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第六章

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 身体の奥へほとぼりの冷めない余熱よねつが残る。窓の外を見れば夜も明けていない。地平線は青白く輝き、んだ空へ影のうすい月が浮かぶ。横たわった月読は天井へ腕をのばした。手をひらいては閉じるを繰りかえし動きを確かめる。硬かった鱗痕うろこあとは蛇の脱皮みたいにけ、肌へ馴染なじんで元に戻りつつあった。

「起きていたのか? 」

 九郎の低い声が静けさへひびく。月読は乱れた浴衣のまま寝転がり、入り口へ立つ男を無防備むぼうびに見つめる。腕組みした男はずっとこちらを見ている。

「……何だよ? 」

 2度寝の体勢に入りながら月読はつぶやいた。九郎は眠りを邪魔するようにおおいかぶさり、おとがいへ唇を落とす。

「誘ってるみたいだ」

 真綿色まわたいろの髪をき、覆いかぶさった男は耳元でささやく。

 誘っていないと、半眼はんがんの月読は気怠けだるげにうなった。身体は密着して筋張った指が肌をたどり、重なった唇から舌が侵入する。

 日増ひましに継ぎあとの色は抜け、元の肌と同化している。左脇腹にある金粉を散らせたような淡いきらめきは他の部分には無い、困ったことに感覚は発達して触られた部分から多くの情報を伝える。

「傷も見分けがつかなくなったな」
「……っ……くろう……あんまり、触るな」

 以前よりも敏感になり、触れた手のひらの温度と細かい血管の脈動まで感じて身悶みもだえる。指先が脇腹から胸元へ這い、起ち上がった乳首をはじいた。

「あっ……」

 九郎の手のひらは充血した尖りを転がし、わざと敏感な部分へ触れる。吐息をもらした月読の腰は引き寄せられ、あらわになった菊門へ男性器の先が押し当てられる。内側へ残っていた熱い残滓ざんしすべりをよくして抵抗なく侵入する。

「う……くぅ――ああっ! 」

 根元まで埋められた肉の杭が動き、粘膜の擦る音はぬちゅりぬちゅりと響く。九郎の動きにゆすられ、月読の足の付け根でゆれる淫茎いんけいは甘い粘液をはしたなく散らせる。

「くうぁ――あぁっ――――っっ……」

 九郎を咥え込んだ内奥がうごめき、月読はってダラしなく涎をたらした。ゆっくりと弛緩しかんする身体の奥へ、律動りつどうしていた肉杭がたぎった白濁液はくだくえきを吐き出した。



 外は明るくなり、未明みめいの熱を井戸水でそぐ。冷やりとした地下水を頭から幾度いくどかぶりタオルで丁寧にぬぐった。脱衣所へもどって粘度のある液体を手で塗りのばせば、やわらかい香りがする。

「少し匂いが変わったか? 」

 背後から近づいた九郎が腕をまわし、うなじへ顔をうずめて邪魔じゃまをする。

「保湿剤が新しくなったんだよ」

 ついでに九郎にも手伝わせる。保湿液は叔父の会社が作っている特注品、ストレスを緩和かんわしたり抗炎症作用のある精油を体調によって組みかえる。肌への刺激も少なく、ナチュラルな植物の香りをほのかに放つ。液を塗りひろげるため九郎の手が背中をなめらかにつたう、月読の痩せた体はある程度の筋肉を残してしぼられた印象だ。彼の手のひらが細くなった腰の下へおよんだところで脱衣所から追いだす。

「下も手伝お――」

 下心のある声が聞こえて、月読は扉をピシャリと閉めた。

 下半身にもくまなく保湿液を塗り、肌触りのいい浴衣を羽織はおった。居間の指定席へ腰をおろせば、九郎の指が乾いた髪をいてくくる。

「お前さ、ちょっと過保護かほごじゃない? 」
「当り前だ。俺は1年足りてなかった」
「私は栄養素か何かなのか」

 月読が毒づくと、わずかに笑みを浮かべた男はこめかみへキスをする。



 九郎が仕事へ行った後、月読は居間でぼうとしていた。屋敷へかこわれ、微塵みじんも役に立たない現在いまの身がもどかしい。

――――『この方法デハ、オヌシの力は失われるかもしれヌ。場合によっては、力だけではなく命そのものマデモ』

 月読は黒い龍神と奈落ならくで交わした会話を回想する。

 人知を超えた膨大ぼうだいなエネルギーへ対抗し制御する。人の身では命を失う可能性もあった。死ぬつもりは毛頭もうとうなかったけれど、月読の力を犠牲にしなければならなかった。
やしろを置いていくという選択は、命のない奈落へ姫神ひめがみの居場所を残してくという事。たとえ力を失おうともマガツヒの闊歩かっぽする世界へ、何ひとつ置き去りにする選択肢など思い浮かばなかった。

 立ちあがった月読は北門を出て神殿へ向かう。

 神殿は変わらず清浄に保たれていた。みやこが神託をさずかり、結界の維持いじ尽力じんりょくしていることは知らされてる。今入ったところで何者の声も聞けない、扉の前へたたずみ社を見上げた。
なんの力も持たぬ者が【月読】と呼ばれ、魔物にねらわれ御山から出ることも叶わない現状。奈落にいる時は力を失う事すらいとわなかった。しかし現在の境遇に置かれて、ここへ居続いつづけてもいいのかと彷徨さまよう心の弱さに苦悩する。

 帰りぎわ、湿気しっけをふくんだ風が首筋を撫でた。月読が振り返ると、ひと吹きの風は道の草花くさばなざわめかせ御山の奥へ去った。



 にわかな用事をすませ家へ戻ると、玄関で鉢合はちあわせた千隼は月読を見るなり叫んだ。

「月読さま、聞いて下さいよ……って、えぇ~っ、み、短いィィィ!? どうしたのですか、その髪型? 」

「ははは、黒い毛もえてきたし、気分転換にな。変か? 」

 月読の髪型は短めのアップバングになっていた。サイドも短く刈られた髪は、根元の黒褐色の毛と混ざり銀灰ぎんかいに輝く。奈落から帰還した時より驚嘆きょうたんした千隼はほうけた声をだし眺めていた。しばらくすると切り替えた様子で目をキラキラさせ、短い髪の手触りを楽しんでいる。

 先に訪れていた世話役の陽太ようたは、出迎えたとたん奇声をあげ荷物を落とした。

「月読様!? いいい、いいのですか、短くしても? 」

 へなへなと尻をつき挙動不審きょどうふしんいてくるので、月読は大仰おおぎょうに眉頭を上げて笑った。陽太も短くカットした髪型、彼はストレートヘアだが似たような長さだ。



 神殿からの帰り、風を目で追いかけ見知った男を見つけた。気配を消し護衛をしていた金村は吹いた風に居場所をあばかれた。

 月読は風に誘われるように近づき、良い散髪屋さんぱつやを知らないかとたずねた。古い言い伝えで髪には呪力じゅりょく宿やどると言われるものの、力を失った月読は祭祀さいしに関わっていないため気にしなくていい。いずれ、力が戻るまでの期間を謳歌おうかする気分になった。

 そこから偶然ぐうぜんにも美容師免許を持つ金村がカットする流れになった。

「金村があんなに器用だったとは知らなかったよ」
「月読さまの毛は!? あのキレイで真っっ白い毛はどこへ行ったのですかっ!? 」

 月読が鷹揚おうように話していると、千隼は毛を欲して食い下がってくる。奈落へいった髪の毛など呪物じゅぶつにされそうで恐ろしく、切った後に燃やして処分したと説明すると彼は残念な顔で嘆いた。呪物を作るのが得意な【鬼】へ渡ったことを考え、背筋に冷たいものが走る。カットに居合いあわせた兄弟子あにでしの言うとおり、即行処分してよかったと月読は空笑からわらいした。

 陽太は終始プルプルとおびえていた。




 トレーニングを再開した月読は日課を終えて道場を後にする。気温は高いがくもぞら、空調をつけずに筋トレしていたら汗だくになった。汗をいたタオルを首にかけ、ふらふら歩いて脱衣所へ向かう。

 帰宅した九郎と洗面所で鉢合はちあわせた。月読の短い髪を見てもおどろかない。

随分ずいぶんさっぱりしたな」

 金村から事細ことこまかな報告を聞いたらしい、九郎の手が短くなった毛をクシャクシャと撫でる。撫でているうちに何を思ったのか両手ではさんで頭へキスしてきた。

 修練後で汗まみれだと思いだしあわてて押しかえす。汗で保湿剤の香りも全部流れていた。月読の毛に埋もれた九郎は何もつけていない方が良い匂いだとのたまう。あろう事か汗の匂いをがれ、月読の頬へ熱があつまる。

「うむ……これはこれであり・・だな」

 髪の短くなった月読を鋭い目は真剣に見つめ、無表情のままうなずいた。

「なにがりだっ! 寄るなヘンタイ烏! 」

 羞恥に打ちふるえた月読は、一緒に風呂へ入ろうとする男に雑言ぞうごんを浴びせ締め出した。



 風呂へ入るまえの騒動で、精神的に疲労した月読はぐったりとクッションへ沈んだ。風呂から上がった九郎もいつものように隣へ腰をおろす。空調をつけずにトレーニングしていた事を知られていて、ちゃんとエアコンをつけるよう注意される。

あきら、やっと体が回復してきたんだ。無理するな」

 さっきまでの変態さは消え失せ、真面目まじめな話をしてくる。おもてには出してなかったのに見透みすかされている。

あせらなくていい」
「……わかってる」

 月読が小さく返事すると、横から伸びた手は短くなった髪を撫でた。

 これまで皆が寄りついていたのは月読つくよみという存在、決して甘んじていたわけではないが力も持たない男にさほど魅力は無いのかもしれない。見えない先行さきゆきに不安な現実、けれども1つだけ確信はあった。あきらが月読で無くなっても九郎はそばに居てくれる、この先もずっと。
だが見合うだけの存在たりるのか。オオマガツヒの世界はへだてられ、マガツヒという重責は無くなった。それにもかかわらず、心は焦りや悩みにさいなまれる。

 九郎がかたわらで見守っていた。隣に座る男ははるかに大きく先を歩く、その背中をあおぎ見て月読はふたたび歩きはじめる。

 たがいに身をよせて過ごす静穏な空間、幼い頃から変わらない2人だけの時が流れる。眺めていた坪庭が薄暗くなり、夜の到来とうらいを告げた。
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