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後編

鬼の角落し1

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 よく晴れた午後の昼下がり、深い青色の海が地平線まで伸びている。

崖に面した広壮こうそうな洋館の庭で、向かい合って座る2人がいた。穏やかな風がながれ、大理石で作られたテーブルへ木漏こもれ日が落ちる。



 白い髪の男が紅茶と菓子を用意してから木々の間へ姿を消した。洋館へつづく道は木がい茂っていて青々としたトンネルが出来ている。

「さ、遠慮されずに召し上がるといい」

 正面に座る小さな爺さまが笑顔を浮かべる。テーブル上にティーセットが並び、皿にはレタスときゅうりのサンドイッチやケーキがのせられていた。月読は豪華に縁取ふちどられた白磁器はくじきのカップへ手をのばす。

爺さまのひざで丸まった猫が、すうすうと気持ちよさそうに寝息を立てる。



 鬼の世界から戻ってはや一週間、月読は【鬼】の邸宅を訪れた。

当主である千隼ちはやは他用で不在、祖父である鬼平おにへいは持病を理由に訪問者との面会をひかえていたけれどこころよく応対してくれた。

その額には引きがされた様なあとが痛々しく残り、角が無くなっていた。鬼平は視線に気づき、目尻のシワを深くして笑う。

「すみません。痛そうな痕だったのでつい見てしまって……」
「いやかまわぬよ。角の行方ゆくえが気になるのじゃろう? 」

 湯谷ゆや東郷とうごうの額にも同様の傷がある。鬼の世界からこちらへ戻ってきた者達は、頭に生えていた角を落とした。

人の世で暮らすために鬼達がおこなう『つのおとし』、時がたてば傷もえてなくなるが、まれにあざが残ることもあるそうだ。鬼の象徴でほこりでもある『角』、痣をもつ者は角と深く繋がり角に愛された者だと彼らのあいだで語られる。

そんな角を落としてまで、人と共に生きることを選んだ者たち。

話を聞いていた月読は、鬼平がクセでいつも痣をいていたことを思い出した。年齢不詳の彼が鬼だったと知っても特に驚きはない、むしろ以前から疑っていた事もあって妙に納得した。


 鬼平は周囲の者にも話していない身の上をかす。

人から鬼へ変化するものもいるが、鬼平は生粋きっすいの鬼だった。遠い昔、いつ生まれたのかも分からず、鬼の世界から迷い込んだ子供は浜辺の村で暴れていた。
浜辺の一帯を取り仕切しきっていた領主に捕らえられ、粗野で乱暴な子供の鬼は人間らしく育った。

「【鬼】の家は、その辺りでりょうをしたり貿易をしている一族だった。当時のあるじが何を思って角の生えた鬼なんぞを育てたのか、いまでも分からぬ」

 鬼をとする鬼家の一族もいろいろ思う所があったのだろう。成長した鬼平は領主につかえて、御山の事柄にも関わっていた。



 人より長生きだったので周りの者達を看取みとる内、鬼平はひとりで過ごすことが多くなった。そこへ現れたのが志乃しのという女性だったという。

「鬼である事もかしたのに、引かないで通ってくるぐらい気の強い女でな……よう出来た妻じゃった。わしにはもったいないくらいにのう」

 角持ちの双子が腹の中にいると判明して母体に命の危険があり、当時の手医者ていしゃ堕胎だたい示唆しさしたらしい。鬼を産むという未知の危険性、鬼平も悩んだすえ妻の命を危険にさらさないよう説得した。

志乃はこばみ、命の危険があっても双子を生むことを選択した。

だが結果は暴れた多娥丸たがまるの角で腹が裂けて輸血も間に合わず、志乃の命は断たれることになってしまった。

「多娥丸はわしによく似ておった……。粗野そやで乱暴な性格は鬼そのもの、儂の血なんじゃよ」
 鬼平は後悔の思いと双子に重荷を背負わせてしまったことを嘆き、息をついてから湯気の立つ茶を飲んだ。



 月読は多娥丸の怒りや憎しみ、そして悲しみを鬼平へ伝える。

はかなく短い命じゃ……儂はうとまれた場所より、多娥丸にとって自由な鬼の世界に墓をつくりとむらったつもりじゃった。まさかてられたと思うておったとはのう……」

 眉間にふかくしわをよせて、鬼平はしばらく沈黙した。

 多娥丸は赤子の時から乱暴だった。人や物を傷つけては壊す事ばかりで、周囲は彼を怖がりうとんだ。弟や周りとの接触を減らし、多娥丸が誰も傷つけないよう分別ふんべつがつくまで遠ざけて生活していたという。

しかし多娥丸はそれを知る前に亡くなってしまった。鬼のあらぶる力に小さな体が耐えきれなかったのだろうと、口を閉じた鬼平の目元へ影が落ちる。
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