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第七章

還る

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 昨晩は大雪が降り、北の大地は市街地でも遭難そうなんするくらい吹雪ふぶいてニュースが流れる。体格のいい男がひしめき合ってリビングはむさ苦しい、集まった者たちと入りじって映像を見ていた。

「いまごろ、あの山小屋とんでもねえ事になってるだよ」

 銅鐸どうたくはニュースを見ながらアイロンをかけている。男所帯おとこじょたいでまめまめしく、ゆいいつ乙女おとめ心をかもし出しているのは2メートルごえの大男だ。

 最後に滞在した山小屋は、雪へ埋もれて見えなくなっただろうかと月読は思いをせた。
九郎も熱い茶をすすりながら、いっしょにソファに座っている。彼の姿形すがたかたちに変化がないせいか、猿達はとくに警戒する様子もない。抑えているだけかもしれないけれど、小さくなった【影】は皆のいる所では姿を現わさなかった。



「ふぃ~さみぃ、話して来たぜ。ちょっとそこ座るから、おめぇら退きな」

 遠方から帰ってきたひのえは靴を脱いでドスドス廊下をわたり、猿達のひしめくソファへ腰を下ろす。

 月読は言伝ことづてを頼んだ2人の返事をく。

「九郎に手を出させねえっつう鬼爺おにじじぃの確約は取り付けた。とりあえずはからすんトコだな、まあ座敷牢ざしきろうくらいは覚悟しとけよ」

 太い人差し指がこちらをさし、隣で茶をすする男は真剣に指先を見つめている。丙に頼んでいたのは、御山へ戻った時の九郎の保護と居場所の確保だった。

「話し合いが終わるまで、私の屋敷へかくまうのは無理だったか……」

「鬼のやつら……いや鬼っ子がなかなか了承しなくてなぁ、俺の言うことなんて聞きやしない。おぇの無事な写真でも送ってやれば、ちっとはマシになるんじゃあねえか? 」
 丙は嫌そうに唇をビロリと垂らす。

画面の向こうは直接見れない分、相手の気持ちがわかりにくい。文面ぶんめんだけではどうしても伝わらない本当の感情、デリケートな局面きょくめんなので余計よけいなことをして千隼を逆撫さかなでしたくなかった。

御山の者達は、オオマガツヒの欠片かけらかれてる九郎を警戒している。最初からすべての要求がまれるとは思っていない、互いに妥協だきょうしながら1番良い終着点を探す。

烏の座敷牢に決まったのは、一進いっしんが何らかの根回ねまわしをしてくれたのだろう。
小さな頃から父親代わりだった男を月読は信頼している。この状況で彼が黙って見ているはずは無いとわかっていた。しかし場合によっては九郎を始末するがわにまわる可能性もあり、本心を確かめる必要があった。



 数日後、黒い車両が高速道路を縦走する。

2人はけられた。九郎は拘束されて、護送車ごそうしゃのように物々ものものしい車へ乗せられる。月読が見送っていたら、銅鐸どうたくがやさしく肩を叩く。

都内から一直線に走り御山へ到着した。月読はこれからの計画と日取りを伝えられて屋敷へ帰る。本当は九郎が車から降りるのを見届けたかったけれど、丙や銅鐸を信じてまかせた。

「月読様!! よく御無事で! ああ本当に良かった」

 玄関で加茂かも親子が待ちかまえていた。陽太は半べそをかいて、モモリンは無事を確かめるようにせわしなく月読の周りをまわる。久しぶりに帰った我が家は、変わりなく手入れが行き届いていた。

交渉の話は丙を通して伝えてある。すぐにでも動き出したいが、それぞれの当主に会う日取りは決められていた。九郎の身の安全は保障されているから、今はこらえて待たなければならない。



 居間で叔父に御山の状況を聞いた。月読がさらわれた後、陽太は大丈夫だったかとも問いかける。

「僕は九郎さんの姿を見て失神していただけなので……僕こそ、お役にも立てず申しわけないです……」
 陽太はうつむいて気落ちしているようだ。

あおい様と一進いっしん殿の面会は明日になっています。今日のところは、よけいな気遣きづかいはさらずゆっくりお休み下さい」

 叔父は御山と【月読】の近状をひととおり話す。一進からどこまで聞かされたのか加茂モモリンにそれとなく尋ねると、陽太が目撃したものはただの憑き物だと説明されて欠片については口止めがなされた様子だ。

叔父が帰り残された陽太は、落ち着きなく正座していた。その様子に肩の力が抜けて月読は微笑ほほえむ。

「久しぶりにゆっくりするか、陽太の手作りドーナツが食べたくなったなぁ」
 月読がのんびりと口に出したら、怒られた子犬のような陽太の顔はパアアと明るくなって台所へ走っていった。



 北の離れから見る御山はかすみがかり、白い雪を舞い上がらせる。

「大切な考えごとをしている時は、いつも此処ここにいますね。寒い所にいたら体が冷えますよ」

 仕事を終えて様子を見にきた加茂は温かい茶を脇へ置き、ブランケットを手渡す。少し前まで物凄ものすごく寒いところに居たと大げさに話せば叔父は笑みを浮かべる。

「ありがとう。貴方あなたには、ずっと迷惑をかけっぱなしだ」
 静かな声で届くように伝えてから、月読は温かい茶を口へ運んだ。
加茂は親指と人差し指で目頭をはさんで押さえる。最近としのせいで涙腺るいせんがゆるいのだと、ずり上がった眼鏡を直した。

 屋敷へチラホラと人がたずねて来て、気がついたら晩になっていた。千隼の訪問と連絡は無かった。

月読は暖房を消してフカフカの布団へもぐりこむ、温かくて気持ちがいいけれど深閑しんかんとした屋敷はとても広くて寒々しかった。
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