上 下
23 / 141
第二章

多忙な日々と流れる月日

しおりを挟む


 龍のうろこのような淡いきらめきをそっとなでる。身体の傷は治っていたが心へ大きな穴があいた。

 【鬼】の当主は隼英はやひでの父、鬼平おにへいへとかえった。

 心の空虚くうきょが広がる気がして、明は鬼の邸宅へ近寄らなくなった。学校や退魔の仕事、襲名しゅうめいも間近にせまり日常は明を忙殺ぼうさつする。考えるヒマも無いほど多忙に過ごし、隼英をしのぶ間もなく記憶の奥底へ仕舞しまった。



 時がつのは早い、あれからもう数カ月過ぎた。

 15歳になり月読の襲名しゅうめいが行われた。この時からあきら月読つくよみとなった。

 烏の家を出て【月読】の所有する屋敷へと移り住む。

「お世話になりました」

 一進いっしんと九郎、からす達へ深々と礼をする。世話役せわやくの者に連れられ烏の家を去った。見送る九郎のなんともいえない表情が記憶に焼きつく。

 1人で住むには広い屋敷だった。まだ若かったのもあり世話役も数名いて、庭師にわしや掃除人もいた。世話役はほとんどが【月読】の者か実父の縁者えんじゃだ。あるていどならっていたけれど所作しょさや当主としてのたしなみ、【月読】のすべきことを本格的に教えられた。



 月読となって最初の祭祀さいし、龍神との契約の日がきた。

 ていねいにみそぎをおこない神殿へこもる。板張いたばりの空間はいっさいのにごりなく清浄でみ切っている。奥の幣殿へいでんには祭壇さいだんがあり、ささげものが置かれている。【月読】はこの場所で祭祀や神降かみおろしをおこなう。

 女当主が御山おやまの神と契約するさい、山の滝におわす龍姫りゅうひめ顕現けんげんする。龍姫もいにしえから存在して、奈落へ結界を張る手助けをしてくれる。
月読のハクが契約するとき、龍姫ではなく闇龗くらおかみあらわれる。龍姫よりも力を持った白い龍神との契約で、男の月読が【ハク】と呼ばれる由縁ゆえんでもある。

 幣殿へいでんきりで充満して闇龗くらおかみが現れた。白い龍の姿だとわれてるが背の高い人の姿をしていた。白絹しらぎぬの衣をまとい、はためくすそは蒼色模様でふち取られてる。碧玉へきぎょくの飾りをつけた髪は純白にゆらめき、男のようにも見えるが性別は分からない。

「お前が今代こんだい月読つくよみか」

 人型の闇龗くらおかみは、低くりんと声を発した。

 月読は龍神とつながるための契約をおこなう。龍神とのむすびは御山と結びつくも同義、契約とは山々をべる龍神に認められ、御山のぬしに近しい存在となることだ。

 言い伝えられるひと通りの手順を終えたら、龍神の声は建物の空気を震わせた。

「歴代の月読は私を喜ばせてくれた。お前はどのように楽しませてくれるのか? 」

 龍神の白く長い指は月読のあごへ添えられる。



 あかつきの空は黄金こがね色に染まり、夜がけようとしていた。

 龍神は山へ帰り、板間へした月読はベルのような小さいおりんを2回鳴らす。戸を開けて入ってもいいと知らせる合図だった。

 神殿内で行われてることを他の者は知る事ができない。成り行きによっては何日も連続して篭ることもある。おりんを決められた回数鳴らすことにより、外にいる世話役は安否確認あんぴかくにんや食事などの用意をする。

 外で待機していた龍之介りゅうのすけが神殿内へ立ち入った。龍之介は亡くなった父の兄で名前のわりに奥ゆかしい人物だ。

「大丈夫ですか? お疲れですね」

 龍之介は気遣きづかわしげな表情をする。

 闇龗くらおかみとの契約日以降いこう連日連夜れんじつれんや入りびたっていた。うかがい知れない空間で神との密会、龍之介にはどう思われているのだろうと、月読はちょっと考えてから思考を止めた。

 対応の方法を間違ったかもしれない、目の下へクマを作った月読は溜息をもらす。






「――――あきら、大丈夫か?」

 笑い声と物音が雑多ざったに聞こえる。机へついた頬杖ほおづえをおろし、呼んだぬしをふり返った。目のしたにできた薄青いクマを見た九郎は心配している。

 ここのところ寝不足が続き、授業も終わって放課後になっていたのに気付かなかった。帰る準備を始めると九郎も手伝う。烏の家へ修練に来るのかとたずねられ、月読は神殿へ篭ることを伝える。

「そうか……」

 九郎は複雑な表情を浮かべた。

 神にとって人間の都合つごうなどお構いなしだ。

 今日も龍神に呼ばれていた。肉のない夕食を軽くとり、身体を洗って禊をおこなう。神殿の出入り口は大扉の脇の小さな扉、世話役が扉を開けかがんだ月読はふり返らず中へと入った。



 【月読】としてせわしく変わらない日々を送った。

 ひさしぶりに烏の家で修練を済ませたら九郎に声を掛けられた。

 高校の友人たちとガレージへ集まった。バイクを囲み他愛たあいなくかたらい、同年代の無邪気むじゃきな笑い声がガレージへこだまする。彼女が出来た友人から喜びの声明があり、すみで駄弁だべっていた他の友人がうらやましがって絡む。

「はあぁ、モテるヤツぁいいよなぁ~」

 いつのまにか彼女彼氏の話は飛び火し、友人の佐藤さとうがこちらを見ていた。月読がさも興味なさそうに見返せば、佐藤は眉毛を中央へせてシワをつくりフレーメン反応のごとき微妙な顔をみせた。バイクを調整していた九郎は、佐藤とのやり取りをながめ静かに笑う。

「いま笑っただろ九郎! オメエはどうなんだよ」

 照準はこちらかられて、バイクを調整している男へ絡みにいった。

 団欒だんらんも終わり、九郎のバイクの後部座席へ乗った。高校生にもなると2人ともガタイが良くタイヤが沈む、バイクは外灯のきはじめた街なみを通りすぎ山道をのぼった。バイクを降りて集落の石畳いしだたみを歩いていると、夕陽に照らされた茜雲あかねぐもうつり月読はその風景をずっと眺めた。

「いつもそうやって何処どこかを見ているな」

「そうか? 」

 月読が眉頭をあげておどると、後ろに立っていた九郎は顔をふせる。

「まるで……ここに居ないみたいだ」

 眉頭を上げたままの月読は、返す言葉も表情も思い浮かばなかった。

 話題を変え先頃のマガツヒ退治についてたずねる。九郎はマガツヒ討伐へ参加できるほど成長していた。黒くつぶされた双眸そうぼうが月読を見つめていた。いつからこんな目をする様になったのだろうと月読は心のすみで嘆いた。

 気がつけば高校を卒業する年だった。





―――――――――――――――

 読んで頂きありがとうございます。
下降ぎみなので次回は和気あいあいとした閑話「奇妙な龍神」「明と九郎の高校生活」の更新です。

もろもろの用語説明です。

神殿しんでん…神的な礼拝対象を奉置する建物。俗なるものから分離した空間。神霊の寄りつくところ。
幣殿へいでん…神へ奉納する物を捧げる建物。
祭祀さいし…神を祭る儀式。
祭壇さいだん生贄いけにえそなえ物を捧げる高くしつらえた場所。祭器、祭具を置く。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

変幻自在の領主は美しい両性具有の伴侶を淫らに変える

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:62

【完結】華の女神は冥王に溺愛される

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:111

あした、きみと喧嘩する日

BL / 完結 24h.ポイント:1,498pt お気に入り:36

きみを見つけた

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:70

白と黒のメフィスト

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:175

吸血鬼専門のガイド始めました

椿
BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:79

ムキムキ変態騎士団長 ~筋肉無双物語~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:11

神官さんと一緒

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:4

身代わり羊の見る夢は

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:40

muro - 使われたい男、使う男 -

BL / 連載中 24h.ポイント:1,778pt お気に入り:240

処理中です...