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第七章
鬼との交渉1
しおりを挟む月読は鬼平に会いに鬼の邸宅を訪れた。ところが沢山の鬼たちがいる大広間へ通される。長老会へ名を連ねる古老たちもそろう。
正面には当主である千隼が座していた。感情を一切含んでいない冷たい目が月読を見ている。
「さて、お主はこれだけの者を納得させるために何を提示する? 」
抑揚のない鬼平の声がする。大広間は静かだが鬼達の視線は集まり殺伐とした空気が漂う、月読は肉食獣の群れに囲まれた生贄のようだ。
月読の要求は以下の通り。
九郎を今まで通りの生活に戻す事。命の安全は保障され、隔離や監禁はしない。
鬼達は騒めき出した。今の九郎はマガツヒでは無いけれど、いつ成ってもおかしくはない。脅威を野放しにするのかと、口々に怒声が飛ぶ。
討伐の総本山である集落でマガツヒが闊歩するなどあってはならない、しかもそれを【月読】が擁護しているのだ。
月読は九郎が他のマガツヒとは違うことを強調して、御山にある奈落の存在を打ち明ける。御山に奈落があるという事実は、【月読】と関係者の一部を除いて大多数の者は知らない極秘事項。鬼達の騒然たる声は収まらない。
【御山】が崩壊するかもしれない秘密、然しこれは始まりに過ぎない。大広間にいる者たちを皮切りに集落全体が奈落の存在を知ることになる。
恐れた人々が集落から逃げ出して、誰も居なくなるかもしれない内容を月読は承知の上で明かした。
鬼達の不安と憤懣の矛先が向く、抑えきれない戸惑いや怒気が口撃となって罵りを受ける。なかには隼英の死を挙げ、月読を血も涙もない男だとなじる言葉まであった。
月読は背筋を正したまま、それらを全部受け止める。
正面に座っていた青年が立ち上がった。
目の前まで来て屈んだ千隼は月読の頬を平手で打つ、結構な威力で殴られ頬が赤くなって痺れた。
「黙りなさい」
眼鏡の奥で切れ上がった目が月読を見てから、鬼達を一瞥した。大広間はシンと静まりかえり、般若のごとき千隼に誰1人として反発する者はいなかった。
「聴きましょう」
腰を下ろした千隼はひとこと発した。
月読は秘匿されてきた御山の奈落について話した。大昔より代々月読が結界を張ってきた【御山の奈落】と【他所の奈落】の違い。九郎に憑くオオマガツヒの欠片は御山の奈落から来たもので、これまで討伐してきたマガツヒとは異なる。
そして御山の人間に憑いたという起こりえない事例が出来てしまったので、後世のためにも研究と解明が必要だと訴える。
千隼は九郎をどうするつもりなのか訊いてきた。
「私が引き受けます。憑いたものに関しては、白龍大神へ相談するつもりです。白である私が常に見張ることで、御山の皆も安心するでしょう」
九郎が暴走すれば、始末は月読がつける。御山の奈落についても【月読】が大きな役割を担っていて、解明を行うのも最適だと伝える。
「憂惧をすべて拭い去ることは出来ぬ。【月読】に任せたとして、お主の身に何かあったらどうする? 」
静聴していた鬼平が口を開いた。
不安の種はまだ拭えない、鬼平は九郎が月読へ手を掛ける事を憂慮する。月読の白が不在時のマガツヒ討伐は【鬼】が果たしてきた。
「理解しています。私に何かあれば、他の【月読】が封じると言っても納得いかないでしょうし……」
月読は両手を左腹部へ当てた。寸秒置いて、目も眩むような光が指の隙間からこぼれる。月読が両手を掲げて開くと、手のひらに輝きを放つ白い角があった。
「それは!? 」
鬼平の目が驚愕に開かれ、輝く角を見つめている。
「鬼の秘術を使い、神宝と化した隼英の角です」
月読の願いのために何かを捧げなくてはならないのなら、答えは決まっていた。
1人の男のため手放すと決めた大切な物、誰にも言わず知られる事すら怖かった存在。
今尚、断てぬ想いは魂を引き裂かれるような感覚となって、月読の懐から取り出される。
「鬼の神宝としてあなた方に返します。この角を使えば、【鬼】はより力を持つ事になるでしょう」
隼英の命を燃やした神宝を使えば、鬼は九郎がマガツヒと化しても問題ないほどの力を得る。御山の力関係にも変化が出るだろう。
光り輝く白い角を前に、誰もが沈黙していた。
無意識にひとすじの涙が月読の頬を伝っていた。
止まった時を動かすように千隼が前へ歩み出て膝をつく、月読の手ごと隼英の角を包み込む。
「とても大切な物なのですね。そうか……父がまだ貴方の中に……」
角は受け取れないと返される。困惑する月読へ、千隼はずっと持っていた疑問が解決したと話す。
「貴方にとっての【鬼】は磐井隼英……でも負けませんよ、鬼の本分は奪い取ることです。父への気持ちを貴方から奪って、これが必要なくなった時に受け取ります」
薄茶色の瞳に強い光りをたたえた青年は笑みを浮かべる。
大広間の者達は、千隼と月読の動向を摯実に見守っていた。
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