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閑話 ~日常や裏話など~
#金村の御山日誌「金村 亮」
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#脇役の風変わりな烏の話。
頼まれた仕事を終え、ライブスタジオを出た金村は雑多とした路地を歩く。
深夜にもかかわらずビルの看板は煌々と明るく、都会の喧噪は止まない。酔って路上でイビキをかくサラリーマンを後目に、ポケットへ手を突っこみ背中を丸めた。せまい路地裏から陰気がながれ、暗い隙間に人の形をした影が佇んでいる。見慣れた光景を横目にしながら通りすぎた。
両親は子供の頃、不慮の事故で両方他界して天涯孤独の身。親戚の家をたらい回しにされ、高校を卒業した後は世話になった家をでた。遺産が幾らか残っていたので、スタジオでバイトしながら美容師の資格を取るため専門学校へ通っている。
金村は子供の頃、経験した事故を忘れない。
両親と楽しかった旅行、トンネルで窓へ張りつく無数の黒い手が見えた。トンネルを抜けて父はハンドル操作を誤り、車は引きずり込まれるように谷底へと落ちた。
幼い金村亮は1人生き延びた。あの大事故、どうやって助かったのかは分からない。
金村は見鬼だった。幼少期、誰もいない空中へ話しかける亮を両親は不思議そうに見守っていた。小学生の時は他の子も当り前に見えてると思っていて、校庭に立つ黒い影や木からぶら下がる人の話をすると、同級生は怖がり嘘つき呼ばわりして次第に遠巻きになった。この力は難点となり、問題児として両親が死んだ後も親戚から厄介者あつかいされる。
人々は理解できないものを見る金村へ様々な目を向ける。怖れ、妬み、好奇、否定、縋りつく者もいた。そんな関係が嫌になって、見えない周りの人達の生活を羨んだ事もある。だが羨んだところで見える事には変わりはない。
過去に人外のものに関わり危ない目にもあった。生きた者も死んだ者も避け、金村は背中を丸めてひたすら目立たないように生きていた。
そんな金村の生活を変える出来事が、専門学校に入りたての春先にあった。
学校の帰り道に原付で河川沿いの橋を走っていたら、車が土手へ乗りあげ川へ突っ込んでいく。金村には見えた。川の中から得体のしれない大きな塊が車のフロントを無数の手でつかみ、引き込もうとしていた。今にも川に落ちそうな車は柵に引っかかった。
両親の事故が頭を過ぎり、金村はバイクを路肩に乗り捨て走った。無我夢中で後部座席の窓を割って開け、車中にいた人を引きずり出す。パニックに陥ってる運転手を車の外へ出した時、車は大きな黒い塊と一緒に川へ落ちた。
後日小さくニュースに載るくらいの騒ぎになって、その後は無難に過ごしていた。
それから周囲で異変が起こり始める。いつものように原付で橋を渡っていると嫌な臭いがして川縁からあの黒い塊が見ていた。帰るルートを変更して河を迂回していたが、日に日に黒い塊は近づき、とうとう家の近辺へ姿を現わした。
邪魔して完全に目を付けられたらしい、窓のカーテンを引いた金村は不味いことになったと溜息をつく。
金村は駅から離れた閑静な住宅地に面したマンションの2階に住んでいた。穏やかだった住宅地は荒れはじめ、近所の犬が無残な死体で発見された。それは序の口で問題が起きるようになった。傷害事件や近所同士の諍いの声が聞こえ、殺伐とした空気が流れる。
一連の出来事は黒い塊の仕業だと思い、金村は暗くなってからリュックを背負い原付へ乗った。
「おい! こっちだ。俺はここにいるぞ! 」
黒い塊を発見して、どこが顔か判別できない化け物に向けて声を放つ。幸い動きは遅く原付で逃げられるほどのスピードだった。
金村はバイクで河川沿いを通り、橋をこえて遠くの山へと原付を走らせる。途中でいなくなる事も期待したが、化け物は執念深く追うのを止めない。
リュックに積んだ飲み物を口へふくみ振り返ったら、化け物は距離を開けて付いてきていた。時刻を確認すると午前3時、家を出て2時間半あまり経つ、遠くに見えていた山麓へ辿り着き峠のくねった坂道を登る。
峠で化け物をまこうと決めてバイクを走らせた。化け物は一定の速さだったのでカーブで徐々に差を詰められ、背筋に冷汗が流れる。金村は曲がりくねる道を見上げ、無心で原付を走らせた。
峠の頂上付近で後ろを確認すると化け物は消えていて、身体の震えと案緒の気持ちが半々で訪れる。しかし油断は尚早で甘かった。
原付の後輪へ何かがはさまり転んで放り出された。痛みにうめいて起きあがると、あの嫌な臭いがして崖側に原付がガリガリと引きずられていく。暗闇から蠢くものが現れた。化け物は道路ではなく崖を登って距離を縮めていたのだ。
バイクは踏まれてひしゃげ、じりじりと近づく化け物に息をのむ。何体もの霊体が折り重なるように黒い塊になっている。黒い膜の中で人の顔のようなものが蠢いて苦悶の声が聞こえた。足の痛みと恐怖で尻もちをついて動けなくなり、茫然自失とした。
――――殺される。
金村は浅はかさを後悔した。
対向車線からライトが猛スピードで近づき、タイヤがギュギュと音を立てて止まった。眩しいヘッドライトが金村と魔物を照らす。運転席から作務衣姿の坊さんが飛び降りて、化け物と金村の間へ割って入った。
背を向けた坊さんは化け物と対峙する。
背中ごしに真言のような経が聞こえて、化け物が苦しそうに呻く。方向転換して逃げようとした化け物の体は、何かに阻まれ動けなくなった。坊さんの唱える真言の声が重なっている。ヘッドランプに照らされた坊さんではなく、車の影に紛れてもう1人の僧侶が立っている。
真言に混ざって金属の法具が擦り合わせられた。その刹那化け物の黒い膜はパチンと破裂し、閉じこめられていた苦悶の顔たちが消えた。
黒い塊は破れた風船が垂れるように地面にたれて水溜りになった。臭気を発する水溜りは、時間が経つとカラカラに乾いて蒸発した。
坊さんに助けられた金村は軽トラックの荷台へ乗せられた。ひしゃげた原付も落ちないようロープで縛って載せ、10分ほど走り峠の頂上付近にある寺へ停車した。
寺の看板――扁額には【薬心寺】と書かれている。坊さんに呼ばれて寺ではなく境内に建つ隣の家へ招き入れられた。一般住宅と変わらない作りの玄関で、靴を脱ぎ居間へ通される。さっきまで一緒にいたもうひとりの僧侶は姿を消していた。
腹は減ってないか尋ねられ、台所へ行った坊さんは煮物や豆腐の田楽を持ってきた。部屋の時計を確認すると針は午前4時を指している。ずっとバイクで走り続けていたせいもあって、金村は急にお腹が減ってきた。坊さんへ軽く会釈をしてご飯に手をつける。久しぶりに食べた手作りの御飯は温かかった。
よほど酷い顔をしていたのだろう、坊さんは風呂をすすめ、客間へ布団を敷いて休むよう声をかけた。無事生還して気の抜けた金村は横になり、布団が暖かくてすぐに意識は途絶えた。
遠くで木を切るチェーンソーの音で目覚める。
金村のマンションではない見慣れない和室、夜中に起きた出来事を思い出した。慌てて居間へ行くと60代くらいの眼鏡をかけた坊さんが胡坐をくみ新聞を読んでいる。
「起きたのかね、おはようさん」
「……おはようございます」
立ち尽くしていると坊さんが顔を洗ってくるよう言うので洗面所へ向かう。化け物に襲われた時に着ていた服は、汗と泥にまみれて洗濯されていて作務衣を借りた。居間へ座ると坊さんは白飯と豆腐の味噌汁、納豆にお浸し、焼き鮭の朝ご飯を用意してテーブルへ並べる。金村は手を合わせてから食事を噛みしめて食べた。
食後、生活臭のする住居を出て寺の本堂へ案内される。正装して前に座った坊さんは、四角く囲われた場所へ火を焚いて経を上げている。お堂に読経が響き、炎は小さくなって終了した。
葬式以外で読経を聞くのは初めてだった。
金村は正座で痺れた足を揉みながら坊さんを見つめた。超能力では無さそうな化け物を倒したスーパーパワー、他にお坊さんと接する機会はあったけど目の前の坊さんのような人物には出会ったことはない。
たくさん聞きたい事があって頭をめぐる。
「あの……俺、御払いとかしなくていいんですか? 」
「魔物との縁は切ったよ、次は見かけても近づかない方がいいね」
間の抜けた質問をすれば、さっきのお焚き上げは第六天への供養で、魔物との縁を切ったと説明された。足の痺れではなく金村は心中がソワソワしていた。そんな様子を眼鏡を下にずらした裸眼の坊さんが観察している。
「君、武道とか武術に興味あるかね? 修行はちょっとあるけど力の使い方も教えるよ」
坊さんは笑いかけたが、金村は迷って冴えない表情をしてしまった。坊さんは笑顔をくずさないまま、いつでも連絡するようにと名刺を渡してきた。名刺には宗派や院号、電話番号など記載され【飯綱智平】と名が書かれていた。
衣服も乾き、帰りは軽トラックでマンションへ送り届けられた。故障したバイクは修理へ出し、金村は出費を嘆ずる。
かわり映えのしない日々が戻る。
飯綱の坊さんが頭の片隅を離れない。
――――もしも両親が事故にあった時に、あの力を使えていたら。
ベッドへ寝転がっても頭から離れなかった。金村は電話を手に取り、名刺に書かれた番号へかけた。
そこから金村の人生は転機を迎える。週末バイクをとばし2時間かけて坊さんの寺へ通った。仏教真言やら滝行、座禅と法術など、飯綱を師として学ぶ日々がスタートした。
飯綱には何人も弟子がいて、皆それぞれに教えを学んでいた。新しい事が目いっぱい頭の中へ入り、精進料理の天ぷらを揚げるのも上手くなった。専門学校との両立は大変だったが、澱んだ沼のようだった生活は変わりイキイキとする。
弟子には同じく見える者も数人いて、世のなか似たような悩みを持っている人たちが案外いるのだと金村は知った。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。
コーヒーブレイクならず脇役でブレイク。
もろもろの用語集です。
※真言…仏教の密教における呪。比較的短い呪のこと。
※第六天…仏語。欲界第六位の天。他の楽事を自由に自分の楽とする。魔王・天魔の王の所在、人々が仏道に入るのを妨げるもののことで、西洋の魔王の意味合いとは少々違う。
※滝行…滝の水流を受ける修行。霊験を得たり、心身の鍛錬や煩悩や穢れを払う。水垢離の一つ。
※座禅…坐禅。結跏趺坐、胡坐を組んで姿勢を正し、呼吸を整え精神統一して悟りを得るための修行。仏教の宗派によって違いがあり、禅宗の坐禅がもっとも有名。
※精進料理…原則、豆腐や豆、野菜や海藻など、植物性の材料だけを使った料理。弱った釈迦が乳粥を口にした事もあり、古く植物性でない食物でも含まれている。卵や油、出汁用のカツオ節や酒を使っている物もある。
頼まれた仕事を終え、ライブスタジオを出た金村は雑多とした路地を歩く。
深夜にもかかわらずビルの看板は煌々と明るく、都会の喧噪は止まない。酔って路上でイビキをかくサラリーマンを後目に、ポケットへ手を突っこみ背中を丸めた。せまい路地裏から陰気がながれ、暗い隙間に人の形をした影が佇んでいる。見慣れた光景を横目にしながら通りすぎた。
両親は子供の頃、不慮の事故で両方他界して天涯孤独の身。親戚の家をたらい回しにされ、高校を卒業した後は世話になった家をでた。遺産が幾らか残っていたので、スタジオでバイトしながら美容師の資格を取るため専門学校へ通っている。
金村は子供の頃、経験した事故を忘れない。
両親と楽しかった旅行、トンネルで窓へ張りつく無数の黒い手が見えた。トンネルを抜けて父はハンドル操作を誤り、車は引きずり込まれるように谷底へと落ちた。
幼い金村亮は1人生き延びた。あの大事故、どうやって助かったのかは分からない。
金村は見鬼だった。幼少期、誰もいない空中へ話しかける亮を両親は不思議そうに見守っていた。小学生の時は他の子も当り前に見えてると思っていて、校庭に立つ黒い影や木からぶら下がる人の話をすると、同級生は怖がり嘘つき呼ばわりして次第に遠巻きになった。この力は難点となり、問題児として両親が死んだ後も親戚から厄介者あつかいされる。
人々は理解できないものを見る金村へ様々な目を向ける。怖れ、妬み、好奇、否定、縋りつく者もいた。そんな関係が嫌になって、見えない周りの人達の生活を羨んだ事もある。だが羨んだところで見える事には変わりはない。
過去に人外のものに関わり危ない目にもあった。生きた者も死んだ者も避け、金村は背中を丸めてひたすら目立たないように生きていた。
そんな金村の生活を変える出来事が、専門学校に入りたての春先にあった。
学校の帰り道に原付で河川沿いの橋を走っていたら、車が土手へ乗りあげ川へ突っ込んでいく。金村には見えた。川の中から得体のしれない大きな塊が車のフロントを無数の手でつかみ、引き込もうとしていた。今にも川に落ちそうな車は柵に引っかかった。
両親の事故が頭を過ぎり、金村はバイクを路肩に乗り捨て走った。無我夢中で後部座席の窓を割って開け、車中にいた人を引きずり出す。パニックに陥ってる運転手を車の外へ出した時、車は大きな黒い塊と一緒に川へ落ちた。
後日小さくニュースに載るくらいの騒ぎになって、その後は無難に過ごしていた。
それから周囲で異変が起こり始める。いつものように原付で橋を渡っていると嫌な臭いがして川縁からあの黒い塊が見ていた。帰るルートを変更して河を迂回していたが、日に日に黒い塊は近づき、とうとう家の近辺へ姿を現わした。
邪魔して完全に目を付けられたらしい、窓のカーテンを引いた金村は不味いことになったと溜息をつく。
金村は駅から離れた閑静な住宅地に面したマンションの2階に住んでいた。穏やかだった住宅地は荒れはじめ、近所の犬が無残な死体で発見された。それは序の口で問題が起きるようになった。傷害事件や近所同士の諍いの声が聞こえ、殺伐とした空気が流れる。
一連の出来事は黒い塊の仕業だと思い、金村は暗くなってからリュックを背負い原付へ乗った。
「おい! こっちだ。俺はここにいるぞ! 」
黒い塊を発見して、どこが顔か判別できない化け物に向けて声を放つ。幸い動きは遅く原付で逃げられるほどのスピードだった。
金村はバイクで河川沿いを通り、橋をこえて遠くの山へと原付を走らせる。途中でいなくなる事も期待したが、化け物は執念深く追うのを止めない。
リュックに積んだ飲み物を口へふくみ振り返ったら、化け物は距離を開けて付いてきていた。時刻を確認すると午前3時、家を出て2時間半あまり経つ、遠くに見えていた山麓へ辿り着き峠のくねった坂道を登る。
峠で化け物をまこうと決めてバイクを走らせた。化け物は一定の速さだったのでカーブで徐々に差を詰められ、背筋に冷汗が流れる。金村は曲がりくねる道を見上げ、無心で原付を走らせた。
峠の頂上付近で後ろを確認すると化け物は消えていて、身体の震えと案緒の気持ちが半々で訪れる。しかし油断は尚早で甘かった。
原付の後輪へ何かがはさまり転んで放り出された。痛みにうめいて起きあがると、あの嫌な臭いがして崖側に原付がガリガリと引きずられていく。暗闇から蠢くものが現れた。化け物は道路ではなく崖を登って距離を縮めていたのだ。
バイクは踏まれてひしゃげ、じりじりと近づく化け物に息をのむ。何体もの霊体が折り重なるように黒い塊になっている。黒い膜の中で人の顔のようなものが蠢いて苦悶の声が聞こえた。足の痛みと恐怖で尻もちをついて動けなくなり、茫然自失とした。
――――殺される。
金村は浅はかさを後悔した。
対向車線からライトが猛スピードで近づき、タイヤがギュギュと音を立てて止まった。眩しいヘッドライトが金村と魔物を照らす。運転席から作務衣姿の坊さんが飛び降りて、化け物と金村の間へ割って入った。
背を向けた坊さんは化け物と対峙する。
背中ごしに真言のような経が聞こえて、化け物が苦しそうに呻く。方向転換して逃げようとした化け物の体は、何かに阻まれ動けなくなった。坊さんの唱える真言の声が重なっている。ヘッドランプに照らされた坊さんではなく、車の影に紛れてもう1人の僧侶が立っている。
真言に混ざって金属の法具が擦り合わせられた。その刹那化け物の黒い膜はパチンと破裂し、閉じこめられていた苦悶の顔たちが消えた。
黒い塊は破れた風船が垂れるように地面にたれて水溜りになった。臭気を発する水溜りは、時間が経つとカラカラに乾いて蒸発した。
坊さんに助けられた金村は軽トラックの荷台へ乗せられた。ひしゃげた原付も落ちないようロープで縛って載せ、10分ほど走り峠の頂上付近にある寺へ停車した。
寺の看板――扁額には【薬心寺】と書かれている。坊さんに呼ばれて寺ではなく境内に建つ隣の家へ招き入れられた。一般住宅と変わらない作りの玄関で、靴を脱ぎ居間へ通される。さっきまで一緒にいたもうひとりの僧侶は姿を消していた。
腹は減ってないか尋ねられ、台所へ行った坊さんは煮物や豆腐の田楽を持ってきた。部屋の時計を確認すると針は午前4時を指している。ずっとバイクで走り続けていたせいもあって、金村は急にお腹が減ってきた。坊さんへ軽く会釈をしてご飯に手をつける。久しぶりに食べた手作りの御飯は温かかった。
よほど酷い顔をしていたのだろう、坊さんは風呂をすすめ、客間へ布団を敷いて休むよう声をかけた。無事生還して気の抜けた金村は横になり、布団が暖かくてすぐに意識は途絶えた。
遠くで木を切るチェーンソーの音で目覚める。
金村のマンションではない見慣れない和室、夜中に起きた出来事を思い出した。慌てて居間へ行くと60代くらいの眼鏡をかけた坊さんが胡坐をくみ新聞を読んでいる。
「起きたのかね、おはようさん」
「……おはようございます」
立ち尽くしていると坊さんが顔を洗ってくるよう言うので洗面所へ向かう。化け物に襲われた時に着ていた服は、汗と泥にまみれて洗濯されていて作務衣を借りた。居間へ座ると坊さんは白飯と豆腐の味噌汁、納豆にお浸し、焼き鮭の朝ご飯を用意してテーブルへ並べる。金村は手を合わせてから食事を噛みしめて食べた。
食後、生活臭のする住居を出て寺の本堂へ案内される。正装して前に座った坊さんは、四角く囲われた場所へ火を焚いて経を上げている。お堂に読経が響き、炎は小さくなって終了した。
葬式以外で読経を聞くのは初めてだった。
金村は正座で痺れた足を揉みながら坊さんを見つめた。超能力では無さそうな化け物を倒したスーパーパワー、他にお坊さんと接する機会はあったけど目の前の坊さんのような人物には出会ったことはない。
たくさん聞きたい事があって頭をめぐる。
「あの……俺、御払いとかしなくていいんですか? 」
「魔物との縁は切ったよ、次は見かけても近づかない方がいいね」
間の抜けた質問をすれば、さっきのお焚き上げは第六天への供養で、魔物との縁を切ったと説明された。足の痺れではなく金村は心中がソワソワしていた。そんな様子を眼鏡を下にずらした裸眼の坊さんが観察している。
「君、武道とか武術に興味あるかね? 修行はちょっとあるけど力の使い方も教えるよ」
坊さんは笑いかけたが、金村は迷って冴えない表情をしてしまった。坊さんは笑顔をくずさないまま、いつでも連絡するようにと名刺を渡してきた。名刺には宗派や院号、電話番号など記載され【飯綱智平】と名が書かれていた。
衣服も乾き、帰りは軽トラックでマンションへ送り届けられた。故障したバイクは修理へ出し、金村は出費を嘆ずる。
かわり映えのしない日々が戻る。
飯綱の坊さんが頭の片隅を離れない。
――――もしも両親が事故にあった時に、あの力を使えていたら。
ベッドへ寝転がっても頭から離れなかった。金村は電話を手に取り、名刺に書かれた番号へかけた。
そこから金村の人生は転機を迎える。週末バイクをとばし2時間かけて坊さんの寺へ通った。仏教真言やら滝行、座禅と法術など、飯綱を師として学ぶ日々がスタートした。
飯綱には何人も弟子がいて、皆それぞれに教えを学んでいた。新しい事が目いっぱい頭の中へ入り、精進料理の天ぷらを揚げるのも上手くなった。専門学校との両立は大変だったが、澱んだ沼のようだった生活は変わりイキイキとする。
弟子には同じく見える者も数人いて、世のなか似たような悩みを持っている人たちが案外いるのだと金村は知った。
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お読み頂きありがとうございます。
コーヒーブレイクならず脇役でブレイク。
もろもろの用語集です。
※真言…仏教の密教における呪。比較的短い呪のこと。
※第六天…仏語。欲界第六位の天。他の楽事を自由に自分の楽とする。魔王・天魔の王の所在、人々が仏道に入るのを妨げるもののことで、西洋の魔王の意味合いとは少々違う。
※滝行…滝の水流を受ける修行。霊験を得たり、心身の鍛錬や煩悩や穢れを払う。水垢離の一つ。
※座禅…坐禅。結跏趺坐、胡坐を組んで姿勢を正し、呼吸を整え精神統一して悟りを得るための修行。仏教の宗派によって違いがあり、禅宗の坐禅がもっとも有名。
※精進料理…原則、豆腐や豆、野菜や海藻など、植物性の材料だけを使った料理。弱った釈迦が乳粥を口にした事もあり、古く植物性でない食物でも含まれている。卵や油、出汁用のカツオ節や酒を使っている物もある。
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