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第八章

進展

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 日は黄昏たそがれて夜のとばりが集落に下りる。

 絹の白袴しろばかまを着た月読は、神殿へとこもった。

 暖房もない寒い板間へ視界いっぱいに白いかすみが集まり形をした。祭壇さいだんの上へ降りた龍神は、所せましと大きな体でとぐろを巻き月読を見下ろす。

『ワタシノ生まれし前から存在スル……いにしえにノ地へ飛来した……のハ……がツクりしもの。他と異なりソレが創りダした……デハない……入滅シタさい……もオノズから其処ソコへと入ラレタ』

 意識を集中しても闇龗くらおかみが申していることを聞き取るのは難しい、おそらくハク以外には語られない内容なのは理解できた。目をつむり精神をぎ澄ませ、龍神の言葉を聴きつづける。

奈落ならくにイル……ノ欠片、数多あまたノ目で見シよろずのこと……奈落の内ニ……が夢に見る。もしも別たれしモノか欠片ガ……影響ヲおよぼすなら……ノ結界をモッテ――――』

 長い長い話だった。傾注けいちゅうして意識をたもち続けた月読は、こめかみが脈打って頭をめつけられる痛みに苦悶くもんしていた。
まるで頭へ何本もの太い導線を無理矢理さし込まれているようだ、知らず知らずのうち眉間みけんに深いシワが刻まれる。



 闇龗くらおかみの気配が変化したので月読は見上げた。

白い龍神の輪郭りんかく朧気おぼろげになり、たくさんの頭に分かれて揺れた直後きりを拡散させる。霧が波のように押し寄せ、背中から魂を引き抜かれる感じがして視界が真っ白になった。

 見覚えのある薄暗い岩屋いわやにいた。頭が割れそうな痛みは消えせている。

上から水が流れ落ちているのに無音だ。相も変わらず不格好ぶかっこう三日月みかづきの器は、結晶が育って少しだけ伸びている。



『マダまだ不便ダヨウっ』

 白い龍は、不満げにワサワサと揺れる。

 ここで伝えても現実に戻ったらほとんど憶えていないと、下から黒い龍のあきれた声が聞こえた。月読の腹へあごをのせているため、声の振動が身体へ伝わる。

高龗たかおかみの言葉にげきする闇龗くらおかみは、沢山たくさんのシメジ頭で襲いかかる。龍神の争いに巻き込まれた月読の腹もこそばゆい。


 向き直った闇龗くらおかみは、短い言葉ならきっと目覚めても憶えていると言葉をたくす。

『小さくナッタら結界をんで囲うノヨ! うすい卵のからミタイナの!! 』

 白い龍は伸ばしたシメジ頭を振って説明した。

 ふたたび月読の視界は白くかすみ、気がつけば幣殿へいでんの板間へしていた。目の前へきた龍神がじっと見つめる。

『理解デキできタ? 』

 ひときわ強い声が頭へひびいて、頭蓋骨にヒビが入りそうだ。目を丸くした月読が深くうなずくと、闇龗くらおかみは満足してぼんやりした霧となり窓と屋根の隙間から去った。



 後日の長老会で合議が行われた。

 各家の当主を説得した甲斐かいもあり、すんなりと月読の言い分は通った。龍神の神託しんたく欠片かけらに対するものであったのも、長老会が納得する材料になっていた。

御山の奈落や九郎の存在がおおやけになり、複雑な思いを持つ者は多くいるだろう。それらの安全と信頼は時間をかけて認識にんしきさせるしかない。

「戦いの時よりも疲れたよ……」

 髪をくくっていた紐を外すとハラリと前髪が落ちた。精神的な疲労から、月読は座卓ざたくひじをついてぼんやりする。

加茂が温かい茶を目の前へ置く。

「私はもっとめると思いましたけれど大丈夫でしたね。白龍大神はくりゅうおおかみ様が欠片をふうじるさくさずけて下さったのなら、危険もなくなって普段通りの生活に戻れるのでは? 」

「それに関しては、実践じっせんするまで何とも言えないな」

 闇龗くらおかみが説明した結界の張り方は、【月読】の文献にもっていないものだった。残った課題は九郎の同意と、いまの月読が複雑な結界を構成できるかという事だけだ。

ともあれ、これでやっと九郎を迎えに行ける。あたたかい茶を飲みながら月読はホゥと息を吐いた。



 座敷牢ざしきろうの前へ立つ。

一進いっしんひのえが見守る中、牢番ろうばんの猿たちが重い格子扉をあけた。牢の暗がりから現れた男の双眸そうぼうが月読を静かに見つめる。

「帰るぞ、九郎」

 手を差し伸べれば、九郎はその手を取った。

 屋敷へ帰って2人だけで寄りそい座る。九郎の肩へ顔をうずめると鼻腔から嗅ぎなれた匂いがして、月読は頭を預けて目を閉じる。筋張った指が髪の毛をいて背中にまわり、互いに言葉を発さず永遠のごとき安息の時が流れた。

不甲斐ふがいない男だな……俺は」
 しばらくして低い声がぽつりと呟く、めずらしく弱音をこぼしている。当主の座も追われ、すべてを失った男がここに居た。

「九郎はからすであった事を後悔しているのか? 」

 月読の問いに穏やかに息をついた男は首を横へ振った。
烏でなければ他にやりたい事や楽しい事もあっただろう、普通とは違う境遇への反発も起こったかもしれない。だが子供の九郎には何も無かった、それを求める心さえなかった。月読と出会ってから、心の内に変化が起こったのだと言う。

あきらに出会うまで、俺の心は空っぽだったんだ。だから烏として生まれて、お前に会えたことを後悔した日はない」

「……ほんと馬鹿が付くほど一途だよな、オマエは」

 ため息を吐いた月読は、上げていた頭をふたたび九郎の肩へもたれかけた。伏し目がちの黒い双眸と見つめあう、かつて光沢がなくすみのようだった瞳はかりが差して光を帯びていた。


「九郎、俺と共に生きて欲しい」

 血よりも濃く、愛というには深すぎるなにか。奈落へ落ちる前の告白に欠けていた思いをして言葉へのせる。大切に守られつむがれてきたせいを九郎と一緒に紡いでゆく。

勿論もちろんだ」
 力強い声が返り、背中へまわされた腕に力が入って抱きしめられる。月読は熱い鼓動こどうを感じながら目をつむる。



********************

 月読は集中して九郎の右胸へ手をかざした。

ちょうど心臓と対照的な位置に、薄殻はっかくの卵をイメージして結界を形成する。

少しでもブレると外殻がくずれるので、意識を指先へ収束しゅうそくした。天井部分を開けた特殊な2重構造の結界へ小さな影がズルリと入り、弾力を持った内側の結界がたわむ。丸く形成した結界は、欠片の重みを受けて下部が大きくなり卵の形となった。

影が入るのを見届けて、開いていた結界の天井部を閉じた。大きく深呼吸してから月読はかざしていた手を下ろす。



「結界へ閉じこめて遮断しゃだんするわけでは無いのか? 」

つながってしまったものを完全にさえぎることは出来ない」

 憑いた欠片は放置しても、遮断してしまっても影響がでる。闇龗くらおかみに教えてもらったのは、欠片にとって居心地のいいを作る方法だった。負を増大させず、き散らさないよう卵へかえす。

結界の殻はうすく割れる可能性もあるけれど、壊れたら何度でも作り直せと龍神は言っていた。

当面は結界の状態を観察しなければならないが、上手くいけば九郎が自由に活動することも出来るようになる。


 結界術で力を使い果たして仰向けに倒れると九郎が抱きとめる。黒い双眸と見つめ合って唇が落ちてくる。ついばまれ深く吸われて、月読はまぶたをゆっくりと閉じた。




―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

気がつけば第八章、物語は残り2章となります。

もろもろの用語集です。

※こそばゆい……くすぐったい。ムズ痒い感じ。
神託しんたく……託宣たくせん。神のお告げのこと。
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