月読-つくよみ-

風見鶏ーKazamidoriー

文字の大きさ
上 下
136 / 159
閑話 ~日常や裏話など~

ふわふわにゃん事件2

しおりを挟む

 九郎の家族と花火へ行った後日、結界術の指導を受けて戻ったあきらは収納箱からシッポを取り出した。猫耳のカチューシャを頭へつけて、ズボンに尻尾のクリップを挟み、くるりと回ればフワフワの尻尾がまとわりつく。

お気に入りの尻尾を九郎に見せたくなって、乳母うばたちの目を盗んで廊下をこっそり走った。

植木うえきの茂みに隠れながら、鬱蒼うっそうとした林道を小さな足で駆ける。広い石畳いしだたみを走っていると、歩いていた大人達が見てくるので慌てて通りぬける。

なんとか烏の家へ到着して、門番の戸塚とづかに発見されないように庭へ入った。



一進いっしん殿、ここへ予算をきすぎでは? 私の経験上――」

 神経質な声は屋敷の外までひびく。片眼鏡かためがねをかけた壮年そうねん葛城かつらぎが、分厚ぶあつい資料を若い一進へ突きつけながら物申ものもうしている。

「はあ。しかし葛城殿、全体の割合からすれば大した金額ではありません。烏の強化と士気を高めるなら、いま手を付けるのが最適だと思いますよ」

 やる気の無さそうな表情の一進は、分厚い資料をペラペラめくる。座卓ざたくをはさんで西之本にしのもとが資料をまとめていた。

貴殿きでんはいつもそうだ! 先代に認められたとは言え、少々型破かたやぶりが過ぎるのでは? 」
「それが必要だからおこなっています。なにも伝統でんとうまで破るわけではありませ……」

 一進の目が窓の外へ向き、気がついた2人も外へ視線を移した。

 フワフワした猫耳が茂みに隠れて移動している。

 猫にしては大きいため3人が観察していると、茂みから姿を現わした猫耳のあきら縁側えんがわをよじ登った。尻尾のついたお尻を向けて、沓脱石くぬぎいしへ置いた小さな靴をキチンとそろえている。その光景を見た西之本が無言で打ちふるえた。

3人の視線に気づいて立ち尽くした明は、ひるみながらも一進たちの書斎しょさいへ入った。モジモジと合わせた指を動かしている。

「……ケンカしちゃだめ、仲なおり」
 やや伏せていた猫耳がピコりと動いて、ふわふわにゃんにゃんらしき言葉を吐いてから走り去った。一進の背筋に電流が走った様子で、分厚い資料を落とす。西之本もすでに何も持っておらず、両手を口元へ当てている。

「戸塚っ、今すぐカメラ持ってこい! カメラが必要だ!! 」
「一進殿、会議中――」
「いまをのがせば撮れません」
 鬼気迫ききせまった顔で立ち上がった一進を葛城がいさめようとしたら、西之本に背後から押されて3人で後を追う羽目はめになった。



 誰かを探しまわる明は、トコトコと廊下を走り道場の入口へたどり着いた。小さな手で扉を開けたら、大人達が修練にはげんでいた。雄々おおしい声々が道場へこだまする。

あきら様! 」
 道場脇に待機していた者が声を上げる。気付いた者達がざわめく、ふわふわのネコ耳と尻尾がより現場を混乱させた。

「明様、ここは大人の修行場。いくら本家の方とはいえ、遊びで入られるのは困りますなぁ。さあさあ、お帰り下さい! 」

 ガッチリした四角い顔の男が近づいた。無遠慮に伸びた手に明は怯えて逃げだし、烏達の足を縫って走りまわる。転びそうになって誰かの足へ抱きつき、大柄な男から隠れた。ペタリと伏せたネコ耳少年に抱きつかれた者は硬直して動かない。

「ちょこまかと動くでない! そうれ捕まえた、明様こちらへ」
 逃げそこねた尻尾を握られた。走り出したい衝動に駆られるけれど、尻尾のクリップが外れてしまう。明は意を決してふり向いた。

「しっぽ触っちゃ……ダメ……」

 ぷるぷる震えながら、上気した顔にこぼれそうな涙を湛えて大柄な男を見つめた。明を捕まえようとしていた太い腕は止まり、四角い男はかがんだまま動かなくなった。

大きな手から尻尾が抜けたので、明は悲鳴を上げながら道場を去った。


 ふわふわの尻尾がなびき、道場の入り口でシャッターを切る音がする。

「動画はとったか、追いかけるぞ戸塚! 」
 扉へ張りついた一進の声に、天上裏から顔を出した戸塚がうなずく。道場にいた者達も後を追って、ゾンビの群れのごとくゾロゾロと続いた。

「お前達、修練の最中ではないか! 止めなくてよいのか、榎本えのもと殿っ! 榎本――……」
 中央で屈んだまま動かなくなった大男を哀れむように、葛城は合掌がっしょうしてからきびすを返した。



 ふと気配を感じて明はふり向く。尻尾がまとわりついて、ネコ耳がピコりと動いた。廊下をついてきた者らは瞬時に身を隠し、中には烏面からすめんかぶる者たちまで出てきた。

「お前、なんで面をかぶってるんだよ」
「か、烏の血がさわぐんだ……」
 口々につぶやく烏の軍団は、天井や軒下のきしたへ隠れながら小さなネコミミ少年を追う。その様なことはつゆ知らず、明は屋敷内を歩きまわる。

「くろっ」
 大広間のテーブルの下、風呂場のカゴに庭の茂み。可愛い尻尾の生えたお尻が方々をガサガサ漁る。明が縁側の下をのぞいた時、そこにいた烏達はササッと消えた。

小さな足は九郎の部屋を見つけた。扉が閉まり取っ手は微妙に届かない位置だ。ネコ耳を立てて、取っ手を目指して扉をペタペタ引っかく。

「くーろ」
 まるで家に入りたくて扉を引っかく猫のようだ。跳び上がった瞬間、扉がひらき明は九郎の部屋へ侵入した。

「くろ? 」
 入った先は誰もいなくて薄暗い。走り回っていた小さな足は、次第にトボトボと歩いてベッド端へ座り込む。明のネコ耳はペタリと伏せられ、三角座りでぎゅっと丸まった。

「屋敷に九郎はいないと教えた方がよいのでないか? 」
「いいや葛城殿、じき帰ります。もうぐですから」
 屋根の上から降りようとした葛城の足を満面の笑みの一進がつかんだ。葛城の足首が強い握力で絞め付けられる。

「しかし、見ているのはつらいですね……」

 西之本は悲しそうな声で嘆く。軒の上から見守る者達の後方で、コッソリ雨どいへ足を掛けた葛城が戸塚の縄に捕らえられた。

「おのれっ! 戸塚、これはどういう事だっ」
「これも御当主のめいです。落ちついて下されっ」
 屋根で暴れている葛城の音に混ざり、玄関の開く音がした。ガヤガヤと子供たちの話し声が聞こえる。

「ただいま戻りました! 」
 山での修行を終え、子供たちを引率していた若者が声を張り上げる。
ふせていたネコ耳電子機器が反応してピンと立ち、小さなネコミミ少年は廊下を走る。

 目当ての人物を見つけて、明は飛びこんだ。

「猫!? うわっ何だ!? 」
 ビックリしている子供達にまぎれて、明は目当ての人物にぎゅうぎゅうと抱きつく。
「あきら? 泣いてたのか? 」
 九郎が明の頭を優しく撫でる。明はフルフルと首を横へふって、手を放して目の前へ立つ。

「ふわふわにゃん」
 深呼吸してから明は、ふわふわにゃんにゃんの最後の決め台詞を言った。両手を猫の手のように握ってポーズを作ると、ネコ耳がピコりと動いてふわふわな尻尾がまとわりついた。

「「「ふわふわにゃん!! 」」」

 ガラッと音がして下駄箱へ隠れていた烏が出てきた。壁の隙間や天井裏、床板の下から一斉に烏達が現れて合唱する。ドッキリ映像のようで驚いて固まる子供一同、カメラを手に持った一進も感動の再会動画を撮っていた。

とうとい……」
 両手で顔をおおった西之本のささやきが風に消えた。



***************

「――――その後が大変でさあ、ふわふわにゃん禁止令が出たんだよ」

 最後の当事者だった三宅みやけは語る。道場にいた榎本は自身を鍛え直すと言い残して山ごもりで姿を消し、会議を投げ出した一進は、縄を自力でいた葛城に大目玉を喰らった。

烏達にも悪影響をおよぼすとして、ふわふわにゃんにゃんの格好での出入りは禁じられた。聞き終わった白猪しらいが苦笑いして、金村はしぶい表情を浮かべる。



 幼少のみぎり憶えてもいない月読は、ネコ耳ヘッドフォンを着けて紫羅しらと高台から花火を観覧かんらんする。

ネコ耳な紫羅を見て、花火大会のイベントと勘違いしたナンパなやからが絡もうと寄ってきたが、いかつい砕波が防壁となって追いはらう。

「ふわふわにゃんにゃん」

 砕波へのねぎらい。紫羅は鮮やかな青い浴衣のそでをゆらし、両手でまねき猫のポーズをする。感情のこもってない声だが可愛らしい仕草しぐさに、砕波は硬直して動かなくなった。
砕波のハートは射止いとめられ、焼失してちりとなったようだ。

「はは、ふわふわにゃんにゃん」
 大人になってしっかり最後まで言える。昔みたいにポーズはしないけれど、月読もなつかしそうに合言葉をとなえた。

散りゆく火花が川を美しく彩り、九郎は満足げな表情で月読を見つめていた。



 花火大会の帰り道、九郎はスススと月読の側へ寄ってささやく。

「ポーズ、しないのか? 」

「ふわふわにゃんにゃんのポーズか? 男がしたら気持ち悪いだけだし、恥ずかしくて出来るわけないだろ」

 成長した男がもう2度と見せない姿、ネコ耳ヘッドホンを首へかけた月読は無情に歩いて行った。

「俺のごほうび……」
 九郎の名残惜なごりおしむ声は、人々のにぎやかな声にかき消された。




―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

平和ぼけな烏たちのお話でした。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話

あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ハンター ライト(17) ???? アル(20) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 後半のキャラ崩壊は許してください;;

処理中です...