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閑話 ~日常や裏話など~
#金村の御山日誌「日常と九郎のわずらい1」
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天涯孤独だった金村亮は、都心の専門学校を卒業して御山へ来た。烏の中でも異色の彼は御山や烏達に起こる出来事を観察する。
空気も澄んで気持ちの良い朝、金村は朝練をこなして烏の家で朝食をとる。自分の家で作ることもあるが、こっちで食べたほうが品数も沢山あって美味い。
本日はオムレツと野菜のベーコン巻き、コーンスープに果物とトーストだ。食事係が作った料理を受け取ってトレイへ淡々とのせる。
屋敷には専用の料理人が居るけれど、仕事で外出した時に出先で自炊できるように食事当番をする日もある。買った弁当で済ませ飯などロクに作ってこなかった金村だが、ジャガイモの剥き方から教えてもらった。一見面倒臭そうに思えても気付いた頃には、ひと通りの食事は作れるようになっていた。
ケチャップをかけたオムレツを食べていると、隣へ見知った顔が座る。
「おはよっ、亮! 」
「…………す」
朝から満面の笑みで兄弟子の三宅がトレイを並べて置いた。大伴以外に三宅とは仕事のパートナーを組むことも多く、スケジュールがよく合う。騒々しくてフランク過ぎるところを除けば、烏に精通していて顔も広い。
金村は兄弟子を横目でチラリと見て、無言でオムレツを口へ運ぶ。三宅は気にもせずに満面の笑みのまま、オムレツとトーストの載った優雅なトレイを覗きこんだ。
「朝からそんな少食で、よく足りるよなぁ」
納豆を混ぜ終えた三宅は、浅漬けと醤油を投入して御飯へかける。
朝から焼いたぶつ切りの赤身肉を大きな皿へのせて成長期などとっくに過ぎた男は、もうすぐ三十路になるはず。三宅は華奢ではないが身体つきは小さく、本人は170cmあると豪語しているけど、サバを読んでいる感は否めない。
童顔も相まって並んでいたら、金村の方が年上に見られがちだった。
「白猪さんは? 」
いつも三宅と一緒にいる白猪がいないので尋ねた。
「あいつなら、今日は別任務で出張中」
同じ烏とは言え、行き先はそうそう教えてもらえない。烏の中でも互いの役割は違う、三宅と白猪は小さい頃から同じ環境で育ったのに現実は厳しいようだ。
もっとも当の本人は周囲の評価を物ともせず笑い飛ばしている。金村が隣を見ると肉の付け合わせのブロッコリーを口いっぱいに頬張っていた。
朝食を終えた金村は屋敷を出て石畳を歩いた。
自宅へ帰ってもいいが、仕事の時間までヒマなので山門と禁足地の間にある祠へ参る。ここへ来てから気に入っている静かな場所で、何度か足を運んでいる。
山の安全祈願のための祠で中身は石の地蔵、しかし不思議な気に満ちている。ときおり祠の屋根へ【チ】と呼ばれる御魂が寄りついていたり、変わった生き物を見かけたりする。【チ】がいれば屋根に乗って金村の行動をじっと見ているのだが、今日はいないので不思議な気だけ漂っていた。金村は前日に落ちた枝や葉っぱを取り除いて祠を綺麗に掃除する。
霧深い御山の朝は、朝陽が昇るとともに晴れていく。
見えないほど重なり合った白い靄の向こうから、白衣の人物が歩いてきた。霧の中から光球が勢いよく飛び出してついて来ている。いつものごとく手をヒラヒラさせて追いはらってる姿を祠の影から窺った。
春の陽気のようなふわふわと穏やかな人物なのに、頭の奥で妖しい警鐘がなるので遠巻きに見ている。ふと目が合った気もするが、白衣の男が歩き去った後に祠の後ろから出る。
「金村おはよう。なに俺らと山駆けに行く? 」
「あっ、金村さんおはようございます! 」
山門まで戻ると、山駆けする烏達が集まっていて口々に声を掛けてきた。
「……っす」
見習いの若い烏もいたので気を引き締めて挨拶を返すと、なぜか若い烏は震えている。もともと目の周りに隈があって目付きは良くない、いつもの光景に兄弟子は笑っていた。
屋敷の生垣前を通り過ぎた時、不思議な声がした。
「おぬし、祠の掃除とは、なかなか殊勝じゃな~」
生垣の中から小さな声がする。声の主を探して庭へ入ったら小さいおっさんがいた。小さいおじさんは、都市伝説で目撃例が沢山ある小人の怪異だ。
声を掛けてきたおっさんは、よく見ると背中に蛾の羽がついている。
――――小さいおっさんの亜種? いや羽が付いてるから妖精か?
都市伝説の『小さいおじさん』を思い出しながら金村が不審な顔で見つめていると、小さいおっさんは朗らかに話しかけてくる。
「おぬし……何か違うこと考えておるじゃろ。儂は勝手に人の部屋へ侵入したり、緑色の肌はしておらん、こう見えても偉い神様なんじゃぞ」
笑っていた小さいおっさん妖精は、しょぼんとした顔になり姿をスゥゥと消した。
「金村、明日の会議資料を出しているから、確認してまとめておいてくれ」
「分かりました」
書斎のテーブルに沢山の資料が置かれていた。当主の九郎とは友人で普段は名で呼ぶが、他の烏達との兼ね合いやケジメのため仕事中は苗字で呼ばれる。
スーツの上着を羽織った九郎は、これから大伴を同伴して会合へ出かける段取りをしていた。
「オマエ、この量の資料まとめるの? 俺やりたくないから帰って来るまでに終わらせとけよな~」
スーツ姿の大伴が軽口をたたく、もちろん口だけでちゃんと手伝ってくれる性格なのは理解している。
退魔師の仕事など初めての経験だったので、最初は皆にやり方を学んだ。会議以外にも仕事は依頼討伐から怪異の調査、御札作成など多岐にわたる。烏の当主にもなると土地持ちの権力者の依頼もあり、よけいな会合にも出席しなければならないようだ。
苦手な会合の同伴ではなくて内心ホッとする。九郎達が出掛けてから山盛りの資料を手に取り、ここからは金村のペースで仕事を進めた。
時計を見るとちょうど昼時で椅子にもたれて腕と背筋をのばした金村は、コーヒーを飲むため食堂へ向かう。
廊下を歩いていたら、老年に差し掛かる年齢の片眼鏡の男が厳しい目で金村を瞥見した。
「まったく、最近の風紀はどうなっているのやら……」
すれ違いざま、あきらかに此方へ向けて言葉が放たれる。たしかに金髪でピアス穴も沢山あるけれど、ちゃんと確認して許可を取っている。金村は何も言わずに片眼鏡の男を見つめた。
「敬いも知らんのか? 貴殿はたしか側近だな? 九郎殿は部下の教育もでき――」
九郎の名前まで出てきて金村の目付きは更に悪くなった。目に隈があって素の顔でも目付きは悪い方だが、ますます険悪な雰囲気がただよう。
ふと肩へ手を置かれ、後ろに人の気配がした。
「いろいろな人が居てこそ烏の可能性は生まれます。彼の風貌も使いようですよ、それも含めて御当主は考えられているのでしょう。葛城殿もそこに目を付けられるとは、なかなかですなぁ」
金村の背後から、大らかな一進の声がした。憎まれ口をたたいていた片眼鏡の男は、何も言えなくなって廊下を歩き去った。
「すまないね、彼はちょっと厳しい人なのだよ」
一進はにっこりと笑って立ち去った。当主を九郎へ譲渡した後も、前ノ坊一進はこうして神出鬼没に出入りしている。知らない内に背後をとられた金村は呆然と見送った。
空気も澄んで気持ちの良い朝、金村は朝練をこなして烏の家で朝食をとる。自分の家で作ることもあるが、こっちで食べたほうが品数も沢山あって美味い。
本日はオムレツと野菜のベーコン巻き、コーンスープに果物とトーストだ。食事係が作った料理を受け取ってトレイへ淡々とのせる。
屋敷には専用の料理人が居るけれど、仕事で外出した時に出先で自炊できるように食事当番をする日もある。買った弁当で済ませ飯などロクに作ってこなかった金村だが、ジャガイモの剥き方から教えてもらった。一見面倒臭そうに思えても気付いた頃には、ひと通りの食事は作れるようになっていた。
ケチャップをかけたオムレツを食べていると、隣へ見知った顔が座る。
「おはよっ、亮! 」
「…………す」
朝から満面の笑みで兄弟子の三宅がトレイを並べて置いた。大伴以外に三宅とは仕事のパートナーを組むことも多く、スケジュールがよく合う。騒々しくてフランク過ぎるところを除けば、烏に精通していて顔も広い。
金村は兄弟子を横目でチラリと見て、無言でオムレツを口へ運ぶ。三宅は気にもせずに満面の笑みのまま、オムレツとトーストの載った優雅なトレイを覗きこんだ。
「朝からそんな少食で、よく足りるよなぁ」
納豆を混ぜ終えた三宅は、浅漬けと醤油を投入して御飯へかける。
朝から焼いたぶつ切りの赤身肉を大きな皿へのせて成長期などとっくに過ぎた男は、もうすぐ三十路になるはず。三宅は華奢ではないが身体つきは小さく、本人は170cmあると豪語しているけど、サバを読んでいる感は否めない。
童顔も相まって並んでいたら、金村の方が年上に見られがちだった。
「白猪さんは? 」
いつも三宅と一緒にいる白猪がいないので尋ねた。
「あいつなら、今日は別任務で出張中」
同じ烏とは言え、行き先はそうそう教えてもらえない。烏の中でも互いの役割は違う、三宅と白猪は小さい頃から同じ環境で育ったのに現実は厳しいようだ。
もっとも当の本人は周囲の評価を物ともせず笑い飛ばしている。金村が隣を見ると肉の付け合わせのブロッコリーを口いっぱいに頬張っていた。
朝食を終えた金村は屋敷を出て石畳を歩いた。
自宅へ帰ってもいいが、仕事の時間までヒマなので山門と禁足地の間にある祠へ参る。ここへ来てから気に入っている静かな場所で、何度か足を運んでいる。
山の安全祈願のための祠で中身は石の地蔵、しかし不思議な気に満ちている。ときおり祠の屋根へ【チ】と呼ばれる御魂が寄りついていたり、変わった生き物を見かけたりする。【チ】がいれば屋根に乗って金村の行動をじっと見ているのだが、今日はいないので不思議な気だけ漂っていた。金村は前日に落ちた枝や葉っぱを取り除いて祠を綺麗に掃除する。
霧深い御山の朝は、朝陽が昇るとともに晴れていく。
見えないほど重なり合った白い靄の向こうから、白衣の人物が歩いてきた。霧の中から光球が勢いよく飛び出してついて来ている。いつものごとく手をヒラヒラさせて追いはらってる姿を祠の影から窺った。
春の陽気のようなふわふわと穏やかな人物なのに、頭の奥で妖しい警鐘がなるので遠巻きに見ている。ふと目が合った気もするが、白衣の男が歩き去った後に祠の後ろから出る。
「金村おはよう。なに俺らと山駆けに行く? 」
「あっ、金村さんおはようございます! 」
山門まで戻ると、山駆けする烏達が集まっていて口々に声を掛けてきた。
「……っす」
見習いの若い烏もいたので気を引き締めて挨拶を返すと、なぜか若い烏は震えている。もともと目の周りに隈があって目付きは良くない、いつもの光景に兄弟子は笑っていた。
屋敷の生垣前を通り過ぎた時、不思議な声がした。
「おぬし、祠の掃除とは、なかなか殊勝じゃな~」
生垣の中から小さな声がする。声の主を探して庭へ入ったら小さいおっさんがいた。小さいおじさんは、都市伝説で目撃例が沢山ある小人の怪異だ。
声を掛けてきたおっさんは、よく見ると背中に蛾の羽がついている。
――――小さいおっさんの亜種? いや羽が付いてるから妖精か?
都市伝説の『小さいおじさん』を思い出しながら金村が不審な顔で見つめていると、小さいおっさんは朗らかに話しかけてくる。
「おぬし……何か違うこと考えておるじゃろ。儂は勝手に人の部屋へ侵入したり、緑色の肌はしておらん、こう見えても偉い神様なんじゃぞ」
笑っていた小さいおっさん妖精は、しょぼんとした顔になり姿をスゥゥと消した。
「金村、明日の会議資料を出しているから、確認してまとめておいてくれ」
「分かりました」
書斎のテーブルに沢山の資料が置かれていた。当主の九郎とは友人で普段は名で呼ぶが、他の烏達との兼ね合いやケジメのため仕事中は苗字で呼ばれる。
スーツの上着を羽織った九郎は、これから大伴を同伴して会合へ出かける段取りをしていた。
「オマエ、この量の資料まとめるの? 俺やりたくないから帰って来るまでに終わらせとけよな~」
スーツ姿の大伴が軽口をたたく、もちろん口だけでちゃんと手伝ってくれる性格なのは理解している。
退魔師の仕事など初めての経験だったので、最初は皆にやり方を学んだ。会議以外にも仕事は依頼討伐から怪異の調査、御札作成など多岐にわたる。烏の当主にもなると土地持ちの権力者の依頼もあり、よけいな会合にも出席しなければならないようだ。
苦手な会合の同伴ではなくて内心ホッとする。九郎達が出掛けてから山盛りの資料を手に取り、ここからは金村のペースで仕事を進めた。
時計を見るとちょうど昼時で椅子にもたれて腕と背筋をのばした金村は、コーヒーを飲むため食堂へ向かう。
廊下を歩いていたら、老年に差し掛かる年齢の片眼鏡の男が厳しい目で金村を瞥見した。
「まったく、最近の風紀はどうなっているのやら……」
すれ違いざま、あきらかに此方へ向けて言葉が放たれる。たしかに金髪でピアス穴も沢山あるけれど、ちゃんと確認して許可を取っている。金村は何も言わずに片眼鏡の男を見つめた。
「敬いも知らんのか? 貴殿はたしか側近だな? 九郎殿は部下の教育もでき――」
九郎の名前まで出てきて金村の目付きは更に悪くなった。目に隈があって素の顔でも目付きは悪い方だが、ますます険悪な雰囲気がただよう。
ふと肩へ手を置かれ、後ろに人の気配がした。
「いろいろな人が居てこそ烏の可能性は生まれます。彼の風貌も使いようですよ、それも含めて御当主は考えられているのでしょう。葛城殿もそこに目を付けられるとは、なかなかですなぁ」
金村の背後から、大らかな一進の声がした。憎まれ口をたたいていた片眼鏡の男は、何も言えなくなって廊下を歩き去った。
「すまないね、彼はちょっと厳しい人なのだよ」
一進はにっこりと笑って立ち去った。当主を九郎へ譲渡した後も、前ノ坊一進はこうして神出鬼没に出入りしている。知らない内に背後をとられた金村は呆然と見送った。
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