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閑話 ~日常や裏話など~
#金村の御山日誌「月読様と出会う1」
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#風変わりな烏の金村が月読と初めて会った話。
【烏】は運命共同体だ、集まった者達は互いに助け合う。
裏では相当有名な退魔師の一門で、兄弟子の中には他の仕事のついでに退魔師をしている者もいる。全国に縁者は多く、小さな作業から大きな依頼まで仕事はさまざまある。
独りで生きてきた金村は、集団生活に戸惑ったがそのうち慣れた。
御山の外から来た者を烏達も最初こそ物珍しそうに見ていたけれど、数週間経つ頃には毛色の違う烏は群れに溶け込んでいた。古いしきたりはあるものの多様な者が入り混じっている為、人と違っていても気にしない様だ。
金村は極端に口数が少ない、烏達は九郎という寡黙な存在がいるので慣れている様子だ。しかし九郎は無口でも分かりやすい言葉を巧みに使い、伝えるべきことは明確に伝達する。出来る男になる予定の金村は見習う必要がある。
当主を継いだばかりで忙しい九郎に代わり、大伴という兄弟子を付けられ内情を学ぶ。
大伴はおちゃらけた性格なのに技量はあり仕事の手際は良い。最初は大伴のようなタイプの人間と合うのかと心配したけれど、根がすごく優しい性分で金村の修行にも根気よく付き合ってくれる。
そして烏の者達は強い。退魔師だが歴史の騒乱の中では、諜報活動や戦場にも赴いていたそうだ。金村もたいがい鍛えて飯綱の道場では敵なしだったが、烏の道場に来てから兄弟子に体力すら追いつかず修練後はヘトヘトになる。
汗で重たくなった道着の上半身を脱いで畳へ尻をついて荒く呼吸していると、騒々しい兄弟子が話し掛けてきた。三宅の声が疲労した鼓膜をすり抜ける。三宅は年下だと思っていたのに、実際は大伴よりも年上だ。その小柄な男でさえ金村より体力がある。
金村は気を引き締めて、組手のため兄弟子と向きあう。
「小さい荷物なら、耳につけて運べないかな? 俺といっしょに運搬技術の新境地を作ろうぜ! 」
「……無理っす」
三宅はピアスの穴を見て、真面目に訊いてきた。興味深そうにクルクルまわる目は、着眼点が一般と異なっている。
御山は金村の育った環境と真逆、薬心寺の門下生とくらべても霊的な存在が見える者はたくさんいる。大門の内側に住まう者達は見えるのが日常、麓に居住する人々も見えている者は多い。家筋が強くて見えるのか、御山の影響で見えるようになるのかは不明だ。
逆もまた然り、御山は龍神ふくめ見えざるものが八百万に棲んでいる。
中腹の集落には【烏】の他に【月読】、【鬼】の家がある。【猿】は御山から少しはなれた北東に生活圏があって余り見かけない。屋号のような物だが的確に性格を表しているという、金村もこれからは烏以外の者とも接していく事になるだろう。
御山に来てから約1カ月、金村は烏として遜色なく鍛え上げられた。まだ学ぶところは多いが飯綱の道場で培われた潜在能力は高く、一人前の烏として活動する。
某日、月読へ紹介すると九郎から告げられた。
「月読って……神様の名前じゃないんすか? 」
「古文書の神話ではな、ここでは代々伝わる家長の名だ」
どこかで聞きかじった名前を聞き金村が口にすると、九郎は御山での【月読】の役割について教示する。月読は御山の神々と集落を繋ぐ中心的な存在だと云う。
外部から人材を登用しはじめる時代まで、【月読】が本家で【烏】は分家だったと大伴から耳にしていた。古い分家筋は今でも残っていて前ノ坊は分家、金村には分からない確執が数多あるのだろうと推しはかる。
集落の中央に屋敷があって、当代の月読は暮らしていた。
金村は九郎に伴われ玄関前へ立つ、呼び鈴を鳴らすとメガネを掛けた小柄で丁寧な男が応対した。めったに緊張しない金村だが、プレッシャーを感じて表情が強張る。
一礼してから客間へ入れば、、九郎にも劣らない体格の良い男が座していた。髪はきれいに結われ一糸乱れぬ身形で背筋を伸ばした男が顔をこちらへ向ける。九郎に紹介されて金村は挨拶を述べた。
夜空に浮かぶ月のように白く輝いた面は、秀麗でゾクリとするほど冷たい。透きとおった瞳がこちらを向く、心の奥底まで見通すような瞳と金村は目を合わせられず俯いた。
金村は人から出るオーラが見える。個別に色があって放出する大きさも違う、しかし眼前の男は何も見えない。見えないのに得体のしれぬ圧に包まれている気がした。
挨拶後、礼をして退室しようすると呼び止められて側へ来るように申しつけられた。あせった金村が九郎の顔をうかがうと頷いたので観念して月読の側へ寄る。
座って左目を閉じるよう示唆されて、腰を下ろして目を閉じた。金村の左目へ月読の手が翳される。瞼の上から氷を押し当てられた様な感覚があり、ヒヤッとして呻きそうになる。
少し経って左目がじわりと温かくなった。
「呪いの残像、魔物は滅したが根は残ったのだろう。傷ついて欠けていた分は補填した」
金村が目を開けたとき暗く重かった左目が軽くなり、一生見えないままだと思為ていた左目に視力が戻っていた。
「目の調子が悪くなった時は、また来て下さい」
淡々と事もなげに言う月読を見て、金村は呆気にとられる。
顔合わせが終わり屋敷を後にする。本家と分家、何が違うのだと金村は思っていた。いざ目にすると格の違いに茫然とする。宵闇に輝く月のごとき冷冷たる男が記憶に甦る。
「九郎さん……あの人、本当に人間なんですか? 」
率直に訊くと、九郎は苦笑を浮かべた。
【烏】は運命共同体だ、集まった者達は互いに助け合う。
裏では相当有名な退魔師の一門で、兄弟子の中には他の仕事のついでに退魔師をしている者もいる。全国に縁者は多く、小さな作業から大きな依頼まで仕事はさまざまある。
独りで生きてきた金村は、集団生活に戸惑ったがそのうち慣れた。
御山の外から来た者を烏達も最初こそ物珍しそうに見ていたけれど、数週間経つ頃には毛色の違う烏は群れに溶け込んでいた。古いしきたりはあるものの多様な者が入り混じっている為、人と違っていても気にしない様だ。
金村は極端に口数が少ない、烏達は九郎という寡黙な存在がいるので慣れている様子だ。しかし九郎は無口でも分かりやすい言葉を巧みに使い、伝えるべきことは明確に伝達する。出来る男になる予定の金村は見習う必要がある。
当主を継いだばかりで忙しい九郎に代わり、大伴という兄弟子を付けられ内情を学ぶ。
大伴はおちゃらけた性格なのに技量はあり仕事の手際は良い。最初は大伴のようなタイプの人間と合うのかと心配したけれど、根がすごく優しい性分で金村の修行にも根気よく付き合ってくれる。
そして烏の者達は強い。退魔師だが歴史の騒乱の中では、諜報活動や戦場にも赴いていたそうだ。金村もたいがい鍛えて飯綱の道場では敵なしだったが、烏の道場に来てから兄弟子に体力すら追いつかず修練後はヘトヘトになる。
汗で重たくなった道着の上半身を脱いで畳へ尻をついて荒く呼吸していると、騒々しい兄弟子が話し掛けてきた。三宅の声が疲労した鼓膜をすり抜ける。三宅は年下だと思っていたのに、実際は大伴よりも年上だ。その小柄な男でさえ金村より体力がある。
金村は気を引き締めて、組手のため兄弟子と向きあう。
「小さい荷物なら、耳につけて運べないかな? 俺といっしょに運搬技術の新境地を作ろうぜ! 」
「……無理っす」
三宅はピアスの穴を見て、真面目に訊いてきた。興味深そうにクルクルまわる目は、着眼点が一般と異なっている。
御山は金村の育った環境と真逆、薬心寺の門下生とくらべても霊的な存在が見える者はたくさんいる。大門の内側に住まう者達は見えるのが日常、麓に居住する人々も見えている者は多い。家筋が強くて見えるのか、御山の影響で見えるようになるのかは不明だ。
逆もまた然り、御山は龍神ふくめ見えざるものが八百万に棲んでいる。
中腹の集落には【烏】の他に【月読】、【鬼】の家がある。【猿】は御山から少しはなれた北東に生活圏があって余り見かけない。屋号のような物だが的確に性格を表しているという、金村もこれからは烏以外の者とも接していく事になるだろう。
御山に来てから約1カ月、金村は烏として遜色なく鍛え上げられた。まだ学ぶところは多いが飯綱の道場で培われた潜在能力は高く、一人前の烏として活動する。
某日、月読へ紹介すると九郎から告げられた。
「月読って……神様の名前じゃないんすか? 」
「古文書の神話ではな、ここでは代々伝わる家長の名だ」
どこかで聞きかじった名前を聞き金村が口にすると、九郎は御山での【月読】の役割について教示する。月読は御山の神々と集落を繋ぐ中心的な存在だと云う。
外部から人材を登用しはじめる時代まで、【月読】が本家で【烏】は分家だったと大伴から耳にしていた。古い分家筋は今でも残っていて前ノ坊は分家、金村には分からない確執が数多あるのだろうと推しはかる。
集落の中央に屋敷があって、当代の月読は暮らしていた。
金村は九郎に伴われ玄関前へ立つ、呼び鈴を鳴らすとメガネを掛けた小柄で丁寧な男が応対した。めったに緊張しない金村だが、プレッシャーを感じて表情が強張る。
一礼してから客間へ入れば、、九郎にも劣らない体格の良い男が座していた。髪はきれいに結われ一糸乱れぬ身形で背筋を伸ばした男が顔をこちらへ向ける。九郎に紹介されて金村は挨拶を述べた。
夜空に浮かぶ月のように白く輝いた面は、秀麗でゾクリとするほど冷たい。透きとおった瞳がこちらを向く、心の奥底まで見通すような瞳と金村は目を合わせられず俯いた。
金村は人から出るオーラが見える。個別に色があって放出する大きさも違う、しかし眼前の男は何も見えない。見えないのに得体のしれぬ圧に包まれている気がした。
挨拶後、礼をして退室しようすると呼び止められて側へ来るように申しつけられた。あせった金村が九郎の顔をうかがうと頷いたので観念して月読の側へ寄る。
座って左目を閉じるよう示唆されて、腰を下ろして目を閉じた。金村の左目へ月読の手が翳される。瞼の上から氷を押し当てられた様な感覚があり、ヒヤッとして呻きそうになる。
少し経って左目がじわりと温かくなった。
「呪いの残像、魔物は滅したが根は残ったのだろう。傷ついて欠けていた分は補填した」
金村が目を開けたとき暗く重かった左目が軽くなり、一生見えないままだと思為ていた左目に視力が戻っていた。
「目の調子が悪くなった時は、また来て下さい」
淡々と事もなげに言う月読を見て、金村は呆気にとられる。
顔合わせが終わり屋敷を後にする。本家と分家、何が違うのだと金村は思っていた。いざ目にすると格の違いに茫然とする。宵闇に輝く月のごとき冷冷たる男が記憶に甦る。
「九郎さん……あの人、本当に人間なんですか? 」
率直に訊くと、九郎は苦笑を浮かべた。
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