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第二章
団らん
しおりを挟む「――――月読」
名を呼ばれてふり向いた。されど襲名してないから月読ではない、明が伝えると隼英は同じようなものだと笑っていた。
隼英に連れられて、西の会館へ足をはこぶ。
「おお、来やがったな。生意気なガキんちょが」
一緒に仕事をするうち丙の物言いにも慣れた。最初は討伐を見ているだけだったが、1年も経てば明はかなり成長していた。
本日は隼英と丙、3人で討伐後のミーティング。ところがテーブルには酒が山盛りのせられてる。
「ったく、なにが嬉しくて鬼野郎といっしょに飲まなきゃいけねえんだ」
飲み会じゃなくて仕事の報告会だと、明は念を押した。隣で丙に悪態をついた赤毛の男も酒を頼みはじめる。もはやミーティングではなく、むさい男達の飲み会だった。
隼英はこちらにも酒をすすめ、丙が烈火の如く反発する。結局、明の前にはクリームソーダが置かれた。
鬼と猿は仲が悪い、それとなく理由を尋ねてみれば桃太郎の話まで遡る。おとぎ話かと思っていたけれど大昔に近い話はあったらしい。どれだけ昔話を引き摺っているんだと呆れる。
「言っておくが、ほんとに此奴らロクでもないぞ」
隼英を指差した丙から駄目押しの一言が聞こえた。
「あ? おまえ賭けで負けたこと、まーだ根に持ってるのか? 」
赤毛の男は煽って鼻でせせら笑う。こめかみに青筋を立てたゴリラが突っかかり、酒で競う闘飲がはじまった。こうなったら誰にも止められない、大型獣の争いのみたいだ。
後で報告書を作成するため、明は一生懸命にミーティングの内容をまとめた。隣で大笑いしながら隼英が酒を飲み干す。丙の大きな手も慰めるように明の頭を撫でたが、こちらも酔っぱらっているだけだった。
報告会と名のつく飲み会は終わった。
酔って上機嫌の男を引っぱり、広い石畳のゆるやかな坂をのぼる。北と南の分岐へ着き、邸宅の方向へ進もうとしたら酔っぱらいは屋敷まで送ると言いだした。明は申し出を即座に断ったけど、進路を北へ向けた隼英に半ば引きずられて送り届けられた。
「隼英は? ちゃんと家へ帰れる? 」
「ハハハハ! 大丈夫だって、ちゃんと辿り着くさ! 」
無頼漢を心配したことが可笑しかった様子で大笑いした。笑い止んだ隼英は急に真顔になり、明の顔をはさんでキスをする。突然のキスに慌てた明を見た男は笑いながら千鳥足で去った。
門をくぐり烏の屋敷へ足をふみ入れる。
「明、報告会は終わったのか! 帰宅が早ければ私も顔を出せたのだが、あの2人の相手は大変だっただろう? 」
遠方へ出かけていた一進は、スーツケースの中身を片付けている。報告会の内容を伝えると、表情をゆるめた一進によく頑張ったと頭をなでられた。
修行のため月読の家をはなれ烏の屋敷で寝泊りしていた。明は割り当てられた自分の部屋へ向かう。廊下を歩いていたら九郎と出会した。なんとなく後ろめたさを感じて明は目を伏せる。真直ぐ見てくる黒い瞳を見返すことが出来なくて、口数の少なく言葉を交わしお互い廊下をすれ違う。
「明、こんど家の仕事に来いよ」
いつものように鬼の邸宅で寛いでいたら隼英の声が掛かった。
マガツヒ討伐の時の他家との合同ではなく【鬼】単独での仕事。島へ住みついた妖が漁場の魚を食い荒らしたり、釣り人を襲うようになったので退治して欲しいという依頼だった。隼英は許可をとっていると言い、明を御山から連れ出す。
突き抜けるような雲ひとつない青空の下、鬼の所有する船に乗って出港する。
隼英の他にも【鬼】がいた。小さな島へ降りたてば船から6人の物騒な者達もぞろぞろと降りてきた。湯谷に似て色白でがっしりとした体格の男と細身の優男が正面へ立つ。
「若いのしか連れて来てないが、うちの精鋭たちだ」
紹介された者達は鬼道衆という強者たちだった。色白の男は無言で明を見下ろしている。
「来島です、よろしく。横でむっつりしてるのは砕波といいます」
むっつりした色白の男のよこで細身の男が手を差しだした。後ろにいた者とも挨拶を交わす。来島以外は言葉づかいも荒く、クセがあるけれど気は良さそうな者達だ。
いきなり少女も現れて、大きな瞳で見つめてくる。暫く明と見つめ合ったあと、彼女は無言で島の奥へ走り去った。紫羅という名だと隼英が教えてくれた。濃い褐色の肌、緑色にも見える深黒の髪にハッキリとした顔立ちは野性的な美しさを持っていた。
隼英にうながさた明は草の生えた道を歩く。長いあいだ整備されていない道路と、緑の蔦に覆われて崩れた家屋があった。
「たいした仕事じゃないから、緊張するなって! 」
明がぎこちない動作で倒壊した家屋を覗いていたら、隼英は笑って背中を叩く。
妖が潜んでいるのではないかという家屋に気配は無い、一行は建物の場所を抜けて島の反対側へ向かう。海辺にいたのは人を海へ引きこみ喰らい、未練のある魂を取り込んだ子供の形をした怪異だった。鬼の術師によって個々に分解された小さな魂は、泡のように弾けて消えた。
隼英の言葉どおり、妖退治は風が吹くかのごとく完了した。
明がロープを力いっぱい引いて渡せば、鬼道衆の1人は地面へ埋めた杭へロープをひっ掛けてテントを張る。
「水虎って海にもいるんだ……でも精鋭を6人も連れてくる必要はなかったんじゃないの? 」
明は浜辺の岩へ座った。足元へ潮が寄せては引いていく、キラキラと光る海を眺めていたら立っていた隼英も隣へ腰をおろした。
「知りあいの島なんだよ、いい所だろう? 仕事という名目でゆっくり出来るしなぁ」
海を眺めながらニヤリと笑う隼英を見て、本当の目的に気づいた。
積みあげた石へ金網をのせてバーベキューの用意をしていた。明も手伝いに走っていく、紫羅に袖を引かれて波際の岩影で貝を採った。採れた物を海水で洗っていると釣りをしていた者達も戻ってきた。釣った直後に捌かれた魚が金網へならべられる。
焼いた魚貝から美味しそうな匂いと煙が立ちのぼる頃には、陰った紫の空に薄明るいオレンジ色の地平線が伸びていた。
塩味がきいたホクホクの白身魚、醤油バターで焼いた貝、明は美味い物を堪能してくつろいだ。時おり爆ぜる焚火に笑い声が混ざり酒盛りが始まった。各々に自由な時間を過ごしてる。散歩へ行ったのか紫羅と砕波も姿を消していた。
明は暗くなった浜辺の岩へ腰かけ、打ちよせる静かな波音へ耳を傾けていた。後ろの焚火で騒いでいた声は時の経過と共に静かになり、ぼそぼそと話す声が暗闇へ吸い込まれる。
小石を踏む音がして酒瓶をもった隼英が明の隣へ腰をおろした。酒臭いから寄るなと邪険にしたら、赤毛の男は笑顔で益々くっ付いてくる。
地平線にわずかな光が残る海、押しては引く波の音がする。
「お前は、どうしてあの山にいる? 」
隼英の不意な問いかけ、明は考えた事もなかった。生まれて当り前に住んでいる、ただそれだけ。答えの言葉をさがして思案していると隣の男は酒を喉へ流しこみ話を続ける。
「俺は正直どうでもよかった。御山も、家のことも。家業は金になる、ただそれだけの理由さ」
そう言いながら、隼英は手に持っていた酒瓶を脇へおいた。
「けど今は、少し興味が出てきた」
雄々しく太い腕が伸びて、明の顎をくすぐった。隼英の熱い肌を感じながら、星が遠くまたたく薄闇のなか黒くうねる波を見ていた。
―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます~
妖怪辞典
※水虎…元は中国湖北省の川にいる妖怪が語源、センザンコウのような甲に虎の爪が膝に付いた姿。日本では河童の異称でもちいられる。凶暴な性格で琵琶湖や筑後川の河童もこの名で呼ばれる。
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