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閑話 ~日常や裏話など~

#ふわふわにゃん事件 おまけ話

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 提灯ちょうちんの光は道行く人々を照らす。家族や仲間、みんな手を取り合って楽しそうにおしゃべりしている。

「あ~あヒマだなぁ、だいたい屋台やたい乾物かんぶつなんて売れるのかよ」
 大欠伸おおあくびをした赤毛の男は、屋台の丸椅子で足を組み頬杖ほおづえをつきながら行きう人々を眺めた。

わか、真面目にやって下さい。また御当主ごとうしゅにカミナリ落とされますよ。若もじき当主になられるのですから、金の使い方を――――」

「へいへい。わかった、わかったよ」

 隼英はやひでは、やる気なさそうな表情を店先へ向ける。

屋台の店頭では茶髪ちゃぱつをオールバックにした男が客の対応をしていた。いかつい顔にTシャツのそでを肩までまくり日焼けしている太い腕が見えて、この男も客商売には向かない風貌だ。



 隼英は家の金を使いこんだけ事で大負けして、鬼平おにへいから夜店の手伝いをめいじられていた。

「村上のばあさん、屋台出すの楽しみにしてたのになぁ」

 乾物屋の婆さまは鬼平の知りあい、今年も地元の商店から祭りに出店する予定だったけれど体調を崩してしまった。軽い肺炎はいえんにかかり入院中、身内が遠い地域に住んでいるので代わりに隼英たちが手伝いに来ていた。

「ど~せ暇だし、いいんだけどな」」
 嫁が生まれたばかりの子供を連れて逃げてから1年ほどつ、正式な離婚も決まっていた。道ゆく家族達を眺めながら隼英は溜息をつく。

「俺の子も元気にしてるかなぁ」
 もう祭りには参加できる大きさになっているかもしれない、はしゃいで夜店の前を通り過ぎる子供を見てつぶやくと、茶髪の男から辛辣しんらつな言葉が返ってくる。

「1歳位じゃ歩くどころか、まだ一言二言しか喋れませんよ。子供の情操じょうそうに悪いから当分のあいだ面会も禁止ですし、まあ若の自業自得じごうじとくですよね」

「くぅ~東郷とうごう……お前の言葉が刺さって痛てえよ」
「あ、若、注文入りましたよ」
 眉頭を上げた隼英が腹をさすっていたら、電話を受けた東郷とうごうは淡々とメモを取る。


「隼英さん! 」
 白い髪の少年が斜め向こうの射的屋しゃてきやから走ってきた。後ろを歩いてきた若者たちも見覚えがある。

砕波さいはじゃないか~、お前ちょうど良いとこに来たなぁ。この鰹節かつおぶしをあそこのタコ焼き屋へ持って行ってくれないか? 代金は後で回収するから気にすんな。あとこれで皆とタコ焼きでも買って食べろ」

 隼英は注文の入った鰹節の袋と小遣こづかいを白い髪の少年へ手渡す。砕波は少し嬉しそうに笑い、後ろの若者達のところへ戻った。店頭の客にも応対して、豆と干し椎茸しいたけを袋へ詰める。屋台の奥では東郷が電話注文を受けた乾物をまとめていた。



 ふと商品を置いた台を見ると、白地に柄のついた浴衣ゆかたの小さな子供がふたつきのクリアケースに入った煮干にぼしを見上げていた。
日干ひぼしした魚がめずらしいのだろう、隼英は店先にいる子供の両脇を抱えてクリアケースの中身がよく見えるよう持ち上げる。

「それはトビウオの煮干しだ。ん? お前……人間だよな? 」
 持ち上げた子供は不思議な気をまとい、ふわふわした猫耳と尻尾をつけている。

「東郷! にゃんこだ、にゃんこ捕まえたぞ! 」
「若、さぼってないで仕事して下さい」

 隼英に捕まった小さな子供は手足をパタパタと動かした。猫というより白いアザラシの子供が短い手を動かす場面を彷彿ほうふつとさせる。動くたびにフワフワの髪と尻尾が揺れる。

「ニャンコ~迷子か? 」
「ふ……ふわふわにゃん」
「ふわふわにゃん? 名前か? 」
 子供は間違いを正すように、おずおずと声を出した。大きな隼英に両脇を抱えられてすすべなくプラプラしている。

「おまえ可愛いな~。東郷、連れて帰ってもいいかな」
「マジ犯罪なんでめて下さい」

 手厳てきびしい東郷の声を気にせず隼英がなごんでいると、向かいの綿わたあめ屋からデカいレインボー綿あめが走って突っこんできた。

隼英の目は驚愕きょうがくに見開かれた。刹那せつな、レインボー綿あめの裏から飛びでた指に目を突かれて、うめいた隼英は子供を抱えたまま前のめりに膝をつく。すかさず片足首を小さな足にはさまれて、顔から地面へ倒れた。

抱えていた子供ニャンコはスルリと隼英の手を抜け出し、綿あめの足音と共に遠ざかってく。

「ぐああ! 綿あめに襲われた! 目が、目が!! 」
 隼英は地面へ突っ伏し、目を押さえて呻いている。
「……いい手際てぎわだ」
 店先へ転がる赤毛の男を後目しりめに、東郷は走り去る2人の子供を見送った。



「九郎~? あきら~! 」
 人探しの呼び声がして黒染めの作務衣を着た男が走ってきた。

「あなた、そんなに慌てなくても大丈夫よ。九郎がついてますもの」
「いやしかしっ、あれほど目の届くところにいろと……」
 男の後方から小さな女の子を抱いた妻らしき女性が来る。子供を見失ったのか、夫の方は狼狽うろたえている。キョロキョロしながら走り出そうとした矢先、道端の大きなかたまりへつまずいて覆いかぶさるように転んだ。

大きな塊は目を押さえてうずくまっていた隼英だった。

「誰だっ、道へ大きな物を置いたのは!? 」
「あれ? 一進いっしんさん? 」
 起き上がった塊は、自分につまづいた男を確認するため痛む目を何度かまばたきさせた。一進もあわてて身を起こし、うずくまっていた赤毛の男を見下ろした。

「隼英君か? どうしてこんな所に」
「じつは綿あめに襲われまして、ははは」
「わたあめに? 」

 隼英が先ほどの経緯けいいを話せば、一進はどこか安心した顔を見せた。ひまわり柄の浴衣を着た女の子が、光恵みつえから降りて乾物屋をのぞく。

「だから大丈夫だって言ったでしょう? そのうち戻ってくるから、私達もこの辺りを観覧かんらんしていましょう」
 光恵は乾物へ興味をしめし、昆布や干しホタテを選んでいた。娘が煮干しを欲しがったのでついでに購入する。気の抜けた一進も2人に加わって乾物屋を見物しだした。

 一進の娘が歩み寄り、買った袋から煮干しを1つ隼英へ手渡す。
隼英は煮干しを見つめて、さっきのフワフワした子供を思い出した。頬ずりでもしておけば良かったと後悔した。

「フワフワのわたあめも好いけど、こっちもけっこう美味しいわ」
「なぐさめてくれるのかい? お嬢ちゃんは優しいな~、どうだ将来俺のお嫁さんにならないか? 」
「わたし、かわいい子がすきなの。おじさんはダメ」
「おじさん……俺、まだハタチそこそこなんだけど……」

 幼い子供になぐめられて隼英は笑ってれるが、少女の無垢むくなひと言で撃沈した。店の奥でうなだれる赤毛の男を東郷が辛辣しんらつな言葉で気遣きづかう。

提灯が煌々こうこうと店先を照らし、にぎやかな笑い声がひびいた。



***************

 シャクッと歯切れのいい音がして、隼英はソースの掛かったアジフライをかじる。小ぶりのあじだが、漁港の市場で仕入れた物なので新鮮かつ美味い。テーブルの斜め向かいを見ると、同じようにアジフライを食べるあきらの姿があった。術の修練後に昼食へ誘ったら、育ちざかりで食欲旺盛しょくよくおうせいな少年はすぐさま承諾した。

フライを食べる明の口から鯵の尻尾が出ている。

「ん……? んんん? 」

 隼英は何かを回想するように片眉を上げ、明を見つめた。

「……!! 」
 突然立ち上がった隼英は棚をあさり、紙とペンを取り出してテーブルへ戻る。キュッキュッとペンを走らせて、描いた絵をハサミで切り抜きはじめた。

三角の突起が2つあるカチューシャの様な物が出来上がった。隼英は切り抜き終わった物をかかげて明の頭へのせた。うすい紙は明の頭でペラペラ揺れる。

遠慮のない視線は上から下まで眺めた。

「うん、やっぱそうだ」
 隼英は明へ抱きつき頬ずりした。唐突で驚いた少年の口から鯵の尻尾が落ちる。
「ちょっと隼英、食事中! 何!? 」
 太い腕をまわされた明が狼狽うろたえると、アジフライを食べてあぶらぎった隼英の唇が近づく。食事を邪魔されて何かが切れた少年は、迷わず人差し指と中指でせまる男の目を突いた。

「ぐあああ!? 目が、目が!! 」
 目を押さえた隼英は床へ突っ伏して呻いている。

「いまの叫び声は!? 何事ですかっ」
 廊下を走る足音が聞こえ、ドアを乱暴に開けた湯谷ゆやが滑り込んだ。しかし明とうずくまる隼英を交互に見て、険しかった彼の目は平常時の目に戻る。

「ええと、食事中に襲われたので目を突きました……」
「明くん、それは正しい判断です」

 どう状況を説明しようかと考えていた明が結局ストレートに伝えれば、ニコリと微笑んだ湯谷はお辞儀じぎをして出て静かに扉を閉めた。



 呻いていた隼英は起き上がり、明の太ももへ頭をのせる。

「あきらぁ、明日のいっしょに行くか? 」
 隼英が明日の花火大会へ誘ったら、学校の友達と約束しているので無理だとない声が返ってくる。

「あぁ~、今日の明は塩対応しおたいおうだなぁ」

「砂糖の対応して欲しいなら、アジフライ冷めない内に食えよ。アンタの無理きいて作った湯谷さんに失礼だろ」

「わぁった、わかった、食うよ」
 昼食を邪魔されたせいか幾分いくぶんつれない明の太腿から頭を上げ、隼英は席へ戻って食事を続けた。

「……来週開催される海の花火大会なら、まだ誰とも約束してない」

 斜め向かいから聞こえる声に、はしでフライをつまんでいた隼英は尻尾ごと口の中へ放り込んだ。バリバリと硬い尻尾をかみ砕き、期待にちた薄茶の瞳で見つめる。

「おまえマジで神にゃんこだな~」
「なんだよ、それ」
 紙製のネコ耳をつけたままの明は、顔を少し赤くしていた。揚げたてのアジフライを食べながら隼英は満足そうに笑った。
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