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いやらし天狗
しがない大学生
しおりを挟む古めかしい校舎のコンクリートの壁を通りすぎ、ギィと音を立てるドアを開けた。部屋の中は書物庫のように棚がならび、蛍光灯に照らされている。
「間崎教授ー? 」
人のいないように見えた部屋の奥から返事があった。大きな机に本が乱雑に積み上げられ、埋もれた人物が顔をのぞかせる。
「ああ、ああ、大原くん! 待っていたよ。君に相談したい事があるんだ! 」
メガネをかけた壮年の人物は嬉しそうにこちらへ声をかけた。
大原海斗は大学へ通う学生だ。お世辞にも優遇されているとは言いがたい校舎の端にある研究室で間崎教授の手伝いをしている。
「ささ、コーヒーか緑茶でもどうかな? 」
「飲んできたばかりで……お腹がタプタプなんです」
間崎はカップを持ってきてすすめるが、埃をかぶったカップを見て苦笑いしながら断った。
ほがらかで人柄は良いのだが、いまいち冴えない。若者にはあまり人気のない民俗学の博士で怪談話も好物な教授は、学生から影が薄いだの心霊教授などと呼ばれている。
「教授、今日は何の用ですか? 」
「そうだった。君にちょっと調査してほしい場所があってね」
いそいそと間崎は雑誌をひらいた。意外にきれいな旅雑誌の写真に海斗は見入る。
「旅行雑誌? 」
「鼻高山が特集されてたから買ったのだよ。ここには天狗の伝承が残されていて――――」
間崎は熱心に語りだす。こういった話に彼は目がなくて喋り出したら止まらない、しかし海斗も興味があるのでひとしきり聞いた。天狗の伝承が残されている地域で民話を調べているそうだ。
「ついでに僕の知り合いが心霊体験をしたらしくてねぇ。なんでも不気味な声と、小さな天狗を見たとかで話を持ってきたのだよ。それも含めて調べてきてほしいのだよ? 」
「いいですよ、予定も開いてるから調査してきます」
「助かるよ~大原くん。僕も行きたい所だけど学会で忙しくてねぇ」
分厚いレンズをキュッキュッとふきながら、間崎は顔を綻ばせた。冴えないおじさま教授だがその界隈ではわりと有名で、ひんぱんに会合や講演会へ出かけて忙しく調査をお願いしてくる。
怪異などを調べている海斗にとっては、交通費や宿代も出てちょっとしたお小遣い稼ぎにもなるため快く引き受けている。
「あら大原君、また教授に呼び出されたのね。間崎教授ったらホコリだらけのマグカップ出して、こんなのでコーヒー飲んでたら病気になりますよ! ほら眼鏡もズレてます! 」
田村女史が部屋へ入ってきて、ブツブツ言いながら教授の机を片付けてカップを洗いはじめる。
「田村くぅんっ! 順番が分からなくなるから、そっちは片付けないでくれたまえっ」
田村女史は他分野の助教授なのだが、間崎が頼りなさそうに見えるのか放って置けない様子でこうして顔を出している。教授の小さな抗議の声もむなしく、机に散らばっていた書物とカップはきれいに整頓された。
「ああぁ……あれ? 探していた書物がこんな所に! 」
片付けられることに抵抗した教授だったが、きれいになった机の上で探していた本が見つかり嬉しそうに読んでいる。
「ほら大原君もぼーっと見てないで! 次の講義があるんでしょ! 」
田村女史の注意がピシャリと飛び、首を竦めた海斗は返事をした。
「……間崎教授って、なにげにモテてるよなぁ」
冴えないおじさまのドコにモテる要素があるのかとつぶやき、海斗は次の講義の教室へ早足で向かった。
「――でさぁ~、海斗も行くっしょ? 」
ぼんやりしていた海斗が声に反応すると、長机にもたれかかった友人が楽しそうに笑っている。講義が終わり生徒たちの会話が講堂にひびく。
「ごめん聞き逃したわ。なんて? 」
「海斗ってば、ぼんやりしすぎぃ。今度の休みにマユユンた~ち~と一緒に遊びに行こうかって話。デート、ダブルデェトだよ」
チャラ男な浮田は人当たりはよくて場を盛り上げるのに事欠かない性格だ。目当ての女子に夢中でこの手の話をしょっちゅう海斗に持ってくる。
「俺に苦手な話を持ってくんな、鳴史とか地味野がいるだろ? 」
「ぜいたくなヤツめ~、ナルもジミーも女に誘われるタイプじゃねえんだよ。女子がさぁ『大原くんも誘ってよね』って言うんだよね~」
浮田は口をヒヨコのようにピヨピヨさせて女子の真似をしている。友人を介して言われると断りづらい。
「はぁ次の休みは、教授の手伝いでいけないよ」
「心霊教授の手伝いかよぉ、まっ今回は先輩を誘ってみるわ。次回はたのむぜよ~」
軽いノリの友人は笑いながら、2本の指をピタリと合わせて額のあたりで振り講義室を去った。
気がつけば周囲は愛だ恋だの、春をいろどる男女の恋愛話ばかりで海斗は深く溜息をつく。
厳密に言うと恋愛はキライではないけれど、同年代のキャピキャピした雰囲気がどうも苦手なのだ。浮田には一時期『枯れ専』などと呼ばれたが、美人の田村女史が研究室へ出入りしていると知って間崎教授の事は一目置くようになった。
教授の手伝いは体のいいことわり文句にも使えて便利だ。
夕陽が校舎の廊下を照らしている。間崎教授の研究室まで来た海斗は部屋の中から大きな物音がした。びっくりした海斗が扉を開けようとしたら中から女性の声が聞こえる。
「間崎教授ったら、全然っ気づいてくれないんですもの! 」
「たたた田村くぅん! やめたまえ、ああ~豊満な胸が私の顔に!! 書物がみえないよっ」
「教授! 私の書物は立体的ですわっ、さあ開いてお読みになって! 」
扉の中から聞こえてきた声に海斗はにぎっていたドアノブを放して、180度身をひるがえす。
「まさか教授まで……ってドラマかよ」
ハアと盛大にため息を吐いた海斗はポケットに手を突っこんで帰り道に就く。教授に聞こうと思っていた調査場所や電車のチケットについては後にすることにした。
後日、教授とのやり取りで旅費と予約した乗り物のチケットが送られてくる。ついでに手に入れた教授のノートを頼りに鼻高山へ遠征する事となった。
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