131 / 141
閑話 ~日常や裏話など~
フライドポテトと盗聴器の話
しおりを挟む屋敷で調べ物をしていた月読は、気晴らしに散歩へ出かけた。
手ぐしで整えたモサモサ髪に羽織を引っ掛けただけの格好で歩いていたら、烏の若者3人組が話をしている。
九郎の事かもしれないので聞き耳を立てつつ近づくと、若者達はこちらを訝しむ。体格で目立つ不審者は、九郎のようには気配を消せないらしい。
「……? ……月読様じゃないですかっ!? 」
あっという間にバレてしまった。いつぞや烏の道場で出会った見習いの若者たちだった。
3人は街のファーストフード店へ買い出しに行くという。メニューのあれが美味いだのと話を聞いている内、無性にフライドポテトが食べたくなった月読が腹を鳴らして、若者たちがついでに買って来てくれる流れになった。
若者たちは沢山のフライドポテトとお勧めのパイや飲み物も買ってきた。御駄賃を渡して屋敷へ帰った月読は、塩気の効いたポテトを噛みしめる。
気がつけば最後の1箱になっていた。ポテトを指でつまんでモグモグしていると、九郎が帰宅した。
「フライドポテト食べてるなんて珍しいな」
月読とて、たまにはジャンクフードを食べたくなる時もある。ひと足遅く九郎の分は残っていない。ソフトドリンクをストローで吸っていると、九郎はおもむろにポテトの入っていた袋を覗いた。
「…………ちょっと待て、何箱目だ? 」
「おまえは今まで食ったポテトの数を憶えているのか? 」
質問を質問で返すと、ポテトを容器ごと取り上げられた。
奪われたフライドポテト。月読は悲哀に満ちた表情で、取り上げられたポテトを見上げる。
そこへ土産物をたずさえた千隼がやってきた。ポテトを上へ掲げる九郎と月読を交互に見くらべて、肩をすくめた青年は軽く溜息を吐いた。
「九郎さん、月読さまを苛めてないで返してあげたらどうですか? たかだかフライドポテトの1つや2つ、健康に害をなすわけでもあるまいし小さい男ですねぇ」
火花が散るように、バチッと視線が交わされる。不穏な空気が一瞬ただよったが、九郎は無言でフライトポテトの空箱が入った袋を手渡した。
怪訝な顔つきで袋を受け取った千隼の表情がみるみる青くなる。
「嘘でしょう!? これ全部1人で食べたのですかっ? 」
九郎が頷けば、千隼の手から空の袋がバサリと落ちた。
千隼が土産を携えたまま帰ろうとする。土産の包装紙には『萩の名月』と書かれていて、きっとふわっふわの生地にカスタードクリームが入ってるに違いない。
「千隼、その美味しそうなのは私への土産ではないのか? 」
「違いますっ!! 」
月読が手を伸ばしたら、千隼は箱を手の届かない位置へ持ち上げた。土産の箱は持ち帰られてしまい、月読へ美味しいお菓子が渡されることは無かった。
「お前は食べすぎだ」
「私のポテト! 」
月読は立ち上がって取り返そうとしたが、九郎は残っていた最後の一箱のポテトを口へ放りこみ、太々しい顔で口を動かしていた。
九郎から運動メニューを渡された月読がとぼとぼ歩いていると、烏の若者達から声をかけられて悲しげな顔の理由を尋ねられた。
「九郎も千隼も、私から美味しい物を取り上げて食べさせてくれないんだ……」
若者に呟いた翌日から噂は広まって、月読の元へ多量の美味しい物が届きはじめる。ありとあらゆる名産品が積み上げられ、見上げた月読がホクホクした顔をしている。
横で頭を抱えた九郎は、屋敷が食糧庫になる前に月読への貢ぎもの禁止令を集落へ通達した。
********************
西の庭では陽太の手配した植木職人が樹木の剪定を行っている。月読はその様子を眺めながら、縁側で物思いにふけっていた。
さいきん九郎の反応が異常に早い。月読が屋敷へ戻るとすぐ帰って来たり、話そうと思っていた内容をすでに知られている事まであった。
間者でもいるのかと思ったけれど、陽太と植木職人の他に気配は無い。考えているうち何かに思い当たった月読は、液晶画面を操作してとある人物へ連絡を取った。
程なく玄関の呼び鈴が鳴って、陽太が応対する。
「どうも、こんにちはー! 」
作業服を着た男が玄関に立っていた。陽太が西部屋へ案内すると、男は見た事もない機械を鞄から取り出して準備を始める。
作業服の男は機器をかざしつつ屋敷の隅々を探索して行き、陽太が興味深げに質問しながら後へ続いた。
「脱衣所と居間……寝室にもありました。この部屋も反応ありますね」
客間へ戻ってきた作業服の男は、立ち上がって機器をかざしながら探索する。コンセントのところで音が鳴り、コンセントカバーを開けて小さな物体を取り除く。
取り外された物は、男が脱衣所や居間から持ってきた物体といっしょに並べられた。
一進へ連絡して派遣してもらったこの男は、現役電気工でいわゆる工作員と呼ばれる烏。テーブルへ置かれた物体はすべて盗聴器だった。カメラ付きの物もある。
「脱衣所と寝室は、結構わかりにくい所に設置していました」
電源アダプター内臓型や電球の形をした物もあった。最近は金属板に反射した光の振動を屋外から望遠センサーで読みとって盗聴することも可能だと、作業服の男が専門的な話をする。そこまでいくと本物のスパイみたいだ。
陽太が盗聴器を触っては、ひぃぃと恐れおののいている。
「設置した者を調べましょうか? 」
「いや、いい。だいたい察しはついてる」
盗聴器を仕掛けた者に心当たりがあった。設置の仕方にムラがあるので1人ではなく複数の可能性もあると、作業服の男はアドバイスしてから帰った。
「月読様、いったい誰がこんな物を……」
陽太が心配そうにつぶやく。月読の推察が正しければ、盗聴器の異常に気付いた犯人はここへ来るはずだ。
ガラガラと玄関が開けられ、九郎が帰ってきた。
「九郎さんっ! 大変ですっ、月読様の屋敷に――」
月読は玄関へ行こうとする陽太の腕を掴んで止める。陽太は2人を見比べて、ハッとした顔つきになり月読の隣へ腰を下ろす。客間まで来た九郎は、座卓の上に置いてある機器を無表情で見下ろした。
座るよう促したら、テーブルを挟んだ向かい側へ九郎は座った。
陽太が緊張してブルブルしている震動が伝わる。
「こういうのは付けるなって言ってただろ。最近おかしいと思ってたんだよ……まさか風呂場にまで……」
月読は大きくため息を吐いた。九郎の隠密活動は今に始まったことではない、高校時代から慣れている行動でもある。
九郎の眼前へ盗聴器を突きだし、2度と設置しないよう説教を垂れる。陽太にも見られ説教されているにも拘わらず、図太い男は表情ひとつ変えない。
「聞いてるのか、九郎? 2度と家には付けるんじゃあ無いぞ。そうしないとお前のこと『変態のぞき魔烏』って呼ぶからな」
『変態のぞき魔』と言うワードに反応した陽太が震えあがる。仏頂面の鋭い目が、やや不満そうに月読を見る。
「その呼び方は不服だ。それに俺の仕掛けていない物も混ざっている」
九郎はテーブルに置いた3つ口コンセントを手に取り、このように安易な物は使わないと豪語する。ちっとも反省していない上に、別の観点で物事を見ている。
頭痛がしてきた月読は、こめかみを押さえて溜息を吐いた。
3つ口コンセント型は盗聴器が内臓されていて、コンセントに差し込むだけで電源供給まで出来る代物だ。九郎が置いた3つ口コンセントを陽太が眺めてうなった。
「どこかで見た事があるなぁ……。そうだっ! 千隼さんがスマホ充電で使ってたやつに似てる!! 」
そのひと言に月読の周りの空気が凍りつき、陽太はふたたび恐れおののく。
「ははは……あー……そうか、増えたのか……」
「月読様!? しっかりして下さい」
身の回りに増えていく変質者。乾いた笑いを上げた月読は、がっくりと項垂れた。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。
短い話の寄せ集めでした。ポテトの数はジョ○ョネタです。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
56
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる