上 下
46 / 141
第四章

その後の話

しおりを挟む


 パチン。

 ポキッ、ポトリ。

「はっ!? 」

 花鋏はなばさみで切断に失敗した枝が落ちる。夜空で輝く月のごとく美しい男の口から似つかわしくないけた声がでた。びんのほつれなくキッチリまとめられた端麗たんれいで立ちには、いつも居間で茫洋ぼうようとしている不躾ぶしつけな面影はない。

 シャツへ花器の水が跳ね、脇へ置いていたタオルで拭く。襦袢じゅばんの代わりにハイネックシャツを着た姿は、ひと昔まえのレトロな服装を彷彿とさせる。その膝元には晩秋の草花がならんでいた。

 美しい所作しょさで伸びた手は転がった枝を拾い、花鋏で白枝の根元を形よく切る。

 白枝を持ったまま月読はため息を吐いた。どうやら花をけながら別の事を考え、まったくのうわそらのようだ。



「花とは珍しいな」

 廊下から聞こえてきた低い声に月読はビクリと反応した。

 客間の外へ仕事を終えた男が立っている。九郎は邪魔をしない程度の場所へ腰をおろした。とは言っても手元をのぞきこめるくらい近く、月読は後ろをつい意識してしまう。

――――なぜ、そこへ座る?

 あやしい薬で起こった悲劇のあと、何となしにけて生活をしていた。気持ちよくなかったとか、身体の相性が悪いというわけでもなく――――むしい方だった。思い出しそうになった月読は、記憶を忘却の彼方かなたへ押しやる。往生際おうじょうぎわが悪いとひのえに言われそうだ。

 心と身体が散り散りで、対処しきれずに困っている。

 パサリ。

「あっ」

 手元が狂って落ちた野バラの紅い実が転がる。もちろん九郎にもしっかり見られているが、やや後ろにいるため表情は分からない。こういう時、寡黙かもくな男の無口さはじつのろわしい。



「毎月龍之介りゅうのすけさんに頼んでいるのだけど、たまには自分でけるのも良いかと思ってな」

 月読は場をなごますため口をひらく。さっきまで元世話役せわやくの龍之介の家へ花を受け取りに出向いていた。華道かどうは龍之介に手ほどきを受け、今でも彼は定期的に屋敷の花を生けに訪れる。

 白枝とあかい実のついた野バラのつる花留はなどめへ差し込めば、濃茶の蔓が面白い曲線を描いた。赤と白のケイトウは鮮やかに目立ち、草物くさものを花留めのうえへおおす。

「もともとはいんようの調和や天地人てんちじんをあらわしたいわれだが、最近は自由なものも増えてる。来月は12月だからクリスマス用の花を使ったり、飾りをつけてド派手はでにも出来るぞ。……そちらの方が良かっただろうか? 」

 白枝に深みのある赤色が映えて、シンプルで落ち着いた配色はド派手にはほど遠い。しぶい色だけど赤と白の組合せはクリスマスのように見えなくもない。月読はとこへ花器を置いてしばし眺め、気になる部分を手直てなおしした。出来上がった花器かきを九郎が眺めていたので出来を聞く。

 九郎は首を横へふり、月読は眉毛をあげた。

 後片づけを終え客間の縁側でくつろぐ、見ごろを過ぎた紅葉が葉をおとすさまを見渡せる。

「もうすぐ師走しわすだ。お前が御山おやまへ帰るまえ訪れたのは、去年の正月頃だったか? 」

「そうだな」

 他愛たあいもない話をして、窓から差し込むほのかな陽だまりで茶を飲む。会話は続かず九郎は物言いたげに此方こちらを見つめている。その様子にしびれを切らせて先に尋ねた。

「なんだ?」
「俺の事、けてるか? 」

――――はい。いきなり本題きた。
 平静をよそおっていた月読の片眉はピクリと動く。

 流石さすがにストレート過ぎないかと思い視線を向けると、いたって真剣な眼差まなざしだった。あやしい薬を飲んだがため起こった一夜の出来事、そう片付けるには2人の繋がりは強くなり過ぎてしまった。もはや、はぐらかす事もできない。

「う……その……薬であんな状態になって心疚こころやましいと言うか……心の整理がついていない。どういう顔でお前と対面したらよいのか分からないのだ」

 ばつが悪くてもぞもぞしながら答える。これが散々遊んできた男の名折れ、情けなくて大きく息をつく。しかし真摯しんしな男へこたえた。

「あんなあやしい薬は2度と食べない、安心していいぞ! 」
「……そうか? 」

――――あれ?
 九郎はなぜか若干残念そうな顔をして月読は頭をひねる。拳を握りしめた九郎は決意した表情で前を向いた。

「わかった。薬はなしで身体の関係をきずけばいいのか」

「ん? んん? ちょっっと待って」

 築く物の前提ぜんていが間違っている気がする。呼び止める前に納得した顔の九郎は行ってしまった。ぽつねんと縁側へ取り残され、陽だまりで茶をすする。



 窓の外は烏羽からすばを広げたような密度の濃い闇におおわれる。暖房を切るとひんやりした風が足元へ流れた。洗面所から廊下を早足で歩き、寝室の扉をひらけばあらかじめ暖めていた空気に包まれる。

 足元に布団が一対いっつい敷かれていた。しかもピタリとくっ付いている。

 月読は立ち止まって、しげしげ一対の布団を見下ろした。深く考えず広いベッドだと思うようにしたが、扉から流れる冷気と共に大きな影がぬっと入って来た。

「九郎……これは……」

 ざわつく心をひた隠し、月読は声をかける。

「今日からここで寝る」
「えっ? 」

 何を言っているのか理解できず、間を置いてふたたび声を上げる。けれど九郎は意にかいさず猛猛たけだけしい態度だ。彼が屋敷に住みはじめた頃のデジャヴを感じ、月読は深呼吸しんこきゅうをして心をしずめる。挙動不審きょどうふしんに台所へいき、コップの水を飲んでから寝室へ戻った。

 状況は変わらない、九郎はすでに布団へ横になっていた。

――――寝てる……だと!? 落ち着け、どうするんだ、これどうしたらいい?

 ちゃっかり寝ている男を後目しりめに月読は思索する。とりあえず布団の端を引き布団同士を離した。何事も無かったように掛け布団をかぶり、枕元のあかりを消して目をつむる。

 やはり寝つきは悪く、月読は夜中に目を覚ました。となりはすっかり寝た様子でホッとして布団へ潜ろうとした。ところが離したはずの布団がくっ付いている。そっと敷布団を引っぱって隙間すきまを開けるけれど、目を開けると布団のすきまは埋められてる。目覚めるたび謎の攻防はつづき、気になって仕方しかたがない。とうとう最後は眠気に負けて泥のごとく眠ってしまった。



 落ちつく匂いがする。熱い身体に包まれて心地いい夢を見ていた。腕に抱いた柔らかい女は、絹のようになめらかな肌で微笑んでる。

 豊満な胸に触れ――あれ? 硬いな……。
 しなやかな背中を撫で――ずいぶん広背筋が発達して、結構ゴツイ女だ。
 れた桃尻――かたっ! カッチカチじゃないか。

 月読はうんうん唸って、手をガサゴソと動かした。

「……ら」

 よく分からない夢にうなされる月読を呼ぶ声がする。どうやら体温の高い誰かの腕の中にいる。頑張って重いまぶたをこじ開けるものの、ぼんやりして物凄ものすごく眠い。夢の続きを見るべく、硬い物へ顔を押し付けて唸っていると額へ熱い唇が触れた。

「ん……」

 口付けた唇は離れた。夢とうつつの間で月読は再び半眼を閉じる。

「あきら」

 今度はハッキリ聞こえた。はっとして目をひらき、寝ぼけた頭で状況を確認する。いつの間にか布団へ入っていた九郎に抱きしめられていた。本当の状況は逆だ、月読が九郎の布団へ侵入していた。ぴったりと絡まりあい、腕も背中へまわされていた。キスされて熱い舌が月読の口内を思うさまなぶる。

「う……んぅ」

 朝っぱらから布団の中で濡れた音がする。アラームがけたたましく鳴り、起床時間を知らせる。ようやく目の焦点しょうてんが合い、目つきの悪いくろうの顔が正面にあった。

「九郎。お、おはよう! 」
「……おはよう」

 先制して声を発すると、少々不機嫌ふきげんな低い声が返ってくる。月読は鳴り続けるアラームを止め、そそくさ九郎の腕から抜け出て急ぎ風呂場へと消えた。



 九郎と同じ部屋で寝ることになった数日後、そのまくはあっけなく降ろされる。原因は月読の寝相の悪さだった。相手をったり暴れたりはしない、ただ朝起きると必ず抱きついている。律儀りちぎな九郎が睡眠を妨害することは決してなかった。くまが日に日に濃くなっていく男は、とうとう屋敷を訪れる部下から心配されていた。

「お前さ、ちゃんと眠れてるのか? 」

 なんとなく理由に心当たりのある月読が気遣きづかって尋ねる。

あきら……ひとつ頼みがある……寝てる間に襲ってもいいか? 」

 かすれてドスの効いた声がひびき、じっとりとした九郎の視線が突き刺さった。目のくまは烏羽のように青黒く、目つきの悪さに拍車をかける。

「ぜったいダメ、駄目に決まってるだろうっ」

 月読は飲んでいた茶でムセて即答した。こうして寝室の攻防戦は月読の不戦勝で幕を閉じて、九郎は自分の部屋へ帰り日常が戻ってきた。

 かわりに居間や風呂あがりに目付きの悪いカラスに襲われるようになったのは、また別の御話おはなし。とっぴんぱらりんのぷう。





―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

昔話につきものの「とっぴんぱらりんのぷう」は「はいおしまい」や「めでたしめでたし」という意味だそうです。
秋田の方言だそうで締めの言い方は地域によって違います。絵本や昔話の影響などで知っている方は多いかもしれませんね。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

変幻自在の領主は美しい両性具有の伴侶を淫らに変える

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:62

【完結】華の女神は冥王に溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:111

あした、きみと喧嘩する日

BL / 完結 24h.ポイント:1,980pt お気に入り:35

きみを見つけた

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:70

白と黒のメフィスト

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:175

吸血鬼専門のガイド始めました

椿
BL / 完結 24h.ポイント:71pt お気に入り:79

ムキムキ変態騎士団長 ~筋肉無双物語~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:11

神官さんと一緒

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:4

身代わり羊の見る夢は

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:40

muro - 使われたい男、使う男 -

BL / 連載中 24h.ポイント:1,093pt お気に入り:238

処理中です...