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閑話 ~日常や裏話など~

奇妙な龍神

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 澄んだ群青の夜、仲秋ちゅうしゅうの月は地上を照らし、虫しぐれとひんやりした涼しい風が窓から流れてくる。

「大粒の丹波栗たんばぐりですよ」

 龍之介りゅうのすけの作った食事が座卓へ並べられる。栗ご飯を口へふくめばホクホクした栗はくずれてほのかに甘い味がする。もちっとした米と塩味が大ぶりな栗の実とよく合い、食べ物の美味しい季節だった。

 夕食後、月読はみそぎのために水場へ向かう。冷水を頭から浴び身をきよめ、保湿のための天然オイルを肌へつけてばした。龍之介も手伝って保湿オイルは背中にも塗られる。
修練できたほどよく筋肉がつき、成長途中せいちょうとちゅうの身体はしなやかに伸びていた。オイルを塗るために下へ傾けられた秀麗な顔は、若い年齢にもかかわらずつやめいている。

 白袴しろばかまを身に着けた月読は、龍之介に先導されて集落北の神殿へ足を運ぶ。

 毎月朔日さくじつと幾日かを祭祀さいしてる。神殿へいくと龍之介はかがみ小さな扉を開けた。世話役は外へとどまり中の者が出てくるまで番をする。月読は龍之介へ声を掛けてから扉をくぐった。



 神殿内は清浄な空気がとどこおることなく流れ、さらりとした風が身を包んだ。

 いつもなら祭壇のおかれた幣殿へいでんでいろいろ行い龍神を呼ぶ、しかし今日はすでに舞い降りていた。神降ろしをする前なのに龍神は板間のまんなかへ鎮座ちんざしてる。毛にみえるきりのたてがみをフサフサさせた龍はぐるりと長い胴体を丸め、そわそわ落ちつかない様子で待っていた。

『待ってたんだヨ! はヤく、早く、つづキ! 』

 月読が正座して耳を傾ければ頭へ声がひびいた。

 龍神のようすに軽く息を吐き、導いて木の階段をおりた。奥の小さな部屋へはいり持ち込んだ大きな箱から機器を出してモニターとコンセントへつなげる。

 龍神は人間とことなるサイクルをもつ。連日滞在できるよう神殿へ併設へいせつされた小屋には最低限の生活スペースがもうけられていた。
箱から出した物を置き、電源を入れるとモニターにゲームのタイトルが出てくる。ちぢんだ龍神は月読へ飛びついてひと巻きすると座布団ざぶとんのうえへ尻尾をのせる。小さな手で器用にコントローラーを持って動かしはじめた。

 いにしえから存在する龍神にとって、現代の娯楽ごらくはそれなりに楽しかったらしい。

 娯楽を好む闇龗くらおかみの扱いは【月読】の文献でその性格を理解していた。

 月読はためしにゲーム機を持ちこんだ。そこまでは良かったのだが、龍神の予想外よそうがいのはまり方に困った。龍神とはつ対面した日は明け方まで、睡魔すいまに負けて横になっても途中とちゅうで起こされる事しばしば。このままではいけないと月読は思い立ち、龍神との間に神殿ルールを設けゲームをする時間と回数を制限した。龍神はしぶったけど目論見もくろみは成功した。

 月読の寝不足は解消され、ほんの少し平穏な日々がもどる。



 皆がおそれる龍神を、月読は怖いと感じなかった。

 月読は闇龗くらおかみを観察する。白龍の姿をしているけれど、ちょっとしたことで姿は崩れる。霧のようにモヤッとしてただようブナシメジ。なんとも形容しがたい姿だが、やはり白いブナシメジと言うのが1番しっくりくる。もちろんシメジの笠は頭にあたり、そこにクリっとした眼がついてる。

 神殿では人か龍の姿で過ごしている。しかしゲームで負けたり興奮したりするとシメジ形態へ戻る。

 月読が容赦ようしゃなく対戦ゲームで負かした時のこと。

『ひどいヨー』

 龍神はごねて左右へれ出した。龍の首が分かれ霧みたいなシメジが生えてうねった。背中の毛だったところから他の頭がにょきっと出てきてこっちを見る目はちょっと可愛い、闇龗くらおかみはそのまま部屋いっぱいになった。霧に埋もれた月読は再戦するから龍の姿へもどるよう説得した。けれども霧の水分でゲーム機がショートして龍神は山へ帰った。

 本当に何千年も生きてきたのだろうかと、月読は感慨かんがいいだく。

 またある時、月読は闇龗くらおかみに学校での出来事を話した。同級生に教えてもらったこわおもしろい話で、龍神はこれを楽しそうに聞いていた。しかし次第しだいに熱中した龍神はブナシメジになった。話に興奮した闇龗くらおかみはワサワサ揺れながらおそいかかる。

「ちょっと! やめろって。くっつくな! 」

 シメジ頭からい霧がひゅっと出て、卑猥ひわいななにかに見えない事もない。闇龗くらおかみは月読とじゃれるのが楽しかったのか、ひとしきりなついてから帰った。帰りぎわに尻尾でおりんを落とし、お鈴はリンリーンと2回鳴る。

「あ! 」

 2回鳴ったお鈴に合図だと思った龍之介が入ってきた。シメジにたかられた月読の身体は水分でぐっしょりと濡れていた。

――――おかみめ、わざとだな!

 頭から足のつま先まで濡れた月読の姿を見て、龍之介は金縛りにあったように動かなくなった。

「あ~ええっと……これは」

 いたずら好きな龍神の仕掛けた状況に頭をき、どう説明しようかと思い悩んだ。

 神殿の出入り口へ穏やかな笑い声がひびいた。月読の説明にほほ笑んだ龍之介が提灯ちょうちんかかげると石畳が照らされる。深まる秋の夜長、下弦の月にかかる淡い雲が風とともに流れてゆく。

 橙色だいだいいろの暖かな光に導かれ家路についた。





―――――――――――――――

 読んで頂きありがとうございます。

「多忙な日々と流れる月日」でのクラオカミの真実。思わせぶりにあごへ手を添えておきながら、如何いかがわしいのはシメジ形態だけでした。

朔日さくじつ…ついたち。毎月の第1日。陰暦で月の初め頃。
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