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第一章
月読の白
しおりを挟む【月読】は力を受け継ぐ女性の当主が務め、神事の祭主や神降ろし、先見なども行ってきた。男性もいるけれど華奢な者が多く、唯一【白】と呼ばれる男の当主を除いて肉体をつかう戦闘は基本的に不向きだ。
対して【烏】は修験道を基礎とした退魔師の一門、元々は【月読】が本家で【烏】は分家の血筋で構成されていた。身体能力が発達していて退魔の術を駆使する集団。有能であれば外からでも人材を入れ、時代と共に変化してきた。
よび鈴が鳴り玄関を開ける音がした。出迎えの加茂は外出中のため、月読が声をかけると九郎は履物を脱いで上がった。以前、面会した客間の真ん中には座卓が置かれている。九郎は大きな体を折り曲げるように腰を下ろした。
身の丈は月読より若干高めだろうか、まだ伸びてる感じがする。硬そうに跳ねた黒髪を後方へながし、漆黒に塗り潰された双眸の目元は鋭い。烏というよりは鷹みたいだ。
マガツヒ調査と討伐の件につき、彼は屋敷を訪れていた。
退魔の依頼のほとんどは烏が対処して月読がそれに関わることは無い、しかし【マガツヒ】と呼ばれる魔物が出た場合は例外を除き一切を関わる。いや【月読】と言うより――【月読の白】と言った方が良いのか。
「それで? お前の見立てはどうだ? 」
月読は口を開くやいなや、言葉を投げかける。
九郎は手に携えた新しい資料を広げていく。会議さながら討伐の作戦や人員編成などの計画を事細かに説明する。
ひと通り聞いていた月読は、隙のない計画に対し深くうなずいた。次いで事故や変事に備えた対処や移動手段、予算にも言及して打ち合せをおこなう。
途中、外出から戻った加茂がお茶を運んできた。
「マガツヒについてはどう見る? 」
新しい烏の当主を試すように意見を求める。
「眠りについていたものが単発的に目覚めたか、流れのマガツヒかもしれません。どちらにせよ事前調査の結果では、発生の源になる【奈落】は近くに存在しませんでした」
「奈落が無いに越したことはない……が、そのマガツヒを実際見て確認する必要があるな」
【奈落】と聞いて、月読は思わず眉間にシワが寄った。
『目撃されたマガツヒのようなもの』と書かれた資料を手に取り、月読は初めて見たマガツヒの姿を思い出す。
元は神だったというソレは、全身が黒く10メートル前後の太い巨体。半分まで裂けた醜い口から惨憺たる叫び声をあげ、ドロドロの液体を撒き散らし周囲を汚染しながら大蛇の如くのた打っていた。
今でも身ぶるいしそうな衝動を抑えた月読は、こちらを向く鋭い視線に気がついた。顔を動かさず視線だけうつせば九郎の双眸と目が合う。射るような目つきに心の裏まで見透かされている気がして、すぐさま手元の資料へ目をもどす。
「マガツヒが出るのは、おおよそ1年ぶりだ」
月読は出来るだけ平静を保って言葉をつづける。
「今回、討伐へ出るのは私と烏だけだ。規模もたいしたものでもない……しかし油断は禁物、【マガツヒ】であることには変わりない」
不安をとり除くように言葉を搾る。これは九郎を安心させるものか、月読自身へ向けた言葉だろうか、噛みしめた口の奥が苦くなった気がして手元の茶を飲み干した。
短い沈黙が流れる。
「重々承知しております。――――ご安心を」
暫く間をおいて、鋭い顔つきの九郎は頷いた。
「話し合いは終わったのですか? 」
畳んだ洗濯物を整頓していた加茂が声をかけた。
「モモリン、ああ~終わった」
間延びした声で返した。キッチリ束ねていた髪を外し、グダグダになった月読は座卓へ頭をのせる。
「月読様と九郎様、お互い素っ気なくないですか? 昔は一緒に修行したり遊んだりしていたじゃないですか」
「それ、かなり前の話だぞ。今は【月読】と【烏】の関係だから、昔の様にはいかない……互いにな」
月読は遠くへ視線を向ける。
「そんなものですかねぇ、ほんのちょっと前じゃないですか」
いまいち納得していない叔父は自身の年の取り方が超特急だとか、息子に対するの父親の悩みを思うまま話しはじめる。月読はダレた姿勢のまま延々とその話を聞いていた。
―――――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。
もろもろの用語説明になります。
※神事の祭主…神社などの祭り事の主催者。
※修験道…霊験を得るため山岳で修行する。仏教、道教などが結びついた日本古来の山岳信仰。実践者を修験者や山伏という。
※退魔師…魔物退治や悪霊払いを生業とする者。降魔師。
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