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閑話 ~日常や裏話など~
#妄想乙女 燈子
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#…燈子から見た兄達の話
九郎の妹、燈子の1日は忙しなく始まる。
「行ってきまーす! 」
パンは咥えてないが、あわてて家を出る。燈子は大学4年生だった。
大学まで1時間半かけて通っている燈子の家は、山近くの田舎の集落。バスに乗り30分ほどで地方都市があり、ある程度の設備は整っていて生活に不便さはないものの、都会の魅力には抗いがたい。
立ちならぶ古い家屋を眺めながらため息を吐く。
「可愛いものが少ないのよねぇー」
男所帯で育った燈子の周りには、心にきゅんと来る可愛い物が皆無だった。田舎暮らしだと店も限られる。
そんな燈子がネットで見つけた楽しみが同人誌だ。部屋には【御神体】とよばれる隠し戸のついた棚があり。まだ電子書籍が普及してない頃の同人誌をこの隠し棚の中に隙間なく置いてあった。
「本も良いけど、場所を取らない電子書籍もいいわ。便利な時代になったわね」
手に収まる画面を指で操作しながら燈子は隠し棚をスライドさせた。棚は同人誌の重みに耐えて鎮座している。
「よし! 今日も御神体は無事ね」
燈子は得意げに息をついた。
燈子の妄想魂は、幼い頃からすでに片鱗があった。
ある日、1人の子供が家に来た。
父の一進が幼い兄妹に紹介してきたその子は、おどおどして一進の影へ隠れるように立っていた。
耳元で切りそろえられた髪はパーマをかけたみたいにゆるっとふわふわしている。黒褐色で硝子のように澄んだ瞳、金の砂は生きているように流れキラキラと揺らめく。最初は女の子かと思ったけど、ふわっとした黒髪の美少年だった。
燈子は目を輝かせた。
男の子が来てから数日、父に何か言われた様子の九郎は言った。
「俺、結婚するんだ」
兄は男の子だと気づいてなかった。
結婚するんだー……結婚するんだー……結婚す……。言葉を反芻しながら、燈子は兄者それは死亡フラグよと伝えたかった。ひとつ上のカッコイイ兄はちょっと残念なところがある。
男の子――明は、頻繁に出入りするようになった。結婚すると言っていた九郎は、男の子だと知りしばらくの間ガックリとしていたが、気付けば立ち直っていた。
明は修練のため家へ滞在することが多くなり、烏の者達と生活を共にした。燈子はワクワクした心を抑えきれず、九郎の部屋の押し入れへ身を潜めたが直ぐに見つかって追い出されたことを思いだす。
高校の頃になると儚げな美少年は跡形もなく姿を消し、そこらの大人より逞しい明と九郎は一緒にならぶと威圧感を醸し出していた。彼のガラがやや悪くなったのは誰の影響だろうか。明は【月読】になったが烏の家にはよく訪れて修練していた。
九郎がここを離れ遠くの大学を選択した時、燈子はかなりびっくりした。兄は明の側に居られるようにずっと努力していたのを知ってた。
「何があったのかしら? 」
1大イベントを見逃して燈子は悔しい気持ちでいっぱいだった。明は烏の家を訪れなくなり、良くない噂を耳にした。父はいつもと変わらなかったけれど浮かない顔をしていることが増えた。
だが九郎は戻ってきて当主を継いだ。
止まっていた時が動きだし、失っていた時間を取り戻すように兄は能動的で積極性に満ちていた。兄がもどって束の間、明も烏の家へ帰ってきた。
久しぶりの来訪、燈子はつい嬉しくなって会いにいった。九郎とならんでも見劣りしない体格の美丈夫が其処にいた。白と黒の装束姿の男たち、燈子は心を躍らせる。
――――ちょっと、ちょっとステキじゃない!? 戦国武将にでも出てきそうだわ!!
んふぅとため息をつき、明こと【月読様】をながめ燈子は感慨に耽っていた。懐かしそうに相好を崩す明と対面していたら、ヤキモチを妬いた兄が連れさった。
そんな燈子に1年前、こんな話が舞いこんだ。
「燈子、烏にならんか? 」
基礎的な訓練は小さい頃からしていた。燈子はその辺の烏と比べてもかなり優秀な部類に入る。学業のかたわら一進の出張にも同行していた。
わざわざ燈子に声をかけたのは、誰かの守護に付けということだろう。守護の御役目は、庇護者に付き従う。しかし昔と違い交代も出来るし、せいぜい外出時と祭礼のお供をするくらい。
【烏】になる事は考えなかったわけでもない。アパレルメーカーの知りあいに誘われて都会へ出たい気持ちもあったが、男所帯で繰りひろげられる男模様――集落には心情的に捨てがたい物も多かった。
迷っている事を告げると父の一進はうなずいた。
「燈子のしたいようにすればいい、1度会ってみてから決めないかね? 」
父に連れられ、木陰の中にひっそり佇む月読家を訪れた。
【月読】の前当主、加茂葵へ挨拶をすませる。屋敷には前当主以外にも使用人や滞在者がいる。会いにいくよう促された燈子は庇護者の元へむかう。
もの静かな屋敷の庭へさまざまな花が植えられ紫陽花が全盛期、離れの庭には紫陽花と対照的なカンナの花が咲き乱れてる。奥の座敷には月読の前当主とよく似た非常に美しい女性が座っていた。年のはなれた末の妹君だった。
「よくお越しになられました」
清流のせせらぎのような声かして、後ろへ隠れた影に気づく。
小さな影は母親に背中を押され、出てきてちょこんと座る。顎先で切り揃えた真直ぐな髪に【月読】独特の透きとおった瞳、年は12歳になると聞いてる。あどけなさを残した顔にちんまり座る姿はまるで座敷童。
「みやこ、です。よろしく、おねがいします」
緊張しているのか、ぽつりぽつりと天使の声が聞こえた。
「んごぅっ……! 失礼しました、こちらこそ宜しくお願い致します」
鎮座する者のあまりの可愛さに、思わず変な声が出そうになった燈子は気をとり直して挨拶をする。
妹親子の滞在する部屋をあとにした。廊下を歩いていた燈子はついと立ち止まり、歴戦の強者のように拳をクロスさせて野太い声を発する。
「萌えっ!! 」
眉毛が3倍太くなったかの如く濃い顔になった燈子はふぅーとゆっくり息を吐き、父のいる前当主の座敷へと向かう。
「おお、燈子。どうだったかね? 」
「謹んで御受け致します」
「えぇ? 」
一進が言葉に詰まるくらい即答した燈子であった。
そして最近、都がポツリと言った。
「月読さま……会いたい」
都の透きとおった目にじっと見つめられ、電に打たれた燈子は願いを叶えるべく最速でうごいた。なぜ会いたいのか分からないが、そもそも都と明――月読様と面識はあるのだろうか。
ちゃんと都から事情を聴いておけばよかったと、先走った燈子は歩きながら思考をめぐらせる。
「私が直接話を持っていくと失礼かしら? それなら烏の当主に……」
ブツブツつぶやく燈子は、ふと壁につき当たった。
烏の現当主は兄の九郎。
「最大の障壁は、九郎お兄様だわ!? 」
月読がよくても、九郎が排除してくる可能性があると気づいた。ふだんは不愛想で何を考えているか分からない兄だが、その行動には綿密に計画が練り込まれていることが多い。
月読を少しでも煩わせる案件だと判断すれば阻止してくるかもしれない、ひょっとしたら兄が私情をはさむ見込みもあると懸念して親指を噛む。
さりとてこちらも都の烏。可憐な少女の顔を思いだし、どうしても退けぬと渋い表情で思いを巡らせる。
助け舟の勇士の顔が浮かび、燈子の口を衝いた。
「当主には元当主をぶつければ良いじゃない! 」
「おっ父ぅさまー!! 」
軽やかに颯爽と前当主の部屋を訪れた燈子は、すすっと座って一礼をする。
「と、燈子か……」
目を丸くした一進だったが、新しいお役目はどうだと様子を聞いてきた。燈子は相談がてら申しでた。
「実は取り次いで欲しいお話があるのですが――」
かくして燈子の懸念を余所に、あっさり月読との面会は叶った。
和装2人と洋装2人。奇妙な組合わせの4人は麓の蕎麦屋、ではなく蕎麦屋の隣へ。蕎麦屋の主人の娘さんが手作りスイーツとカッフェの店を新しく開店していた。要望があれば蕎麦屋のメニューも注文可能だ。
月読と都がならんで座り、燈子は兄の隣へ座った。
都は照れたように下を向き、床に届かない足をプラプラさせて着物の裾がゆれる。可愛いすぎて動画を撮ろうとしたらヤメロと兄に腕をつかまれた。燈子は『報告するのも私の義務よ』と、もっともらしいことを言って切りぬける。
「都久しぶりだね。前に会ったのは正月……いや春だったかな? 」
破顔する月読に、ほっぺたが桜色の都がコクとうなずく。お互い面識はあったみたいで親戚のお兄さんと姪っ子という感じ、月読は手に取ったメニューを渡し、都が真剣にメニューとにらめっこしている。
どこまでも優しい世界、燈子は感慨深げに眺めた。
九郎はそば定食、燈子と都はケーキセットを注文した。月読がケーキとパフェのスイーツ盛りあわせセットを頼もうとしたところで九郎に口をはさまれる。
「お前は甘い物じゃなくて、しっかりと食え」
スイーツのメニューを取りあげられ蕎麦屋のメニューを渡された月読は、わびしげな雰囲気が漂い哀愁に満ちた顔をしていた。
「月読さま……これ」
都が手に持った小さいメニューを渡してフォローする。
「デザートなら、甘くても大丈夫」
いつもポアッとした少女だが、いまは目元がきりっと勇ましい。小さなメニューを持った2人は期待にみちた目で九郎を見る。
「昼食をちゃんと食べるならかまわない……食べすぎるなよ」
月読一族から出る謎オーラに、兄は低くため息をもらした。
皿にはケーキが1つ残り都がうつむく、燈子が声をかける前に月読がやさしく話しかけた。
「ちょっと大きかったもんな」
「でも、もったいない……」
都はいじいじとする。お腹いっぱいだけどケーキを残して帰るのは嫌で踏んぎりがつかない様子だ。
「じゃあ、こうしよう。今度ここのケーキをお土産に持って行くから、そのケーキは私にくれるかい? 」
都はコクリとうなずき、月読は残ったケーキへ腕を伸ばした。ついでに頬へついていたケーキの欠片を指で拭われた少女は頬を染める。
――――天然のタラシね! 大変そう。
燈子はとなりへ視線を移した。九郎は向かいの2人を見ていたが、こっちの視線に気がつき何だと言わんばかりの目で見かえした。
帰り道、閑静な山林道に砂利を踏む音がひびく。燈子と九郎の前をいく都のひっそりとした声は風にのった。
「月読さま、痛いの、もう大丈夫? 」
「大丈夫だよ。たまに……すこし痛むかな」
都とならんで歩く月読の寂しげに笑った声がひっそり流れる。
月読が怪我をしたとは聞いてない、燈子には何のことか理解できなかった。都だからきっと違うものが見えているのだろうかと兄を覗き見る。
九郎はいつものように鋭く厳しい目で、月読の後姿を追っていた。
―――――――――――――――
おまけ絵です。
九郎の妹、燈子の1日は忙しなく始まる。
「行ってきまーす! 」
パンは咥えてないが、あわてて家を出る。燈子は大学4年生だった。
大学まで1時間半かけて通っている燈子の家は、山近くの田舎の集落。バスに乗り30分ほどで地方都市があり、ある程度の設備は整っていて生活に不便さはないものの、都会の魅力には抗いがたい。
立ちならぶ古い家屋を眺めながらため息を吐く。
「可愛いものが少ないのよねぇー」
男所帯で育った燈子の周りには、心にきゅんと来る可愛い物が皆無だった。田舎暮らしだと店も限られる。
そんな燈子がネットで見つけた楽しみが同人誌だ。部屋には【御神体】とよばれる隠し戸のついた棚があり。まだ電子書籍が普及してない頃の同人誌をこの隠し棚の中に隙間なく置いてあった。
「本も良いけど、場所を取らない電子書籍もいいわ。便利な時代になったわね」
手に収まる画面を指で操作しながら燈子は隠し棚をスライドさせた。棚は同人誌の重みに耐えて鎮座している。
「よし! 今日も御神体は無事ね」
燈子は得意げに息をついた。
燈子の妄想魂は、幼い頃からすでに片鱗があった。
ある日、1人の子供が家に来た。
父の一進が幼い兄妹に紹介してきたその子は、おどおどして一進の影へ隠れるように立っていた。
耳元で切りそろえられた髪はパーマをかけたみたいにゆるっとふわふわしている。黒褐色で硝子のように澄んだ瞳、金の砂は生きているように流れキラキラと揺らめく。最初は女の子かと思ったけど、ふわっとした黒髪の美少年だった。
燈子は目を輝かせた。
男の子が来てから数日、父に何か言われた様子の九郎は言った。
「俺、結婚するんだ」
兄は男の子だと気づいてなかった。
結婚するんだー……結婚するんだー……結婚す……。言葉を反芻しながら、燈子は兄者それは死亡フラグよと伝えたかった。ひとつ上のカッコイイ兄はちょっと残念なところがある。
男の子――明は、頻繁に出入りするようになった。結婚すると言っていた九郎は、男の子だと知りしばらくの間ガックリとしていたが、気付けば立ち直っていた。
明は修練のため家へ滞在することが多くなり、烏の者達と生活を共にした。燈子はワクワクした心を抑えきれず、九郎の部屋の押し入れへ身を潜めたが直ぐに見つかって追い出されたことを思いだす。
高校の頃になると儚げな美少年は跡形もなく姿を消し、そこらの大人より逞しい明と九郎は一緒にならぶと威圧感を醸し出していた。彼のガラがやや悪くなったのは誰の影響だろうか。明は【月読】になったが烏の家にはよく訪れて修練していた。
九郎がここを離れ遠くの大学を選択した時、燈子はかなりびっくりした。兄は明の側に居られるようにずっと努力していたのを知ってた。
「何があったのかしら? 」
1大イベントを見逃して燈子は悔しい気持ちでいっぱいだった。明は烏の家を訪れなくなり、良くない噂を耳にした。父はいつもと変わらなかったけれど浮かない顔をしていることが増えた。
だが九郎は戻ってきて当主を継いだ。
止まっていた時が動きだし、失っていた時間を取り戻すように兄は能動的で積極性に満ちていた。兄がもどって束の間、明も烏の家へ帰ってきた。
久しぶりの来訪、燈子はつい嬉しくなって会いにいった。九郎とならんでも見劣りしない体格の美丈夫が其処にいた。白と黒の装束姿の男たち、燈子は心を躍らせる。
――――ちょっと、ちょっとステキじゃない!? 戦国武将にでも出てきそうだわ!!
んふぅとため息をつき、明こと【月読様】をながめ燈子は感慨に耽っていた。懐かしそうに相好を崩す明と対面していたら、ヤキモチを妬いた兄が連れさった。
そんな燈子に1年前、こんな話が舞いこんだ。
「燈子、烏にならんか? 」
基礎的な訓練は小さい頃からしていた。燈子はその辺の烏と比べてもかなり優秀な部類に入る。学業のかたわら一進の出張にも同行していた。
わざわざ燈子に声をかけたのは、誰かの守護に付けということだろう。守護の御役目は、庇護者に付き従う。しかし昔と違い交代も出来るし、せいぜい外出時と祭礼のお供をするくらい。
【烏】になる事は考えなかったわけでもない。アパレルメーカーの知りあいに誘われて都会へ出たい気持ちもあったが、男所帯で繰りひろげられる男模様――集落には心情的に捨てがたい物も多かった。
迷っている事を告げると父の一進はうなずいた。
「燈子のしたいようにすればいい、1度会ってみてから決めないかね? 」
父に連れられ、木陰の中にひっそり佇む月読家を訪れた。
【月読】の前当主、加茂葵へ挨拶をすませる。屋敷には前当主以外にも使用人や滞在者がいる。会いにいくよう促された燈子は庇護者の元へむかう。
もの静かな屋敷の庭へさまざまな花が植えられ紫陽花が全盛期、離れの庭には紫陽花と対照的なカンナの花が咲き乱れてる。奥の座敷には月読の前当主とよく似た非常に美しい女性が座っていた。年のはなれた末の妹君だった。
「よくお越しになられました」
清流のせせらぎのような声かして、後ろへ隠れた影に気づく。
小さな影は母親に背中を押され、出てきてちょこんと座る。顎先で切り揃えた真直ぐな髪に【月読】独特の透きとおった瞳、年は12歳になると聞いてる。あどけなさを残した顔にちんまり座る姿はまるで座敷童。
「みやこ、です。よろしく、おねがいします」
緊張しているのか、ぽつりぽつりと天使の声が聞こえた。
「んごぅっ……! 失礼しました、こちらこそ宜しくお願い致します」
鎮座する者のあまりの可愛さに、思わず変な声が出そうになった燈子は気をとり直して挨拶をする。
妹親子の滞在する部屋をあとにした。廊下を歩いていた燈子はついと立ち止まり、歴戦の強者のように拳をクロスさせて野太い声を発する。
「萌えっ!! 」
眉毛が3倍太くなったかの如く濃い顔になった燈子はふぅーとゆっくり息を吐き、父のいる前当主の座敷へと向かう。
「おお、燈子。どうだったかね? 」
「謹んで御受け致します」
「えぇ? 」
一進が言葉に詰まるくらい即答した燈子であった。
そして最近、都がポツリと言った。
「月読さま……会いたい」
都の透きとおった目にじっと見つめられ、電に打たれた燈子は願いを叶えるべく最速でうごいた。なぜ会いたいのか分からないが、そもそも都と明――月読様と面識はあるのだろうか。
ちゃんと都から事情を聴いておけばよかったと、先走った燈子は歩きながら思考をめぐらせる。
「私が直接話を持っていくと失礼かしら? それなら烏の当主に……」
ブツブツつぶやく燈子は、ふと壁につき当たった。
烏の現当主は兄の九郎。
「最大の障壁は、九郎お兄様だわ!? 」
月読がよくても、九郎が排除してくる可能性があると気づいた。ふだんは不愛想で何を考えているか分からない兄だが、その行動には綿密に計画が練り込まれていることが多い。
月読を少しでも煩わせる案件だと判断すれば阻止してくるかもしれない、ひょっとしたら兄が私情をはさむ見込みもあると懸念して親指を噛む。
さりとてこちらも都の烏。可憐な少女の顔を思いだし、どうしても退けぬと渋い表情で思いを巡らせる。
助け舟の勇士の顔が浮かび、燈子の口を衝いた。
「当主には元当主をぶつければ良いじゃない! 」
「おっ父ぅさまー!! 」
軽やかに颯爽と前当主の部屋を訪れた燈子は、すすっと座って一礼をする。
「と、燈子か……」
目を丸くした一進だったが、新しいお役目はどうだと様子を聞いてきた。燈子は相談がてら申しでた。
「実は取り次いで欲しいお話があるのですが――」
かくして燈子の懸念を余所に、あっさり月読との面会は叶った。
和装2人と洋装2人。奇妙な組合わせの4人は麓の蕎麦屋、ではなく蕎麦屋の隣へ。蕎麦屋の主人の娘さんが手作りスイーツとカッフェの店を新しく開店していた。要望があれば蕎麦屋のメニューも注文可能だ。
月読と都がならんで座り、燈子は兄の隣へ座った。
都は照れたように下を向き、床に届かない足をプラプラさせて着物の裾がゆれる。可愛いすぎて動画を撮ろうとしたらヤメロと兄に腕をつかまれた。燈子は『報告するのも私の義務よ』と、もっともらしいことを言って切りぬける。
「都久しぶりだね。前に会ったのは正月……いや春だったかな? 」
破顔する月読に、ほっぺたが桜色の都がコクとうなずく。お互い面識はあったみたいで親戚のお兄さんと姪っ子という感じ、月読は手に取ったメニューを渡し、都が真剣にメニューとにらめっこしている。
どこまでも優しい世界、燈子は感慨深げに眺めた。
九郎はそば定食、燈子と都はケーキセットを注文した。月読がケーキとパフェのスイーツ盛りあわせセットを頼もうとしたところで九郎に口をはさまれる。
「お前は甘い物じゃなくて、しっかりと食え」
スイーツのメニューを取りあげられ蕎麦屋のメニューを渡された月読は、わびしげな雰囲気が漂い哀愁に満ちた顔をしていた。
「月読さま……これ」
都が手に持った小さいメニューを渡してフォローする。
「デザートなら、甘くても大丈夫」
いつもポアッとした少女だが、いまは目元がきりっと勇ましい。小さなメニューを持った2人は期待にみちた目で九郎を見る。
「昼食をちゃんと食べるならかまわない……食べすぎるなよ」
月読一族から出る謎オーラに、兄は低くため息をもらした。
皿にはケーキが1つ残り都がうつむく、燈子が声をかける前に月読がやさしく話しかけた。
「ちょっと大きかったもんな」
「でも、もったいない……」
都はいじいじとする。お腹いっぱいだけどケーキを残して帰るのは嫌で踏んぎりがつかない様子だ。
「じゃあ、こうしよう。今度ここのケーキをお土産に持って行くから、そのケーキは私にくれるかい? 」
都はコクリとうなずき、月読は残ったケーキへ腕を伸ばした。ついでに頬へついていたケーキの欠片を指で拭われた少女は頬を染める。
――――天然のタラシね! 大変そう。
燈子はとなりへ視線を移した。九郎は向かいの2人を見ていたが、こっちの視線に気がつき何だと言わんばかりの目で見かえした。
帰り道、閑静な山林道に砂利を踏む音がひびく。燈子と九郎の前をいく都のひっそりとした声は風にのった。
「月読さま、痛いの、もう大丈夫? 」
「大丈夫だよ。たまに……すこし痛むかな」
都とならんで歩く月読の寂しげに笑った声がひっそり流れる。
月読が怪我をしたとは聞いてない、燈子には何のことか理解できなかった。都だからきっと違うものが見えているのだろうかと兄を覗き見る。
九郎はいつものように鋭く厳しい目で、月読の後姿を追っていた。
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おまけ絵です。
応援ありがとうございます!
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