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第八章

気がかりなこと2

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 広い石畳を南へ下って邸宅の門をくぐると、千隼ちはやが黒いぼうをスウィングしている。
一見いっけん重量のありそうな金棒を不自然にブンブン振り回す。とげが沢山ついて黒光りする金属の棒は、大きなバットに見えなくもない。

「あっ月読さま~」

 スウィングの手は止めず、千隼が笑った。月読の事件で種々思うところがあり、もっと鍛える事にしたと言う。

「それは神宝しんぽうか? 」

 見覚えのある棒は【おに金棒かなぼう】。【神殺かみごろしの大剣たいけん】に匹敵ひってきする神宝だが、隼英が使用しているのを見たことは無かった。神宝は呪力が強いため誰にでもあつかえる代物しろものではない、手にして何ともないだけ大したものだ。

「そうです! 実は色々調べてまして、神宝って相性があるのですよ~」

 最初は勇者のごとくカッコイイ大剣を持ったけれど、思ったより重くて振るうのが大変だったと話す。神宝を色々と試した結果、鬼の金棒が気に入ったのでメイン装備にするらしい。

すべての神宝を扱ったことをサラリと言う千隼に、月読は感嘆のため息をもらす。

「うちの下衆げすやからも、これで小突こづいたら黙るでしょう! 」
 楽しそうに金棒を振りながら笑顔を浮かべている。棘だらけの金棒を振りまわす眼鏡のさわやかな青年は、鬼達にとって恐怖でしかない。

「いや、そんなもので殴れば粉砕ふんさいされて形も残らないから、おめなさい」

 大きく溜息を吐いた月読は、やさしい口調で言い聞かせる。

一撃でマガツヒを打ち倒せる神宝で小突かれるやからを想像して不憫ふびんに思う、千隼は残念そうに口を3の形に尖らせていた。



 千隼の書斎へ通された月読は、ある依頼をした。

「新しい術の開発? でも月読の術は鬼にはあつかえませんよ」
「ああ、分かっている。鬼にやって欲しいのは構成式こうせいしきの改変だ」

 結界も術なのだけれど【月読】の結界術はみなもとが普通の術と異なり、他が扱えない要因となっている。しかし発動は出来ないが、構造を理解するのは他家にも出来る。

闇龗くらおかみから教えられた新しい結界術は、他と異なり複雑だった。一気に組み立てないと崩れやすい構造だが、組み立てに時間が掛かって集中の持続もむずかしい。おまけに消費が激しく、2日間も寝込むはめになってしまった。

力の弱い今の月読におうじて使いやすいものが作れないか、術に造詣ぞうけいの深い【鬼】へ相談しにきた。月読と対極の鬼たちならば、思いもよらぬ新しいアイデアが出てくるかもしれない。

「面白そうですね、さっそく来島くるしまさんに相談してみましょう」
 祖父が後で知ったら、悔しさで血の涙を流しそうだと千隼はカラカラ笑った。こういう所が、丙におにと呼ばれる由縁ゆえんだと月読は思う。



 会話は千隼の研究している鬼の古文書におよんでいた。

「そうそう【出会いの岩】についての記述があったのですよ! 」

 神代かみよと呼ばれるいにしえの時代に、鬼の世界から来た鬼の姫がいた。

きれいな川が海に向かって流れ、川の上流には龍の住まう山があった。鬼の姫は引き連れてきた者達と海岸付近へ移り住む。鬼姫が海岸を歩いていたら、貴人きじんが高い岩の上に立ち海を眺めていた。

見惚みほれた鬼姫も岩へ登り貴人と出会った。

「話はここで終わるのですけど、別の文書に貴人についての記載があります」
 千隼は人差し指を立てて得意げに話す。

貴人は龍の住む山から降りてきて、鬼達からは太祖たいそと呼ばれる。太祖は龍と鬼姫、そして人をめとり山のふもとで暮らしていた。



「その太祖とは何者なんだ? 」

「古文書は口伝くでんを寄せ集めたもので名前も分かりません。ただ妻である龍と鬼姫が何百年も生きていたと記述されているので、人間では無いのかも……まあ神代の話ですからね~」

 解読中だと千隼はうなった。
月読の文書には太祖の記述は無い、鬼の世界から来たという鬼姫も知りたいが太祖も気になる。

「それにしても、こんなこと私に話しても大丈夫なのか? 」
「う~ん。知られたところで困る話でも無いですし、別にいいんじゃないですかねぇ? 月読さまが興味あるなら、もうちょっと調べてみますよ」

 鬼の秘伝の内容を他家の者に話して良いのかうと、ただの昔話だと千隼は笑った。

「なんなら今度、神宝の倉庫を見学しに来ませんか? 」

「お前はまた……鬼平殿が頭を抱えそうなほどオープンだな……」

「いいのですよ、僕なりに気を使ってますし。そう言えば月読さま! あの約束はどうなりました? 」

 約束などすっかり忘れていた月読は、目を泳がせてとぼける。

妥協案だきょうあんですよっ、僕への贖罪しょくざい! 」
 交渉時に関係を持つ代わり、千隼の元へ定期的に出向く事ともう1つの約束があった。



 ワキワキと手を動かした青年がにじり寄ってくる。
テーブルを挟んで距離をとった。とこをいっしょにした日に終わったと言いはる月読に対し、千隼は寝ていたので無効だと主張する。

ぐるぐる回ってるうち、テーブルのあしへ小指をぶつけた月読の隙をついて千隼が飛びかかる。

「痛っ! ……ちょ、千隼! やめなさいっ」
 危機一髪、またもやおびを外せなかった青年は、しがみ付いて固く閉ざされた着物の上から顔を埋めている。
「触らせてくれるって言ったじゃないですか~。ヤダ――!! 」
 じつに残念なっぱいマニアがここに居た。もぞもぞ顔を動かした千隼は半べそをかいている。

 月読は眉頭を上げて、大きくため息を吐いた。

「分かった……今度は洋服を着て来るから、その時にな」
 気休めの声をかけてズレた眼鏡を直してやると、千隼はべそべそしながら頷く。

 千隼は顔立ちも整っていてさわやかだが、成人男性にしか見えない。大の男が男に雄っぱいを求めてしがみ付き、胸元へ顔を埋めてべそをかいている。こんな地獄のような光景を誰にも見られず良かったと、月読は安堵あんどした。



 つかの間。

「失礼します」
 茶菓子を持ってきた湯谷ゆやが登場した。月読と湯谷の双方は固まり長い沈黙がつづき、時計の音とべそべそ音だけが部屋へひびく。

月読を襲う緊張――というより頭が真っ白になっていた。

呆然ぼうぜんとする月読と湯谷、先に動いたのは湯谷だった。スッと立ち上がり、お茶と茶菓子をテーブルへ置いて後ずさる。そしてなにも見なかったかのごとく、礼をしてから扉を閉めた。

「見事だ……」
 湯谷が去った扉を見つめながら、月読は呟いた。
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