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第一章
身体の中の熱
しおりを挟む何かが身体中に巻きついて身動きが取れない、あまりの苦しさに酸素を求めて藻掻く体は暗闇へふかく沈む。小さな体に押し込まれた大いなる力は内側から身を焼きつくす。大波が荒れ狂い、岩を削る如く精神をも削り取っていく。
「――――明っ! 」
黒い人が覆いかぶさっていた。よく見たら九郎の目がそこにある。夜の暗がりでも塗り潰された双眸は尚黒い。
上半身を起こした月読はこめかみから顎へ滴り落ちた汗に酷くうなされていたと覚った。もう1度横へなろうとするものの、汗で張りつく浴衣は気持ち悪く舌を打つ。時計の針は真夜中を過ぎたところだった。
「悪いな九郎……もういい、大丈夫だ」
その言葉に九郎はいったん立ち去り、着替えと絞ったタオルを持ってきた。嘆息しながら受けとり浴衣を脱いでタオルで体を拭く。
「明、本当に大丈夫なのか? 」
ひどい悪夢を見ていた気もするけど覚えていない、うなされてる間になにか口走ったか尋ねても九郎は首を横へふった。
黒い双眸は、ある1点を見つめている。
月読の身体には秘密があった。左の肋骨から側腹部――左脇腹の皮膚が龍の鱗状に淡く光っていた。一見判りづらい、しかし目を凝らせば人間の皮膚とは異なることに気づく。輪郭は金粉を散りばめたように微かに光を反射する。
「触ってみてもいいか? 」
九郎の純粋な好奇心、着がえで目にする機会があっても触れることはない。夢見が悪かったせいか、気怠かった月読は断る理由もなく応じた。長い指がそっと左脇腹へ当てられた。手のひらすべてを密着させ、肌の感触を確かめた手は腰元までゆっくりと撫で下ろされる。
月読は触られた感覚に身を震わせた。鱗の皮膚は神経が通常よりも多く繊細、温度や脈拍、九郎の掌から多くの情報を伝えてくる。
「…………っ」
伝わる熱い脈と肌を這う指の凹凸に身じろぐ、再び動こうとする手を月読はやんわりと抑えた。落としていた視線を上げれば、息遣いが分かるほど間近に九郎の顔があった。押しあてられた掌へ力が入り、腕のなかに捕えられそうな気がした月読は九郎の手首を引きはなした。
「……身体が冷えてきた、浴衣を着るよ」
ひと息ついた後、ゆっくり九郎の手首を放した。何事も無かったように浴衣を着て、茶を飲み気分を落ちつかせる。
「おやすみ、九郎も早く寝ろよ」
声を落として囁くと、九郎は無言のまま立ちあがり寝室を出ていった。
***************
甲羅のマガツヒを討伐してから1カ月ほど経つ。社務所の補修が終わり、九郎は仕事仕舞いで依頼者の神社へ滞在している。月読も夕刻までマガツヒ対策の会議に呼び出されていた。
帰宅してから頬杖をついてぼんやり考える。
――――力に不安定さが出るようになったのはいつからだろう? そもそも最初から安定していたのか、人の身には過ぎたる力、そう言ったのは【鬼】の当主だった。
月読は身に障るものに気がつき溜息を吐いた。液晶のロック画面を解除して電話をかける。
「……丙か? 」
電話を切り1時間くらい過ぎて、また電話が鳴る。
「終わったのか? わかった其方へ行く」
月読は上衣を羽織り、西へ石の階段を下りる。
西会館へ着くと呼び出した男、丙護次が待っていた。年が十も離れた丙とは長い付き合いで互いによく知った仲だ。夕食をとるため共に食事処へ入った。
宿の風呂場をでて扉を開ける。月読から見ても大柄で武骨な男がテーブル脇へ腰をおろしていた。スタンドの明かりに照らされた男は、節くれだった手で器用に缶ビールを開けて飲んでいる。
キンキンに冷えたビールが月読にも差しだされる。
「お前ぇよ……あいつとはどうなんだ? 」
「なんの事だ? 」
「とぼけんなよ。こないだ帰ってきた烏の小僧がいるだろ? 」
プルタブを開け口を付けた月読がしれっと無視しようとすると抗議が入った。仕方なく思い当たる名前を出して何もないことを伝えれば、丙は顔をしかめて此方をみた。
「九郎は一途すぎて危うい、1度先へ進むと後には引けない気がする。それに本当はあの目が苦手なんだ。塗り潰されて黒くて……怖い」
「まったく面倒なやつだな、あいつも可哀そうになぁ」
月読のつぶやきに対し、丙は布団へ寝転がってぼやいた。
「……ああ、なるほど。こっち? とくに変わりない。明日? そうだな……切るぞ、じゃあな」
九郎からの電話を切って布団の脇へ置く。
「お前なぁ、呼び出しといて他の男と電話してるんじゃねえよ」
「……つっ」
不機嫌にうなった丙の声が後ろから聞こえた。耳朶へ熱い息がかかり弄られて首の後ろをやんわりと噛まれると、背筋から腰へ痺れるような感覚が駆けおちる。太い指が浴衣の裾へ差し入れられ、じかに内腿を撫でられると身体の中心に熱が溜まって布に隠された月読の雄は変化を起こす。
筋肉の盛りあがった丙の肩へ触れると、墨の紋様がベッドサイドの明かりに照らされた。逞しい腕はとうぜん知っているように左脇腹にも手を這わせる。ごつごつした武骨な指なのに優しく触れてくる。肌をたどる太い指が下半身の中心をなぞると月読の口から吐息がもれた。
――――爛れた関係だな。
淫靡な音が響く薄暗い部屋、月読は自嘲気味に笑う。
「…………くっ……う」
跨った姿勢をとらされ、丙に突きあげられて呻いた。
陰茎を大きな手に握られ弄ばれる。奥を熱い肉の塊が何度も突きあげ、内壁と擦れ合うたびに悦楽を生みだす。下からの律動と共に、月読は自然と腰を動かしておもむくままの快楽に浸った。
意識が飛んでしまいそうな恍惚感のなか、身の内で荒れ狂う熱が次第に終息していくのを感じた。
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