぶ声がして、緊張した面持ちの山川は応対するため1階へ下りていった。そのあいだ部屋で隠れているよう指示される。
気になった海斗はこっそり様子をうかがえば、かろうじて姿を確認できた。山川が数人の男達と揉み合っている。話し声も聞こえてきて、身をひそめて観察をつづける。
「昨日の夜、谷から歩いてくるのを助平さんが目撃したと言っておるのじゃ!」
「な……なんのことを言って、僕はなにも知りません! 」
「この宿に泊まっている客だ! ワシは見たぞ! 」
宿の玄関へ上がろうとする老人達を山川は腕を広げて押し止めた。玄関先へ村の男たちが集まり押し合いへし合いしている。
「今年のニエは決まっていたのではないですか! うちのお客さんなんて、何かのまちがいですよっ」
「マエ様に選ばれた者なら別です。隠すのであれば口を割ってもらうしか無いようですな……山川さんを連れて行きなさい」
「なっ、やめてくださいっ」
山川のまわりへ数人の男が群がって連行しようとした。宿の主人のピンチに海斗は思わず階段を駆けおりる。
「穂波さん! 」
「海斗くんっ、どうして下りてきたのですか!? 」
思っていたより人数が多く、老人から若い男までいた。海斗へ視線があつまり、焦って周りを見まわしていたら1人の爺さまが歩みよる。
「これは驚かせてすいません、みなさんも落ちついて」
海斗の前に立ったのは品の良さそうなお爺さんだった。もの静かな声に騒いでいた人々は耳を傾ける。初日に天狗のことを教えてくれた人だと気づいた。お爺さんはニッコリと笑顔を浮かべる。
「待ってください巴那河さん! 彼は何も知らないただの旅行客――」
「山川さん、そんなに興奮して大丈夫ですか? だれか部屋で休ませてあげなさい」
ヒステリックに声をあげる山川を男たちが囲んで手を伸ばした。海斗は山川へ群がる男たちのいかがわしげな表情が心配になって、巴那河と呼ばれた爺さまへ目を向ける。
突然、大きい影がぬっと玄関先へ入ってきた。
「おいっ助平のじいさん、穂波に触るんじゃねえ……俺が連れていく、あんたらは自分の仕事してろ」
ニタニタしながら山川の腰元へ手を這わせていた助平がちいさく舌打ちした。熊のような富岡が近づくと男たちは手を離す。
「富岡っ、まさかお前が海斗くんの事を……」
「知らねーよ、俺じゃねぇ」
「海斗くんっ、に――」
なにか叫ぼうとした山川の口を手でふさいだ熊男は、取り囲む男たちを押し退けて奥の部屋へ連れて行った。
「あの……」
「山川さんは少々癇癪をお持ちのようで……心配いりません、休めば気分もよくなりますよ」
海斗が不安な目をしているのを察して、巴那河がなだめるように説明する。
「そう言えば、大原さんは『マエ様』に興味があるご様子ですね? 知りたいのであればお話しますよ」
場にそぐわないほど笑顔で話す爺さまに違和感をおぼえる。この状況は異常だと理解している、しかし海斗の知りたいという欲求は勝った。
「お話しが聞けるなら……うかがいます」
「山川さんが落ち着かれるためにも、場所をかえましょうか」
スマートフォンをポケットへ突っこんだ海斗は、男たちに囲まれて宿のおもてに停めてあった車へ乗りこむ。このまま誘拐されるのではないかと緊張して顔がこわばった。
車が到着した場所は、見たことのある神社だった。
宿へ押しかけていた村人たちはそれぞれ散った。あちこちに提灯が吊るされテントが設営されている。
「ここって鼻高神社……」
「大原さん、こちらへどうぞ」
巴那河に先導され境内の端にある建物へ案内される。住居のようなスペースがあって、畳の部屋へ上がった。多少緊張した面持ちの海斗が正座していると、巴那河は名刺を差しだした。
「あのような騒ぎで不安がらせてしまって申しわけない、私は巴那河長斐ともうします。鼻高神社の宮司を代々しています」
「えっ? ここの宮司さんですか? 」
「自分で言うのもなんですが、めずらしい苗字でしょう」
巴那河はにこやかに挨拶を述べる。明日の天狗祭りの準備をするため、村人が神社に集まって用意をしているらしい。皆の食事ついでに海斗も夕食へ誘われた。巴那河が声をかけたら、廊下の向こうから割烹着を身につけた男性が返事をする。
「お腹が空いていませんか? 夕食はこちらで召し上がってください。山川さんのことで驚いているでしょうけど、富岡さんが一緒なら心配いりませんよ」
山川はちょっとした持病のようなものがあり、村に移住した理由だそうだ。巴那河は明日おこなわれる祭りについても分かりやすく語り、海斗の緊張は少しずつほぐれる。
ほっそりした男性が料理を次々に運んでくる。
膳には色とりどりの野菜がならび、炭焼きのアミへのせられて美味しそうな匂いがただよう。地元の食材が用意され、祭りの期間中は皆へ料理がふるまわれる。
「山川さんの宿の料理も美味しいですが、旅の思い出にここの郷土料理も食べていってください」
「はいっ、いただきます」
最初は警戒していた海斗だが、美味しそうな匂いと腹の減りぐあいに負けて箸をのばした。独特の食感のフキのお浸しに、稚鮎の天ぷらをかじるとサクッと香ばしい味わいがする。
「とっ、ところで天狗のことなんですけど……」
美味しい食事で当初の目的を忘れそうになってしまった。
マエ様という天狗について聞くと、逆に知りたい理由をたずねられた。海斗が会ったことを誤魔化しながら天狗や民話を調べている趣旨を話せば、宮司は興味深そうにうなずく。
巴那河はやさしい笑顔のまま、この地域に伝わる天狗の話をはじめた。
おおむかし飢饉がおこり畑の農作物は枯れ周辺の村も壊滅して、たくさんの人々の命が失われた。死んだ者たちは生きている者を祟って悪い天狗になり、夜な夜なあらわれては村人を攫い作物を枯らすなど悪さを働いた。
ひとりの高僧が村へやってきて、悪い天狗たちを改心させて村人を救った。その正体は黒い天狗で、感謝した村人たちは谷へ寺を建立して天狗を祀った。マエ様は鼻高山で厳しい修行に励んでいると伝えられている。
「天狗様はいまでも目撃されます。皆畏れておいそれと近づきませんが、出会えたらこの世のものとは思えないほどの喜びを授けてくださるとか……君も会えたらいいですね」
「そっ……そうなのですか? 」
一瞬、宮司の目が鋭く光った気がして海斗はビクリと身を震わせた。
「明日は天狗祭りを楽しんでください」
「はい! 今日は色々とありがとうございました」
車で送り届けられ、無事に宿まで帰ってきた。受付にはいつものお婆ちゃんが座っていて、山川の体調を心配していた。すべて思い過ごしだったようで、海斗は安心して宿泊している部屋へ戻った。
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