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後編

百鬼帰行1

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「思いが残ってしまったか……その角はわしが永遠にほうむり去ろう」

 鬼平おにへいが細い腕を差しだした。深く刻まれたシワはうれいをふくみ目元をかげらせる。

黒い角を返そうとしたけれど、月読の手に引っ付きぬるりぬるりと滑って取れない。触れても指の間をすり抜けてしまう奇々怪々ききかいかいな現象に鬼平と顔を見合わせた。

「なんと面妖めんような……まるでおぬしから離れたくないようじゃ」
「……貴方あなたさえよければ、私に任せてもらえませんか? 」
「この角は一種ののろい、それを引き受けようというのか? 」

 鬼平はしわの影を濃くして、しばらく唸っていたが許諾きょだくした。
月読の手にある小さな呪いは黒水晶のような表面を輝かせる。多娥丸の事はもう大丈夫だと直感的に感じた。



「月読さま~っ、僕の勇姿ゆうし見てくれました!? 」

 2人で黒い角を眺めていたら、金棒をたずさえた千隼ちはや颯爽さっそうと立ち、ひたいに片手を当ててポーズを決めた。額にくっ付いた白い角は発光して周囲をまばゆく照らす。

「見て下さい! この立派な角! 」
千隼ちはや、まぶしすぎて何も見えないよ……」

 うれしそうな千隼の声が聞こえるが、フラッシュのようにビカビカ輝く姿は目に悪い。まぶたを細める月読の横で、鬼平は目を両手でおおっている。

「光を少し抑えてくれないか千隼……」
「それが……やり方わかんなくて」
 角から放出している稲光いなびかりを抑えて欲しいとたのむが、コントロール出来ない様子の千隼がはにかんでいる。

うちの孫ときたら、まったく緊張感もない」 
 困った顔の鬼平がため息を吐く。


 ポロリ。

 とつぜん千隼の角は取れて落下した。

「うわっ、僕の角がっ!?」

 白い角は受け止めようとした千隼の手を跳ねて、月読の手のひらへ落ち黒い角とぶつかり共鳴してかがやく。共鳴の音が収まり2つの角は合わさって丸く光る玉となった。

ふわりと浮かびあがり、月読の腹へ吸い込まれるように消えた。

「あ……」

 角の消えたあたりを見ていると、鬼平は皺をさらに深くして苦笑する。

わし放蕩ほうとう息子たちは、どうにもおぬしが好きで居心地のいい所に居たいみたいじゃのう。預かってくれるよう頼むのは儂のようじゃ」

 月読は降参したように微笑み、腹に手をおいてをさすった。
神宝しんぽうとなった白い角と呪いの黒い角は大きな力を有する呪物じゅぶつ、本来なら邸宅の地下庫で厳重に封印して保管すべき物だ。観念した様子の鬼平が角の根元をいている。

 多娥丸は安らかに眠り、方鬼ほうきも心臓をつぶされ息絶いきたえた。これで磐井いわい家にはふたたび平和な時が訪れるだろう。千隼は角の無くなった額を残念そうに撫でていた。

率いる者のいなくなった常世とこよの鬼たちは鬼平の配下に蹴散けちらされ、蜘蛛くもの子を散らすように要塞から逃げ出した。



 鬼平は着ていた羽織はおりを月読の肩へ掛けて、予備の履物はきものを持って来るように湯谷ゆやへ申し付ける。

「さあ帰ろうかの」
「爺ちゃん。ひょっとしてそれは僕の役目じゃ……」
「お前は、まだまだ男前おとこまえには程遠ほどとおいのう」
 はぁと溜息を吐いた鬼平は嘆き、その光景を見た御山おやまの鬼達が笑う。

 無人になった要塞を後にする。月読は鬼道衆きどうしゅうに囲まれ暗い洞内を進む、先行して歩く小さな老人の背中は赤鬼の時のように大きく見えた。

横をついて歩く千隼と要塞での出来事を話す。

「そうなんです。水槽みたいなのに入れられて、おぼれ死んだかと思いましたよ~」
 其処そこから鬼平達が助けに来るまでグーグー眠っていたらしい、聞いていた月読は鷹揚おうように息をく。

「お前に付いて来たばかりに……こっちは身ぐるみがされてられるし、おまけに小鬼にも撫でまわされて大変だったんだぞ……」

「え"っ月読さま、そんな目に遭ってたんですか!? からだ……身体は、大丈夫ですかっ!? 」

 案外あんがい頑丈に出来ていて大丈夫だと返すも、今度は小鬼の代わりに千隼が身体を撫で回してくる。目立った怪我が無いことを確認して、首をかしげた千隼はとんでもない事を言いだした。

「あっまさか!? ここかっ、ここが酷いことに!? 」
「どさくさに触るんじゃあない」
 月読は尻を触ろうとする手をぺチとはたき落とす。千隼は口を3の形に尖らせ、ワザとじゃないと訴えている。



 波が寄せては引いていく、いその香りがして足もとへ海水が触れた。裸足はだしだった月読は伸び縮みするマリンシューズを借りていたものの、通気性が良すぎて海水が浸透しんとうする。

「月読様、そこの東郷に背負せおわれてはいかがでしょう? 」
 傷ついた足を心配して湯谷がたずねてきたが断った。海水で少々ヒリヒリと痛むけれど背負われるほどではない。洞窟にあふれた瘴気しょうきもなくなって、だるかった体の調子も元に戻っていた。

 暗い洞窟の向こうから青い薄明かりが差して出口が見える。

 風が吹いてきて膝下まで満潮の海水で満たされた。宵闇よいやみの空が広がって地平線には赤色の帯が残っている。浜辺へ上がると、待機していた者達のともす照明が一面に見えた。
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