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第七章
還る
しおりを挟む昨晩は大雪が降り、市街地でも遭難するくらい吹雪いたとニュースがながれる。リビングへむさ苦しくひしめく【猿】たちと入り交じって映像を見ていた。
「いまごろ、あの山小屋とんでもねえ事になってるだよ」
銅鐸がアイロンをかけながら呟いた。男所帯でまめまめしく、ゆいいつ乙女心を醸しだす彼は2メートルごえの大男だ。
最後に2人ですごした山小屋は雪へ埋もれて見えなくなっただろうかと、月読は思いをはせる。九郎もとなりで熱い茶をすする。抑えているだけかもしれないけれど【影】は姿を現わさなかった。彼の姿形に変化がなく猿たちも警戒をゆるめていた。
「ふぃ~寒ぃ。話してきたぜ、そこ座るからおめぇら退きな」
遠方から帰った丙は足音をたてて廊下をわたり、猿たちのひしめくソファへ腰をおろした。言伝をたのんだ者たちの返事をもって帰ったようだ。月読は御山へもどったときの九郎の保護と居場所の確保をもとめていた。
「九郎へ手を出させねえっつう鬼爺ぃの確約は取りつけたぜ。とりあえずは烏んトコだな、座敷牢くらいは覚悟しとけよ」
「話し合いがおわるまで私の屋敷へ匿うのは無理だったか……」
「鬼のやつら……いや鬼っ子がなかなか了承しなくてなぁ、俺の言うことなんて聞きやしねえ。おめぇの無事な写真でも送ってやれば、ちっとはマシになるんじゃあねえの? 」
説得に苦労したのだろう、丙は嫌そうに唇を垂らした。
画面のむこうは直接見れないため相手の気持ちがわかりにくい。文面だけではどうしても伝わらない感情、デリケートな局面だからよけいなことをして千隼を逆撫でしたくない。
御山の者らはオオマガツヒの欠片に憑かれた九郎を警戒している。最初からすべての要求が呑まれるとは思っていない、たがいに妥協しながら1番いい終着点をさがすのだ。
烏の座敷牢に決まったのは一進が根まわししたのだろう。幼少期より父親がわりだった男を信頼している。この状況で一進が黙って見ているはずはないとわかっていた。しかし場合によっては九郎を始末する側にまわる見こみもあり、本心を確かめる必要があった。
丙はいい返事をもって帰ってきた。
数日後、迎えの車両が高速道路を縦走する。
2人は別けられ、九郎は拘束され護送車へ乗せられた。月読が見守っていたら銅鐸がそっと肩へ手をのせる。都内から一直線にはしり御山へ到着した。これからの計画と日取りを伝えられて屋敷へむかう、本当は九郎が降車するのを見届けたかったけど丙たちを信じてまかせる。
「月読様!! よく御無事で、本当によかった!! 」
玄関で加茂親子が待ちかまえていた。陽太は半べそをかき、モモリンは忙しなくこちらの無事をたしかめる。久しぶりに帰ったわが家は変わりなく手入れが行き届いていた。
交渉については丙を通して伝えてある。すぐにでも動き出したいけど、それぞれの当主に会う日取りは決められていた。九郎の身の安全は保障されてるから、今は堪えて待たなければならない。
あらためて叔父へ御山の状況をたずねた。攫われたあとの陽太の様子も問いかける。
「僕は九郎さんの姿を見て失神しただけなので……お役に立てず申しわけないです……」
陽太は気落ちした表情でうつむいた。
「葵様と一進殿への面会はあしたです。今日のところは気遣いなさらずゆっくりお休みください」
叔父は御山と月読家の近状をひととおり説明した。どこまで知っているのかそれとなく尋ねると、陽太が目撃したのは只の憑きものだと説明されていた。欠片について一時的な口止めがされたようだ。
叔父は明日の準備のため生家へおもむき、残された陽太は落ちつきなく正座していた。甥の気ぜわしいさまに月読は肩の力がぬけて微笑む。
「久しぶりにゆっくりするか、陽太の手作りドーナツが食べたくなってきたなぁ」
月読がのんびりと口に出せば、シュンとうな垂れていた陽太の顔は明るくなって台所へ走っていった。
北の離れからながめた御山は霞みがかり白い雪を舞いあがらせる。
「大切な考えごとをしている時はいつも此処にいますね。体が冷えますよ」
仕事を終えて様子を見にきた加茂が温かい茶を脇へおき、ブランケットを手渡した。数日前まで物凄く寒いところにいたと大げさに話せば叔父は笑みを浮かべた。
「ありがとう。貴方にはずっと迷惑をかけっぱなしだ」
静かな声でしっかり伝えてから温かい茶を口へはこぶ。
叔父は親指と人さし指で目頭をはさんで押さえた。最近歳のせいで涙腺がゆるいのだと、ずりあがった眼鏡をなおす。
チラホラと人がたずねて来て対応していたら晩になった。千隼の訪問と連絡はなかった。
月読は暖房を消してフカフカの布団へ潜りこむ、温かくて気持ちがいいけれど深閑とした屋敷はとても広く寒々しかった。
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