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閑話 ~日常や裏話など~
ふわふわにゃん事件2
しおりを挟む九郎の家族と花火へ行った後日、結界術の指導を受けて戻った明は収納箱からシッポを取り出した。猫耳のカチューシャを頭へつけて、ズボンに尻尾のクリップを挟み、くるりと回ればフワフワの尻尾がまとわりつく。
お気に入りの尻尾を九郎に見せたくなって、乳母たちの目を盗んで廊下をこっそり走った。
植木の茂みに隠れながら、鬱蒼とした林道を小さな足で駆ける。広い石畳を走っていると、歩いていた大人達が見てくるので慌てて通りぬける。
なんとか烏の家へ到着して、門番の戸塚に発見されないように庭へ入った。
「一進殿、ここへ予算を割きすぎでは? 私の経験上――」
神経質な声は屋敷の外まで響く。片眼鏡をかけた壮年の葛城が、分厚い資料を若い一進へ突きつけながら物申している。
「はあ。しかし葛城殿、全体の割合からすれば大した金額ではありません。烏の強化と士気を高めるなら、いま手を付けるのが最適だと思いますよ」
やる気の無さそうな表情の一進は、分厚い資料をペラペラめくる。座卓をはさんで西之本が資料をまとめていた。
「貴殿はいつもそうだ! 先代に認められたとは言え、少々型破りが過ぎるのでは? 」
「それが必要だから行っています。なにも伝統まで破るわけではありませ……」
一進の目が窓の外へ向き、気がついた2人も外へ視線を移した。
フワフワした猫耳が茂みに隠れて移動している。
猫にしては大きいため3人が観察していると、茂みから姿を現わした猫耳の明が縁側をよじ登った。尻尾のついたお尻を向けて、沓脱石へ置いた小さな靴をキチンと揃えている。その光景を見た西之本が無言で打ちふるえた。
3人の視線に気づいて立ち尽くした明は、怯みながらも一進たちの書斎へ入った。モジモジと合わせた指を動かしている。
「……ケンカしちゃだめ、仲なおり」
やや伏せていた猫耳がピコりと動いて、ふわふわにゃんにゃんらしき言葉を吐いてから走り去った。一進の背筋に電流が走った様子で、分厚い資料を落とす。西之本もすでに何も持っておらず、両手を口元へ当てている。
「戸塚っ、今すぐカメラ持ってこい! カメラが必要だ!! 」
「一進殿、会議中――」
「いまを逃せば撮れません」
鬼気迫った顔で立ち上がった一進を葛城が諫めようとしたら、西之本に背後から押されて3人で後を追う羽目になった。
誰かを探しまわる明は、トコトコと廊下を走り道場の入口へたどり着いた。小さな手で扉を開けたら、大人達が修練に励んでいた。雄々しい声々が道場へこだまする。
「明様! 」
道場脇に待機していた者が声を上げる。気付いた者達がざわめく、ふわふわのネコ耳と尻尾がより現場を混乱させた。
「明様、ここは大人の修行場。いくら本家の方とはいえ、遊びで入られるのは困りますなぁ。さあさあ、お帰り下さい! 」
ガッチリした四角い顔の男が近づいた。無遠慮に伸びた手に明は怯えて逃げだし、烏達の足を縫って走りまわる。転びそうになって誰かの足へ抱きつき、大柄な男から隠れた。ペタリと伏せたネコ耳少年に抱きつかれた者は硬直して動かない。
「ちょこまかと動くでない! そうれ捕まえた、明様こちらへ」
逃げそこねた尻尾を握られた。走り出したい衝動に駆られるけれど、尻尾のクリップが外れてしまう。明は意を決してふり向いた。
「しっぽ触っちゃ……ダメ……」
ぷるぷる震えながら、上気した顔に零れそうな涙を湛えて大柄な男を見つめた。明を捕まえようとしていた太い腕は止まり、四角い男は屈んだまま動かなくなった。
大きな手から尻尾が抜けたので、明は悲鳴を上げながら道場を去った。
ふわふわの尻尾がなびき、道場の入り口でシャッターを切る音がする。
「動画はとったか、追いかけるぞ戸塚! 」
扉へ張りついた一進の声に、天上裏から顔を出した戸塚がうなずく。道場にいた者達も後を追って、ゾンビの群れのごとくゾロゾロと続いた。
「お前達、修練の最中ではないか! 止めなくてよいのか、榎本殿っ! 榎本――……」
中央で屈んだまま動かなくなった大男を哀れむように、葛城は合掌してから踵を返した。
ふと気配を感じて明はふり向く。尻尾がまとわりついて、ネコ耳がピコりと動いた。廊下をついてきた者らは瞬時に身を隠し、中には烏面を被る者たちまで出てきた。
「お前、なんで面をかぶってるんだよ」
「か、烏の血がさわぐんだ……」
口々につぶやく烏の軍団は、天井や軒下へ隠れながら小さなネコミミ少年を追う。その様なことは露知らず、明は屋敷内を歩きまわる。
「くろっ」
大広間のテーブルの下、風呂場のカゴに庭の茂み。可愛い尻尾の生えたお尻が方々をガサガサ漁る。明が縁側の下をのぞいた時、そこにいた烏達はササッと消えた。
小さな足は九郎の部屋を見つけた。扉が閉まり取っ手は微妙に届かない位置だ。ネコ耳を立てて、取っ手を目指して扉をペタペタ引っかく。
「くーろ」
まるで家に入りたくて扉を引っかく猫のようだ。跳び上がった瞬間、扉がひらき明は九郎の部屋へ侵入した。
「くろ? 」
入った先は誰もいなくて薄暗い。走り回っていた小さな足は、次第にトボトボと歩いてベッド端へ座り込む。明のネコ耳はペタリと伏せられ、三角座りでぎゅっと丸まった。
「屋敷に九郎はいないと教えた方がよいのでないか? 」
「いいや葛城殿、じき帰ります。もう直ぐですから」
屋根の上から降りようとした葛城の足を満面の笑みの一進がつかんだ。葛城の足首が強い握力で絞め付けられる。
「しかし、見ているのは辛いですね……」
西之本は悲しそうな声で嘆く。軒の上から見守る者達の後方で、コッソリ雨どいへ足を掛けた葛城が戸塚の縄に捕らえられた。
「おのれっ! 戸塚、これはどういう事だっ」
「これも御当主の命です。落ちついて下されっ」
屋根で暴れている葛城の音に混ざり、玄関の開く音がした。ガヤガヤと子供たちの話し声が聞こえる。
「ただいま戻りました! 」
山での修行を終え、子供たちを引率していた若者が声を張り上げる。
ふせていたネコ耳電子機器が反応してピンと立ち、小さなネコミミ少年は廊下を走る。
目当ての人物を見つけて、明は飛びこんだ。
「猫!? うわっ何だ!? 」
ビックリしている子供達にまぎれて、明は目当ての人物にぎゅうぎゅうと抱きつく。
「あきら? 泣いてたのか? 」
九郎が明の頭を優しく撫でる。明はフルフルと首を横へふって、手を放して目の前へ立つ。
「ふわふわにゃん」
深呼吸してから明は、ふわふわにゃんにゃんの最後の決め台詞を言った。両手を猫の手のように握ってポーズを作ると、ネコ耳がピコりと動いてふわふわな尻尾がまとわりついた。
「「「ふわふわにゃん!! 」」」
ガラッと音がして下駄箱へ隠れていた烏が出てきた。壁の隙間や天井裏、床板の下から一斉に烏達が現れて合唱する。ドッキリ映像のようで驚いて固まる子供一同、カメラを手に持った一進も感動の再会動画を撮っていた。
「尊い……」
両手で顔をおおった西之本のささやきが風に消えた。
***************
「――――その後が大変でさあ、ふわふわにゃん禁止令が出たんだよ」
最後の当事者だった三宅は語る。道場にいた榎本は自身を鍛え直すと言い残して山ごもりで姿を消し、会議を投げ出した一進は、縄を自力で解いた葛城に大目玉を喰らった。
烏達にも悪影響を及ぼすとして、ふわふわにゃんにゃんの格好での出入りは禁じられた。聞き終わった白猪が苦笑いして、金村は渋い表情を浮かべる。
幼少のみぎり憶えてもいない月読は、ネコ耳ヘッドフォンを着けて紫羅と高台から花火を観覧する。
ネコ耳な紫羅を見て、花火大会のイベントと勘違いしたナンパな輩が絡もうと寄ってきたが、いかつい砕波が防壁となって追いはらう。
「ふわふわにゃんにゃん」
砕波へのねぎらい。紫羅は鮮やかな青い浴衣の袖をゆらし、両手で招き猫のポーズをする。感情のこもってない声だが可愛らしい仕草に、砕波は硬直して動かなくなった。
砕波のハートは射止められ、焼失して塵となったようだ。
「はは、ふわふわにゃんにゃん」
大人になってしっかり最後まで言える。昔みたいにポーズはしないけれど、月読も懐かしそうに合言葉をとなえた。
散りゆく火花が川を美しく彩り、九郎は満足げな表情で月読を見つめていた。
花火大会の帰り道、九郎はスススと月読の側へ寄ってささやく。
「ポーズ、しないのか? 」
「ふわふわにゃんにゃんのポーズか? 男がしたら気持ち悪いだけだし、恥ずかしくて出来るわけないだろ」
成長した男がもう2度と見せない姿、ネコ耳ヘッドホンを首へかけた月読は無情に歩いて行った。
「俺のごほうび……」
九郎の名残惜しむ声は、人々の賑やかな声にかき消された。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。
平和ぼけな烏たちのお話でした。
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