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第五章
海
しおりを挟む御山を南へ下った先には海が広がる。むかし隼英と共に訪れた鬼の郷、月読は隼英の生まれた郷の海を見せようと思い千隼へ声をかけた。
「嫌です」
千隼が即答する。理由をきけばフナムシが苦手、海水は髪がベタベタになると返された。拍子抜けした月読は微笑み軽くうなずいた。
「月読さま、僕の言ったこと聞いてました!? 」
車の助手席で千隼がぶうたれる。不平を述べながらも一緒に来た青年に笑い、月読はハンドルを回して駐車場へ停車した。後ろからついて来た護衛の車も隣へ停まる。
昨日湯谷にこの話をすると、鬼平へ伝わり快く護衛と車を貸し出してくれた。護衛が遠い場所から見守るなか、断崖に作られた岩道を歩く。強い潮風が吹きシャツの裾がはためく、亜麻色の髪を巻きあげよろめく千隼の腕を取りしっかり立たせた。
「海、好きなんですか? 」
薄茶の瞳が興味ぶかそうにこちらを見た。
「うん……? 泳ぐわけでもないし、べつに好きでもないな……」
特になんとも思っていないと月読が答えたら、千隼は何故来たのかと怒って騒いでいる。千隼の育ったところも海の近くだと聞いたが、断崖絶壁で下をのぞいても荒波が打ちつけてる記憶しかないと言う。
「まあそう怒るな……昔、お前の父親に連れられて来たんだ」
断崖のトンネルを抜けた先に内海の浜が現れた。風の強い断崖と異なり、波は穏やかで澄んでいる。波間へ反射した光がキラキラと輝き、長い年月をかけて風化した岩の柱が外海から守るように並ぶ。
「悪くないですね。あっ月読さま、魚、魚がいる! かわいい! 」
肩をすくめた千隼は、ズボンを捲り上げ浅瀬を歩きまわる。生意気そうな言葉のわりに脛まで海水に浸かりはしゃぐ、指さす場所を見れば小さなクサフグが尾ひれを動かし漂っていた。
日差しで暖められた空気は風となり、凪いだ水面を柔らかく通り抜ける。風の吹いた先に見覚えのある大岩が在った。月読は大岩を指して【出会いの岩】だと説明した。
「せっかくだから登りましょうよ! 」
千隼はザブザブと海水を足でかきわけ岩に登りはじめ、呼ばれて月読ものぼった。海面へ屹立した岩の上部は緑が茂り、見渡した景色は以前と変わらず美しかった。冴えるような青い天井がどこまでも続き、下には紺碧の海が広がっている。
「きれいなところですね」
嬉しそうに笑う青年へ微笑みかえし、出会いの岩の伝え話を語る。鬼姫が誰と出会ったのかは知らないまま、素直に知らないことを伝えれば千隼は唸っていた。鬼姫の話をしていたら隼英の声が聞こえる気がして、月読は地平線へ繋がる海をながめる。
海へ行った数日後、【鬼】の使いが慌ただしく屋敷を訪れた。
鬼平の邸宅へ呼び出され、月読の前に資料が広げられる。ソナー画像では、海底に小型ボートほどある岩の塊のようなものが示された。
「これは、まさか……」
「あの場所、3体目のマガツヒじゃ」
過去2体のマガツヒを討伐した海から近い場所で発見されたマガツヒは、楕円形の大岩のような物に覆われている。調査したところ硬い岩の中で確実に息づき活動の兆しが出ているという。9年前に調査した時は海底の大岩は存在していなかった。どこかに隠されていたのか、それとも年月をかけて大きく成長したのか、ザワリとした感覚が背筋の毛を逆立てる。
「マガツヒが活動を始める前に、儂らの船で海底から引き揚げる計画じゃ。早急に進める必要がある。そして今回は千隼も同行させる」
鬼平の言葉に月読は眉間をよせ険しい顔つきになった。
「お主の言いたい事は分かるが千隼は関わっていくことになる。マガツヒの存在を実際に見て決めるのはあの子じゃ」
過酷なマガツヒの討伐。鬼平の孫である千隼も無知ではない、それを理解して御山へ来た。月読は先日の無邪気にはしゃぐ笑顔を思い返して複雑な気持ちになった。彼は前線へ立つわけではないと自身に言い聞かせ、討伐の話し合いを前へすすめる。
【烏】は当主が負傷中、【猿】は前のマガツヒ討伐地で朽ちた社の復旧に当たらせている。場所が海だということもあり、月読と【鬼】でマガツヒ討伐をおこなう事になった。海底のマガツヒが活動を停止しているならマガツヒの研究も前進するかもしれない、様々な思いが入り混じって月読の気持ちも逸る。
会議は終了し邸宅を出て歩く。着信ライトが光り、九郎から入った連絡に返信した。
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