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第六章

#残された者2

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#……九郎サイドの話、続きです。



 屋根のあいだに赤黒い空が見えた。異常に気づいた九郎は、親子を金村かねむらに守らせ外へ飛び出した。本殿と手前の幣殿へいでん、崩れかけた拝殿はいでんを残しほかの建物は消失した。灰色の荒野にぽつりと建つやしろ、空には赤黒い液体が渦巻いている。

「九郎様……これは一体!? 」

 追ってきた大和やまとは息をのみ、背後から女性の悲鳴も聞こえた。

「すみません、めたのですが」

 背後へ金村と神主親子が立ち、芽衣めいは両手で口をおおう。本殿へ戻るように促した時、青い顔の芽衣が震えながら指を差した。

「見て……何かこっちに来る……」
 
 灰色の岩場の向こうから黒い点々が近づき、次第しだいにハッキリと見えた。歩いて来るものはマガツヒの群れ、異形のものたちのおぞましい鳴き声が聞こえて地獄のような光景だった。宮司の渡辺は座りこみ、膝の震えがガタガタと板を打つ。
大小さまざまなマガツヒが社を目指していた。ふり返ると結界は薄くなってるけれどまだ存在する。親子を姫神のいる本殿へ避難させ武器を取りだす。

「社の結界がいつまでもつか分からない、1匹ずつ確実に仕留しとめるぞ」

 逃げ場もない絶望的ぜつぼうてきな状況だが、力強い九郎の言葉に2人の烏もうなずいた。

 四本足のマガツヒが猛スピードでせまる。飛び掛かろうとしたところをワイヤーで封じ、金村がさやから刀を抜いて首を落とす。飛び散る体液に気をつければ何とか倒せそうだ。猿に似てるけど手足の何本も生えたマガツヒが群れで襲い来る。九郎は伸ばした錫杖しゃくじょうでなぎ払い確実に仕留しとめる。

 さわぎに気付いた周辺の群れが社へ集まってきた。

「くそっ! こいつら何匹いるんだ!! 」

 姫神ひめがみの張った結界の外で呼吸をすると、喉がけつくように熱い。調査で来ていたため大した装備もなく、余裕のなくなった大和が叫ぶ。地面へ黒い染みがたまり、マガツヒの残骸ざんがいも増えていく。小さなマガツヒを大きいマガツヒが捕まえて丸のみするという、混沌とした光景も同時に展開てんかいされる。

 大型のマガツヒが社へ近づいた。金村たちに時間を稼がせ九郎は印を結ぶ。

っ!! 」

 術を放ちマガツヒの頭を法力で吹き飛ばした。頭部を吹き飛ばされてよろめいた巨体は、黒い液体を垂れ流しながら倒れる。金村の牽制けんせいする声が聞こえ、尖った触手が地面の下から九郎をかすめた。

「俺はいい、大和やまとへ加勢しろっ! 」

 走りよった金村へ、苦戦している大和のところへ行くよう命ずる。触手を切りはらい後退しようとしたら、針のような触手が飛びだし九郎の足背そくはいを貫通した。傷をった足は焼いた針を刺した痛みがある。地中に隠れていたマガツヒを見つけ、錫杖しゃくじょうつらぬけば触手は動かなくなった。組み立て式の錫杖は負荷ふかに耐えきれずに折れた。

 向こうでマガツヒを倒していた金村たちが叫び、真横からせまった鉤爪かぎづめが視界へ入った。足へ刺さった触手が邪魔をして動けず、死が九郎の頭をよぎる。



 鼓膜こまくが破れるほどの轟音ごうおんが鳴り、目の前へ雷光が落ちた。

 九郎へ襲い掛かろうとしていたマガツヒは、白い棒状の物につらぬかれていた。脳天を貫かれて大口を開けたマガツヒがボロボロと崩れはじめる。

 赤黒い空に雷鳴らいめいとどろき、嵐が吹き荒れる。どこから現れたのか、マガツヒに刺さる棒へ白いものがヒラリと舞い降りた。角の生えたけものむくろ。真白い毛は荒れる風になびき、人の形をしているが人からはかけ離れている。
近くにいた数体のマガツヒが恐ろしい唸り声をあげ飛びかかった。白い獣は襲いくるものを素手すででいなし、目にも留まらぬ速さで吹き飛ばして仕留しとめる。

 白い獣が両手で印のような形を結んだ。

 頭上の空気が摩擦まさつを起こしいかづちが発生して、数百メートル先のマガツヒを一掃いっそうする。轟音が耳をつんざき、枝分かれした稲妻いなづまは地上で暴れたが棒状の骨が避雷針ひらいしんとなって九郎たちは雷を逃れた。
雷の放たれた向こう側では、噴煙ふんえんを振りまく黒い嵐が咆哮ほうこうとどろかせながらマガツヒを殲滅せんめつしていた。

 なにが起こったのか分からず呆然ぼうぜんとしていたら、白い獣が眼前へ立った。

「……次はわれらの番か……」

 疲労困憊ひろうこんぱいの大和が後ろでつぶやき、金村が剣をかまえる。



 むくろの頭部には角があり、色褪いろあせた灰の毛皮をまとう。頭蓋骨ずがいこつの隙間から伸びる毛は真綿まわたのように白く、合間に見える肌は青みをび所々鱗におおわれてる。マガツヒとは異なる何か、まるでの国の使者だ。
頭蓋骨の眼窩がんかに目玉はなく、よけいに不気味ぶきみさをす。白い獣は暗い眼窩で九郎たちと社を交互に見ていた。

「オまえ、おちタの&%だケカ? 」

 骸からつぶれた低い音が聞こえた。何を喋っているのか分からず、烏達に緊張がはしる。しばしの沈黙後、意思の疎通そつうは可能だと理解した九郎は思い切って前へ進みでる。

「すまない、言ってることが分からなかった。もう1度たのむ」

 白い獣は首を傾げて、声を発した。

「落ちたのは、ここに居るものだケカ? 他の者は無事か? 」

 知っている者とは、かけ離れた姿にかすれた酷い声。それが探していた者だと気付いた九郎の目にひと筋の涙が落ちた。





―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

もろもろの用語集です。

大物主おおものぬし…日本神話に登場する神。大国主、大己貴おおむなちの別名ともされている。

大黒天だいこくてん…仏教に帰依した護法神。偉大なる黒い神、マハーカーラ―の意。

拝殿はいでん…本殿の前に位置する。祭典や参拝者が拝礼を行なう場所。

幣殿へいでん…本殿と拝殿の間にある神へ奉納する物をささげる建物。

宮司ぐうじ…神社に就く者をまとめる長。職位の名前。神主は神職の代表者の意味合いだが職位ではない。

※カルト教団…宗教の宗旨を別とする、カリスマ的な指導者の元に形成された集まり。現在では反社会的な宗教団体を意味することが多い。
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