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兵長の憂鬱
その手に残ったもの
しおりを挟む――――なぜ俺だったのだろう。本当に必要なのだろうか?
おおきな太陽を必死で追いかけ走ってきた。それだけで充実して幸せだった俺はどこで変わってしまったのだろう。太陽は照らしてくれるけど、強すぎる光は影を濃くする。ラルフが俺を選んだ時からずっと繰り返してきた問い。
敗走した俺とは違い、戦火の最中に姿を消したミナトは他国の援軍を連れてもどった。行方不明だったラルフを見つけ、戦争を終わらせるきっかけを作った。いまは文官として彼を支え、先々へ同行している。
役にも立たなかった俺は補佐としてそばにいる必要さえなくなった。打ちのめされ感傷にひたる――――予定だったが、とにかく負傷者のテントは兵士だらけで部下たちがなだれ込んでくる。
港町と北城塞都市の兵、副帝の率いる大隊が入りみだれ沿岸部は混沌としてる。窯からくすねた生焼けパンに負傷者テントで禁止の酒をもった部下が見舞いにきて、俺が頭を抱えたのは言うまでもない。
代わるがわる顔をのぞかせる部下の中でも特にシヴィルはよく訪れる。敵将と剣を交えたにも拘わらず、たいして負傷してない彼は医療班の手伝いをしていた。
「ツァルニ~、体をキレイにする時間だよ! 」
「ありがとう。そこへ置いてくれたら後は自分でやる」
俺を拭けなくてトーンダウンした彼はこっちを凝視してる。
ヴァトレーネから送られてきた書簡を置き、上衣を脱いでタオルを受けとった。肩を動かせば痛むけど筋が癒着しないようにストレッチしながら体を拭く、おわるまで視線が離れないので手早くすませた。
戦いのさなかも、こうしてくすぶってる瞬間もそばにいる。俺を敵将から庇い、敗走のとき連れて逃げたのはシヴィルだった。しだいに心も打ち解け無邪気にふるまう彼のもうひとつの性格も見えてきた。互いに曝けだして結ばれる関係など考えたこともなかった。いままで俺自身が壁をつくっていたのだと気づかされる。
大量の洗濯物をかかえ出ていくシヴィルの背中を見送ると、入れ替わりにイリアスが顔をみせた。
ヴァトレーネはブルド隊長が主導して橋の再建をおこなっている。彼にまかせきりで不甲斐ないと嘆いたら、イリアスは片頬を上げて笑った。
「肩の力ぬけよ、マルクス隊長もいるから向こうは大丈夫さ。橋が架かったら俺もあっちへ戻るぜ」
「イリアス、そのことだが……」
石の橋が完成すれば、町の北側の修復と北城塞都市への輸送が本格的にはじまる。療養しながら港町で復興の手助けはできる。しかし俺は皆との帰還を決意していた。文書のやりとりだけなら負傷した体でも支障はない、力仕事は部下たちへまかせる。ラルフの補佐に関しては港町でしてることをミナトへ引き継ぐつもりだった。
「おまっケガも治ってないだろ!? ミナトって……東の国から来たっていう? 」
盛大にため息をついたイリアスはミナトの名をきき眉をひそめた。適当そうなフリをしてるが慎重で疑りぶかい性格なのだろう、ラルフがそばに置いても異国から来た人物を訝しんでいる。
「ミナトは信頼できる。港町にいるあいだはヒギエアがいて護衛も不要だ」
「……はぁ、まぁ兵長が信用するってんなら俺も信用しますよ。そうそう護衛といえば、帝国のスキッピオって奴が因縁つけてきたの知ってるか? 」
スキッピオはラルフが赴任するまえに連れていた帝国兵士、ヴァトレーネ軍が敗退して兵長の俺を追い落とす気だったようだ。個人的な恨みではなくラルフの家が関係している。フラヴィオス家の兄弟関係は複雑、戦に加勢した副帝は兄のアレクサンドロスだ。ヴァトレーネを守りきれなかったラルフがどのような立場に身をおいたのか想像に難くない。
「それがねぇ、兄さんってのが弟に嫌われないように回りくどいやり方でね。バルディリウスのおっさんとディオクレス様まで出てきて愉快なことになってたぜ」
あくまで内密な話だとイリアスは悪い笑みをうかべた。
フラヴィオスの兄弟に口出しできるのはディオクレスしかいない、ミナトも巻き込まれたが上手くやっているみたいだ。重要な情報をどこで仕入れてくるのか、スキッピオの経歴から事の顛末を語る。最後には俺の父も出てきてディオクレス邸の広場で1対1の戦いをおこない、スキッピオを叩きのめし相手方を黙らせたという。
俺の知らないところで熾烈な戦いがくり広げられていて頭痛がした。
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