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第二章

海にいるもの2

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 灰色の雲は空から落ち天候が荒れる予感はするけれど青くふかい海はぐ。

 2そうの中型船と5艘の小型船が沖合へ浮かんでいた。中型船のひとつは待機のためエンジンを止めて停泊する。鬼道衆きどうしゅうからすたちは5艘へわかれて乗りこんだ。別れぎわ一進いっしんは気休めの御守おまもりをあきらの首へかけた。彼らと別れ隼英はやひでのいる中型船へとどまる。

 隼英の指示で船は動きだし、エンジンの音が鳴って旋回せんかいした。どこに向かっているのか聞けば赤い手甲てっこうは行く先を指す、ひのえの待機している岩見の浜が遠くに見えた。巨大な岩柱群の外側は海流がいりくみ、濃紺のうこんの荒波が白波を立てて岸壁へ押しよせる。



「この辺りだな」

 船はエンジンを切って水上をただよった。同じように小型船と中型船も間隔をあけて浮かぶ。操舵室そうだしつにある探知機のモニター映像を確認していると、海中を探知していた他の船から交信が続々ぞくぞくと入った。

『いました! 間違いありません』

 マガツヒは海中を回遊していた。再びエンジンをかけた船は連絡のあった船の位置へと走り、海流の凪いだ水面をかこんだ。

 海中では地上みたいに攻撃を仕掛けられない、どうするのかたずねると隼英は大身槍おおみやりへ頑丈ななわを巻きはじめる。投擲とうてきに特化した槍は長く重量もあり、刃の根元を回せば鋼鉄の針が幾本いくほんも飛びだす。獲物に刺さって抜けないようかえしのでる仕掛しかけがあった。

あきら、いつでも術を放てる準備をしておけよ」

 槍を持ちあげた鬼面の奥に薄茶色の瞳が見えた。

 大身槍をかついで船尾せんびへ立った隼英がかまえると、神宝の槍は震動しんどうして唸りを発する。槍をもつ腕の裏がわと肩の筋肉が盛りあがった。隼英は足を踏みこんで跳び、身体をひねって凪いだ潮へ向けて槍を放った。すじの張った腕がむちのようにしなり振りおろされる。

 目にもまらぬ速さで投げられた槍は周囲の空気をまきこみ、着水時に水面が渦巻うずまいた。槍とつながる船尾のウィンチは独楽コマのごとく回りロープが引き出されてゆく。動きが止まってつか、今度は海中から引かれて火花を散らしながら回転した。

 海中から引っ張られてななめに引きよせられて船は進路をかえる。

「よし、巻き上げろっ」

 ウィンチが逆回転しはじめ海中のロープを引きあげる。凪いだ潮に泡が立ち、大きなものが少しずつ浮上しようとしていた。

 小型船も集まってきて周りをかこんだ。鬼道衆はいつでも攻撃できるよう船首へ待機している。明もいそいで船尾のウィンチへ近づくと、隼英の腕にとらえられ身体の後ろへとかばわれた。

 縄を引き抵抗していたものがみずから浮上をはじめた。縄はゆるみ機械が音を立てて巻きあがる。



 海面は波打ち大渦おおうずを巻く。

 船はエンジンを全開にして大渦の中心部から抜けだす、その中心からマガツヒは出現した。現れると同時に小型船ほどある巨体は空中をんだ。無数の触手がのびて硬くしなり船をおそった。隼英は片手で軽々と大剣をふりまわし触手を瞬時しゅんじに断った。残った触手が船のウィンチを叩きこわし、船が傾き足元は大きくゆらいで明は尻もちをつく。

 動きの速いマガツヒは槍が刺さったまま海へ潜航せんこうした。黒い巨影は海面下を泳ぎまわり、ふたたび縄が張る。壊れたウィンチへ挟まって千切ちぎれたロープのはしおどった。

「くそっ、逃がすかよ! 」

 隼英は素早く縄のはしを手でつかみ逃げるのを阻止そしした。隣の船から鬼道衆も飛び移り、暴れる縄をつかんで引く。

 方向を変えた黒い巨影は海面へ跳ねあがった。その瞬間、槍が巨体をいて外れ水飛沫みずしぶきと黒い体液が舞う。えたマガツヒは触手で襲いかかり、隼英の大剣が切りはらい触手は海面へ飛び散った。鬼道衆からも攻撃が加えられた。術師の放った攻撃でマガツヒのどうにある硬いこうくだかれる音がした。触手の中心の口から海水を吹き、かすれた咆哮ほうこうがとどろく。

「明っ!! 」

 隼英の呼び声とともにいんを結ぶ。術式が視界の内側へ渦巻き、印をマガツヒへかざししうを唱えた。

「白色結界、塵旋風じんせんぷうっ」

 白いかすみの結界はマガツヒごと周囲を包んだ。白い霞は風をおこし螺旋らせんを描く、海へ落ちたマガツヒの残骸ざんがいも巻き上げ、うねる竜巻のなかで黒い巨影は粉々にけずられて消滅した。





 墨色すみいろの雲は空をおおい、雨がポツリと甲板かんぱんへ落ちた。マガツヒの消えた海上では、皆の勝ちどきが雨音へ混ざる。

 嵐を予感した者たちは撤収てっしゅう作業をはじめる。壊れた船は沖へ待機している船が牽引けんいんして港まで運ぶため、明たちは船へ板をわたし移動していた。風がでてきて船がゆれる。小型船と隣接した場所へ立った隼英はこちらへ手を伸ばし、明も手を伸ばした。

 反対側へ接舷せつげんしていた船から悲鳴があがった。

 何本もの黒い触手が現われ小型船を締めつけていた。武器で抵抗する鬼道衆は暴れまわる触手にはじき飛ばされてしまった。船はメキメキと音を立ててつぶれ、乗船していた者らは海へ飛びこんだ。

「気をつけろ! もう1体いるぞ!! 」

 海へ落ちた者が大声をあげた刹那せつな、沈没寸前の船をおおった黒い巨体と目が合う。

 2体目のマガツヒはをうかがっていたと、理解したときは遅かった。マガツヒが放った水圧弾はかばうため跳んだ隼英の指先をすり抜け明の脇腹へ命中した。肉と骨がきしんでつぶれとぶ音がした。

あきらぁ――――っ!! 」

 とどかなかった指先は離れて、明の身体は後ろへ傾いた。左脇腹がえるように熱い。

 倒れるなと頭の奥で声がひびく。明は目をらさずマガツヒの姿をしっかりと視界へ捉えた。頭はえ切って片手が素早くうごき印を結ぶ。

 視界へ術式の文字が多量に流れゆく。

 突如とつじょ文字は誤作動を起こすバグるように逆流し、見たこともない文字へ変化した。文字は視界の中で金色こんじきに輝き、組み替えられていく。

「――――」

 明の口から言葉が発せられた。

 聞いたことも無い言語、それが言葉であったのかも不明だ。

 印を結んだ手を向けるとマガツヒは輝く結界に覆われた。あたりは放たれる強烈な光でまぶしく、巨大な結界の内側はまったく見えない。輝く球体は内部から吸い込まれるように圧縮されてまたたく間にマガツヒごと消滅した。



 脇腹にけつく激痛を感じ、明は背中から倒れた。大きく損傷した部分から多量の血が流れて甲板へ広がった。目はかす次第しだいに色が無くなる。隼英はかたわらへ膝をつき、流れる血と臓物ぞうもつをかき集めて腹をおさえた。生温なまぬるい血まみれの手で顔へ触れて何度も名を呼ぶ。

 徐々に冷たくなる身体、指先の感覚も無くなって明の視界は暗くなっていく。呆然と見ていた隼英は頬へ涙の筋をいくつも残し立ち上がる。

「お前を死なせはしない」

 静かな決意をこめた声が聞こえた。

 ぼんやりした視界に不思議な光がうつり身体を包んだ。船の近くで爆発が起こり空をおおいつくす煙と水柱が立つ、そして隼英のえる声。明の意識は閉ざされ、暗闇のふちただよった。



 濃いきりのなか水をる音がする。

 あきらはぼうっとした頭で隼英を見上げた。鬼面の外れた優しい顔の男は目覚めた明を見て笑った。欠けたはずの左脇腹は粘土みたいな物で固められ、色が薄くなってうろこ状の皮膚が淡く光っている。

 隼英の体は焼けげた岩のようになり、ひび割れた。

 明を大事そうにかかえて歩く影が少しずつ崩れ落ちていく。

 薄く笑った男は楽しかった思い出を語り、明を抱えながら浅瀬あさせを歩いた。それをずっと聞いていた明は、どんな表情をしていたか覚えていないけれど多分笑顔だったのだろう。

 そうして楽しい話をするうちに、やがて浜辺へ辿たどり着いた。

 大きな呼び声が聞こえ、濃いきりからひのえが姿を現わした。隼英は丙のところまで歩みより、明を抱えている腕を伸ばした。おどろいた表情の丙が受け取ると、ひび割れた気道をぬけるさびしげな息の音がして離れた。

「明を、たのむ」

 かすれた声がして隼英はくずれてはいになった。一瞬強く吹いた風は、灰を海へと運び去った。

 丙は明を抱えたまま、そこへ立ち尽くした。



 明は眠り続けた。

 目覚めた時は、すべてが終わった後だった。

 九郎に連れられて鬼の邸宅を訪れる。隼英の葬儀は終わり、何も入っていないつぼが邸宅にあった。何も残らなかったと湯谷はなげき、こおりついたかカラカラに乾いたみたいに明の目からは一滴いってきの涙も出なかった。

 明は1人、隼英の部屋へ足を踏み入れる。見慣れた部屋のはずなのに初めて訪れた部屋のようだ。

 むなしく色褪いろあせた何もない部屋だった、隼英はやひで面影おもかげさえも。


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