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閑話 ~日常や裏話など~

#三宅太郎と春爛漫

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 剛胆ごうたんな掛け声と共に勢いよく投げ飛ばされる。
「まだまだっ! 」
 道場でらんどりをおこなう三宅の視線の先には白猪しらいがいた。西会館の道場で、さらなる高みを目指して三宅太郎みやけたろうは今日もいどみ続ける。



 【からす】は複数の分家が合わさった総称で、三宅家は過去当主とうしゅの輩出もあった大きな家だ。三宅は成長が早く身体能力もきん出ていて、小学生までは神童しんどうと称されていた。同年代で誰よりも身体が大きくガキ大将のように頼られ、次の当主とさえささやかれた。

もやし少年の白猪しらいが、いつも金魚のフンみたいについて来たのを鮮明に憶えている。しかし中学生の頃から成長は止まり、周りの同級生に追い抜かれ幼馴染おさななじみもメキメキと成長して先へ行った。取り残された三宅の身体つきは小さく、最前線での戦闘には向いていない。

 凡庸凡才ぼんようぼんさい

 家からの期待も無くなり、父親とはギスギスした関係になった。
きわめつけは九郎の存在。前ノ坊まえのぼう家の英才教育で鍛え上げられた九郎は、早いうちから頭角をあらわす。幼く身体も小さいのにあらゆる技を使いこなし下手な大人より強かった。7歳年下の存在に三宅は当主になる野望を放棄ほうきした。

それはきっかけの一つに過ぎない。家に帰れば親とは折り合いが悪く針のむしろ、おまけに目標も無い、気づかぬ内に心はささくれすさんでいた。

 そんな三宅を変えた人物が、ある日現れる。

「太郎君、聞いた? 本家の子が来るんだって」
「はん? 本家ぇ? 」
 対戦した白猪の言葉に、武闘派の三宅はシッと息をいて蹴りを繰り出した。

 本家【月読つくよみ】の子供が烏の道場で修行するために来る。
烏の中で月読家に出入りする者は、ごく少数でいわゆる選ばれし者達だ。そのため詳細を知る者は此処ここには誰ひとり居なかった。

「本家がなんだってんだよ! 俺らのほうが戦闘力は上だろぉ」

 若干オラついた三宅は白猪に突っかかる。ただならぬ様子に他の者も集まってきて、乱取りの手を止め三宅の周囲に烏だかりができる。
今の時間帯は子供ばかりで若い兄弟子あにでしが仕切っていて、集まった子供たちがワイワイと口々に意見する。

「でも1度も見たこと無いよなぁ。どんな子なんだろう? 」
「本家なんて戦いもしないし、祭事さいじとかだけだろ。スゲェ高慢こうまんちきな奴なんじゃね? 」
「わがままなヤツだったら嫌だなあ……」

 そもそも月読家と接する者は滅多めったにいないので、みんな想像で話を進める。興味の欠片もない三宅も鼻でフンとため息をついた。



 若い烏だけの修練日、道場へ当主の前ノ坊一進まえのぼういっしんがやってきて声をかけた。

「皆に話があるから、集まってくれ」
 呼ばれて道場の真ん中へ集合した。大らかな態度の一進だが当主という事もあって緊張する。三宅の隣に立つ白猪は、直立不動でカチコチになっていた。

「今日から、我々と一緒に修行する仲間を紹介する」

 一進の横には九郎くろうが堂々と立つ。口を真一文字まいちもんじに結びニコリとも笑わない、低学年のクセに貫禄かんろくすらかもし出している。
しかし彼はすでに道場で修練していて面識がある。本家の者が来るのではないかとうわさしていた若い烏達は、一様いちように首を傾げた。

 しばらくの間、沈黙があった。

あきら……」

 咳ばらいをした一進は呼びかける。

 九郎の肩先で黒褐色の綿毛わたげのようなものが動いた。綿毛はつかそこで揺れていたが、ひょっこりと顔を出した。綿毛ではなくふわふわした髪の毛だった。後ろから出てきた小さな子は九郎のほんの少し前方に立つ、モジモジして睫毛まつげも長く女の子みたいに可愛らしかった。

「すずきあきらです。よろしく、おねがいします」
 小さな子は深々礼をしてからテクテクと九郎の後ろへ歩いて行き、ぴゅっと衝立ついたての背に隠れて目だけでおそおそる烏達を見ている。衝立くろうは微動だにしなかった。


 その日から烏の修練に明が加わった。まだ慣れない動きでちょこちょこ動く小さな子に顔がゆるみ、乱取りの手を止めて見ている者さえいる。みんな興味深々だが九郎という壁があってなかなか近寄れない。

「「ありがとうございましたっ」」

 修練が終わって一斉に挨拶をする。九郎は明と手をつないで道場を出ていった。

「ちょ、めっちゃ可愛くね。女の子? 」
「ちげーよ、男だろ? 」
 若い烏達は、道場の真ん中へ集まりひそひそ騒ぐ。三宅はボウッとした表情で明が消えた道場の出入り口を見ていた。耳に入る烏達の声も通りぬけて白猪に小突こづかれる。

「えっ、何!? そっそうだな、か、可愛いかもな」

 急に話を振られた三宅はあたふた返す。頬が赤いのを揶揄やゆされ、怒って兄弟子をぐるぐると追いかけ回して烏達の笑い声がひびいた。



 パタリ、コロン、コロコロ。

 独りで練習している明の姿はめずらしい、小さな身体で受け身の練習をしている。綿毛のような髪が床マットの上で左右にふわふわと揺れて、練習というより可愛い妖精が遊んでいるようだ。

 今日は九郎という障壁はいないので三宅は思い切って話しかけ、顔を上げた明がおずおずと答える。九郎は用事でお使いに出されているようだ。

「いないのか。しょーがねぇな、俺が相手してやるよっ」
 三宅は、明をかまえさせてかがんで打撃を受ける。

 ペチ、ペチ、ペチッ。
 ごくたまに急所に入って痛いが、鍛えた身体にはなんてことないパンチだ。ペチペチしていただけなのに、明はもうハアハアと息が上がっている。

打撃から技の練習に移行する。寝技ねわざは初めてだった様子で、明は首を横へふった。

「初めてなのか? じゃあ俺が教えてやるよ! 」
 三宅は白猪を呼び寝技を見せた。技をかけられた少年のうめき声を聞いたせいで明は泣きそうな顔をしている。

「大丈夫、痛くないようにするから」
 三宅は、なんだかイケナイ事をしているような気分になった。
「太郎君の言い方、ちょっといやらしい~」
 横から白猪が茶々ちゃちゃを入れる。多感な年頃はいろんな事に興味があるからしょうがない、真っ赤になった三宅は白猪を追いはらい向き直る。

きちんと仰向あおむけで大人しく待っている明は、不安なのか道着のすぞを握っている。ジリジリと明に近づけば、固まってますます涙目になった。

「痛くない、痛くないから……」

 脇に足があると気づき、白猪が邪魔していると思って視線を上げたら黒々としたオーラをまとった九郎が立っていた。小さいクセに威圧感いあつかんがはんぱない、猛禽類もうきんるいの目が三宅を射貫いぬいて動けなくなった。

「いや、これは……誤解だって――――」
 多少は自覚していたのだろう、三宅の口から言いわけめいた言葉が飛び出す。見えないほど素早く九郎が動き、首の急所をキュッと絞められて意識を失った。



「太郎君! 太郎君てばっ! 」

 ゆり動かされ三宅は何事も無かったように起き上がる。

どうやら気を失っていたようだ。辺りを見回せば、さっきの場所で九郎と明が寝技の練習をしていた。
九郎の方が身長も体重もあるので易々やすやすと押さえこみ、下で明が手足をパタパタさせてる。本人的には必死なのだろうが可愛い、しかも良く見ると鉄面皮てつめんぴの九郎は今まで見た事もない幸せそうな表情を浮かべている。

「くそっ、うらやましくなんかないからなっ」
 誰に向けた言葉か、聞いた白猪が横で大笑いしていた。



 可愛いは原動力となり三宅の進む道を変えた。変えた張本人はつゆ知らずスクスクと成長していく、可愛らしかった面影おもかげはいっさい無くなり三宅が見上げるほど大きくなった。

図体ずうたいだけ、カピバラみたいにデカくなりやがって……」

 相変わらず、ポヤッと道場の端へ立っている。
 乱取らんどりのために呼ぶと眠たそうな目は三宅を見つめて、フワリと柔らかく一帯に春の陽気が広がった。きらめきがにじみ降りそそいで、子供の頃に集めていた宝物のようだ。明を見ていると三宅の止まっていた足は前へ進む。

 三宅は九郎に挑んだ。力の差は歴然れきぜんとしていて敗北する。九郎はトップの座を誰にもゆずることはなく、常に明の隣にいた。

前線に出るのは無理だといわれていたが、努力して前線を行き来する補給部隊にも選ばれた。

三宅太郎は諦めず、挑戦し続ける。



********************

「それで、三宅さんは未練タラタラなんすか? 」
 どこかの誰かに似て、無愛想ぶあいそうな金村から尖った錫杖しゃくじょうのごとき言葉が三宅に刺さる。

「ちげーよ。ぽやっとして放って置けないつーか……アイツってさ空気清浄機みたいだろ? 側にいるとスッキリしてなごむんだよ」

 病院の片隅かたすみ、桜の樹が生えている小さい公園がある。小道は整備され車イスを押す人々が時々通り過ぎる。



 私服姿の三宅と金村は、先行して歩く2人を見守る。片方は肋骨を折る重傷を負っていたのに、もうトレーニングルームに出入りしている強靭きょうじんな肉体と精神力の持ち主だった。
その横を歩くのは春の陽気に溶けこむ男、病院だからもはや屋敷妖精やしきようせいではないとブツブツ金村が呟いていた。

 九郎達の会話が聞こえないので三宅は痺れを切らした。

「なあ、ちょっと遠すぎない? もっと近寄ろうぜ」
 そう言い放った三宅は、前へ行こうとしたが襟首えりくびを引っぱられた。金村は三宅を引きずり、何時でも駆けつけられる距離と広く見渡せる場所へ陣取じんどる。

「あーもう! なんだよりょう
「よけいな邪魔しないのもプロの仕事っす」

 本日の任務にんむ護衛ごえい隠密おんみつのように身をひそめ、なるべく護衛対象の邪魔をしないのもプロの配慮はいりょだと金村はのたまう。

「くそっ、なりきり忍者め」
 悪態あくたいをついた三宅は、道を挟んで小高い丘の茂みからうかがう。

静かになった金村がちゃっかり双眼鏡で見ていたので、三宅は双眼鏡を奪ってレンズを向ける。視界を奪われた金村は、予備のオペラグラスを取り出して再び任務を続行していた。



 九郎達は桜の近くにあるベンチへ腰を下ろした。月読が持っていた風呂敷ふろしきむすび目をほどき、曲げわっぱの素朴そぼくな弁当箱を取り出した。ふたを開ければ、おむすびと美味しそうなおかずが入っていて心なし九郎が嬉しそうな表情をしている。

弁当箱は2人の間に置かれ、談笑しながらはしを伸ばす。桜の枝が柔らかい風でたわみ、どうやら散歩ついでに花見をしている。

「なにあれ、弁当食ってね? めちゃ充実してるじゃん! 弁当ひっくり返れ! 花びらにまみれろっ」

 三宅は悔しげにブツブツと呪詛じゅその呟きを発した。腹の虫がグゥと鳴いている。
月読のおむすびにヒラヒラと花びらが舞い落ち、九郎が手を伸ばして取り去った。男2人だが他人には入りがたい雰囲気をかもし出している。

「くそぉー、イチャイチャしてっ」

 呪詛が逆に働いたようで、三宅はうなった。


 不意ふいに真後ろから声を掛けられ、ふり向いた。夢中で見ていたのと気配が無かったので気がつかなかった。背後へ忍び寄った白猪しらいは、いまや烏の中でも上位の実力者だ。

はかどってる? おつかれさん」
 白猪は手に持っていた袋を2人へ差し出す。

「白猪! 今日は非番だろ? 」
 三宅が受け取りながら聞けば、近くまで来たからと白猪は笑った。
金村は周囲を見渡せる小高い丘で肉まんの包み紙を開けはじめた。道沿いに咲いたピンク色のかすみが風景をいろどる。

「俺も手作り花見弁当、食いたいな~」
 コンビニおにぎりを頬張ほおばった三宅はつぶやく。いつのまにか白猪も加わり、春の柔らかい日差しのなか小高い丘で男3人なごやかに昼食を食べていた。



「太郎は小さいけど武器もかなりの使い手なんだ。一時期、九郎様と後継者こうけいしゃ争いをしていたんだよ」

「バカヤロォ、小さいは余計よけいだ! それと一時期じゃなく今でも、だからな」

 警護中だが周囲に危険な気配はなく、3人の会話も弾む。

「もしかして月読様……ですか? 」
 目だけを見開いた金村は、不思議そうに三宅に尋ねる。
「一家に一台だろ! 」
「屋敷妖精じゃなくて、家電だったのか……? 」
 御山の生ける伝説に対して、まるで家電のような言い草だった。しかし金村は本気で唸っている。

「昔から癒しなんだよね」
 横入りした男が余計な事を言わない様、三宅は尻へバシバシ蹴りを入れる。効果は無さそうで白猪は苦笑していた。


「そういやさぁ、子供の頃の宝物って何でキラキラしてるんだろうなぁ。大人になって見るとただのカードだったり、ただのオモチャだろ? 」

 三宅は舞い散る桜の花びらを見ながら呟いた。

「う~ん、俺はそうは思わないかな。だって太郎君、子供の時の記憶なんてあやふやでしょ? 持っていた時の感覚を失って、物しか見てないからキラキラして無いんじゃない? 」

 白猪がふわりと笑う。思い出、情景、感性を削ぎ落した物質だけならつまらない物にも見えるだろう。

小道で桜の花びらがヒラヒラと舞う。枝から落ちて風に乗る花弁は、道行く人々に感嘆の声を上げさせていた。
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