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第七章
九郎の変貌
しおりを挟む寒い季節にもかかわらず生温い空気がまとわりつく、先程まで悪夢を見ていたような寝苦しさで体は汗ばんでいた。寝返りをうった視線の先に真っ黒い影が佇み、墨のような目が月読を見下ろしていた。
「九郎? 」
つぶやいた月読の背に黒い影が重なった。鍛えられた肉感と体温はそれが本物であると示している。外気で冷えた長い指が浴衣の裾を割る。
「あっ、つめたっ」
浴衣へ忍びこんだ指は、閉じられた足をひらき月読のものを上下に扱く。急に与えられた刺激で身体は跳ねた。脇からまわされた手が浴衣の胸元へ差し入れられる。
寝ている時に九郎が行為におよぶのは珍しい。戸惑い腰を引けば硬い雄を押しつけられ、前へ逃げれば指に陰茎を扱かれる。下肢へ熱があつまり月読は快感にうめいた。
冷やりとした指は奥の窄まりへ触れる。
「ぅあっ」
容赦なく入れられた長い指はくちゅくちゅと音を立て狭い入り口を慣らす。潤滑剤の感触がして、滑りのよくなった指はぬき挿しを繰りかえす。前とうしろを刺激され、扱かれた陰茎の先が雫をたらしシーツへ染みをつくった。
「う……くっ……九郎っ」
指が増やされ堪らず声を上げた。拒否ではなく肯定と受け取ったのか、指を引き抜いた男は後ろから熱く猛るものを挿し入れた。腰が深く当てられ肉の杭は内側で傍若無人に暴れまわる。
内壁を擦られ最奥まで突きあげられた。下肢から這いあがる快感になすすべなく喘ぎ、イッても肉杭は硬さを失わず何度も苛む。
「はぁ……はぁ……」
九郎の手にあごを捕えられ息が止まるほど激しいキスをされた。疲労により目を閉じ、彼の顔は見えなかった。
背に重なった影は再び動きだし、月読を快楽の沼へと引きずり込んだ。
「どうして僕を連れて行ってくれなかったんですか~」
先日退治した妖のことを聞きつけ、朝っぱらから千隼が腕へしがみつき駄々をこねる。【鬼】の術師があの場にいたなら、もっと楽に対処できたのは理解できる。されど鬼と猿の古の軋轢があり、鬼の介入は新たな火種になりかねない。
「ずるい~、陽太は連れて行ったのでしょう? 」
ふくれっ面の青年が腕を締めあげ、月読は大仰にため息を吐く。そこへ運悪く歩いてきた陽太が光るメガネに怯え、ヒッと小さな声を上げた。月読は千隼のメガネをずらし、探している隙に行くよう促した。うなずいた陽太は脱兎のごとく走り去る。
「ほら、せっかくの『氷の鬼』が台なしだぞ」
月読はメガネを直してやる。彼は奈落へ行っているあいだに背も伸び、外見と内面も成長した。邸宅では当主らしく整然と振舞っている。
「ここでは元の僕でいいのです。それより月読さま、最近増えてないですか? 」
陽太に逃げられた腹いせにぎゅうぎゅうと抱きついた千隼は月読の腹のあたりを触る。
陽太が世話役になってから料理のレパートリーは増えた。うまい揚げ物や手作りドーナツを食べ過ぎなのは否めない。千隼は料理の栄養面にも詳しく、意外に若者向けの料理をつくる陽太へ張りつき、ひと言もふた言も口を出している。
「このままだと、クラスチェンジしてアザラシかセイウチになっちゃいますよー」
どのあたりがクラスチェンジなのか理解できないが耳の痛い忠告だ。これ以上は体重を増やさないようにしようと月読は切実に思った。
台所の片づけを終えた九郎が真横へ座り、またもや月読は2人の隙間に挟まれる。秋も深まり肌寒さを感じる今日このごろ、温かい人肌は暖をとれる。しかし男達のぬるさを感じて過ごすのは心情的に抵抗があった。月読が盛大にため息を吐いても両脇の男たちは気にも留めていない。
「千隼、そろそろ学校へ行く時間じゃないのか? 陽太はだいぶ前に出たぞ」
「うわっ、もうこんな時間!? 行ってきまーすっ! 」
時計を見た千隼は、鞄をもち慌てて飛び出した。
月読が隣へ視線をやると九郎のほうは日課のニュースを読んでいる。
「その怪我、まだ治らないのか? 」
指のテープに目が留まってたずねた。瘡蓋が残り、捲れないようテープを貼っている。なんとなく引っかかりを覚えた月読はテープを貼った部分へ手を伸ばす。触れられるのは嫌だったようすで九郎は手を引いた。
引いた手は腰へまわり身体を引き寄せられる。昨晩とおなじ墨に塗りつぶされた瞳が月読を見下ろしていた。唇が重なって舌の絡みあう激しい口づけに吐息がもれる。寝室の行為を思いだし、甘い痺れに呪縛されて彼のキスを受けいれた。身も心も搦めとられて頭がぼうっとする。
「いい子だ」
絡み合っていた舌は離れ、耳元で低い声が聞こえた。九郎は音もなく立ちあがりそのまま仕事へと出掛けた。
「……九郎? 」
彼のいなくなった玄関へ声が空しくひびく。
ひとり残された月読は苦笑する。いつしか団らんの生活に慣れて誰も居なくなった屋敷を人寂しく感じてしまった。
気晴らしに散策するため脚絆をつけた。山門を通りぬけ古い鳥居をくぐり、禁足地へ踏みいる。無心で歩いていたら滝の音が聞こえてくる。
崖の道を下りて滝へ近づけば、紅く色づいた葉が下流へと流れていく。水飛沫をあげる滝の際は冷たい空気がおりて晩秋の肌寒さを感じる。月読はいつもの岩へ腰をおろして滝壺を眺めた。
滝を見ていると数体の【チ】が寄りつく、膝や肩へ乗るチたちはなにかを訴えた。耳をすませば途切れ途切れに小さな声が聞こえる。
『来テたヘンナコ、こわイ』
『コワイ』
何のことを言っているのだろうか、聞き取れたものの理解は出来なかった。
『オオキイのヨんでル』
『オオキイの』が闇龗だというのは分かった。集落へ戻った月読は鬱蒼とした小道へ入り生家へ顔をだした。前当主の母にチたちの話をして、今宵は神殿へ篭る準備をととのえる。
日暮れの早い季節、空は茜色に染まっていた。陽太が別室で提灯の用意をしている。
九郎が帰宅した。普段とは違う屋敷の様相に辺りを見まわし質問してきた。闇龗に呼ばれ神殿へ向かうことを伝えると、ふだんは表情も変えない彼の機嫌が悪くなった。
「まだ力も満足に使えないのに? いくらなんでも早すぎる」
「しかたないだろう、まあ無理な要件ならお前に相談するよ」
肩をすくめると鋭い双眸は細められ、月読は背筋がうすら寒くなった。踵を返した九郎は無言で立ち去り部屋の戸を閉めた。その様子に違和感を感じる。一抹の不安を抱え水垢離をしていたら、衝立の向こうで陽太の声がした。
「月読様、お着がえこっちへ置いときますね」
「ありがとう」
陽太の足音は脱衣所を出ていき、棚に白衣が置かれていた。折目のついた白い着流しをはおり紐を結んでいる最中、脱衣所の電気が消えて真っ暗になった。
月読の声は暗闇へ吸いこまれた。陽太を呼ぶも返答はなく、スイッチを押しても反応はない。脱衣所の扉を開けると、屋敷全体の電気は落ちて闇に包まれていた。電気が消えただけにしては影が濃すぎる。屋敷内は深閑として足音以外は聞こえない。
月読は壁づたいに歩き、木の廊下はギシリと音を立てた。
曲がり角で鳥肌が立ち、振り向くと角に男が立っていた。塗り潰され、暗闇に覆われた異形の眼がこちらを見ていた。
「く……ろう? 」
かろうじて口を動かした月読の意識は途絶えた。
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