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前編

鬼の調査

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 着流きながし姿の月読つくよみは、居間いま胡坐あぐらをくみ頬杖ほおづえをついていた。かろうじて束ねた髪からひとすじの真綿まわたの毛が落ち、その視線の先には細身のスーツを着た若い男が正座している。

正面に座る若い男の眼鏡メガネへ液晶画面の光が反射して地図がうつった。

調査ちょうさぁ? 」

「ええそうです。この近辺で動物の死骸しがいなどが発見されてます」

 地図で指し示された場所は山中、動物の死骸が転がっていてもめずらしくない。気怠けだるそうな月読の声を聞きながし、ひとさし指でメガネをもち上げた千隼ちはやは淡々と話を進める。



 山へ入ったら何かが後をつけてきたり、動物の死骸が積み重なっていた等、ちょっとした怪異かいいの報告件数が多く千隼は西地区の山中を調べていた。

そして先日、河原であやかし猟師りょうしに目撃された。

人の姿をしているのに、血まみれの死骸をくわわらっていたそうだ。かれたか気の触れた人間の可能性もあるけれど、警察の捜索そうさくでは該当者がいとうしゃも見つからなくて【鬼】家の当主である千隼へ話がまわってきた。

西地区は御山おやまの山脈をえたむこうで、山から流れる清流以外は特に何もないような長閑のどかな地域だ。御山にむ龍神もあちらまでは首を伸ばさない、月読の感知できる範囲外なので調査するには直接足を運ぶ必要がある。



 軽い調査だと持ちかけられたが、月読は額に落ちた毛を面倒めんどうそうにでつけた。

「調査へ同行する連中は【鬼】にも沢山いるだろう? なぜ私に話を持ってくる? 」

「いいじゃないですか~、月読さまひまそうですよね。たまには動かないと本当にアザラシになっちゃいますよ」

 クールな様相ようそうくずした千隼は、唇を3の形に尖らせた。【鬼】の当主とうしゅになって2年ほどつけど、親しい者の前ではまだまだ子供っぽさを出す。

「あのな、いつも暇なわけでは無いのだぞ。まったく私を一体何だと思っているんだ……」

 月読は決して昼行燈ひるあんどんではない、家主やぬしが家でくつろぐのは当たり前のはず。がっくり項垂うなだれた昼行燈つくよみ後目しりめに、千隼はニコニコ顔でスマートフォンを操作している。

いつもなら【月読のカラス】である間者かんじゃ九郎くろうを調査へ出向かせるが、現在は強力な妖が現れた遠方へ派遣している。いわゆる出張というやつで屋敷にはいない。

眉頭まゆがしらを上げて大仰おおぎょうにため息をついた月読は、本当にヒマだったのも相まって調査へ同行する羽目はめになった。



 翌日、月読は白衣びゃくえに着替えて家をでた。山伏やまぶしの装束に似た白衣は山中で動きやすく、妖に関わるさいに着ている服だ。

若衆わかしゅの護衛を4人連れた千隼も交差路で待っていた。若衆も動きやすそうな服を身に着けている。見た目からして武闘派ぶとうはのいかつい青年たちに囲まれても、どこ吹く風の千隼はひとりだけ探検服たんけんふくを着ていた。

あとはサファリハットと肩掛け水筒があれば完璧だが、それらは装備していない。山中でブーツが歩きにくくないか尋ねたら、特注品で軽くて防御力があり川辺でもすべらない靴らしい。九郎に続き現代っ子による装備品の変化はここにも押し寄せていた。


 護衛の車に乗って集落を出発する。

車は山道を抜け大きな橋を渡った。水量が豊富な川は音を立てて流れ、水も澄んでいて観光には良い場所だ。

事前に調査済みの道を迷うことなく案内される。千隼はときどき端末の電波を確認しながら、ついでに調べためずらしい山草を指差して説明した。なごやかな雰囲気でハイキングへ訪れた気分になる。

川沿いをのぼれば、ぽっかりと口を開けた洞窟が現われた。入り口はこけむして川霧かわぎりがたち、光のとどかない奥は見えない。



 千隼がリュックから懐中電灯を取りだし、ヘッドライトを頭へ装着する。入口に見張りを2人待機させて洞窟へ入った。

天井のくぼみに蝙蝠こうもりが数匹身をよせ合っている。だいぶ奥行きがあって下方から水の流れる音が聞こえた。足もとに気を付けながらかがんで奥へ進む。洞内は曲がりくねって位置が把握はあくしにくいため互いに離れないように行動する。

 歩を進めていたら周囲は冷えて、鳥肌が立つような気持ちの悪い空気が流れてきた。急激な変化に感づき月読は若衆を呼び止める。懐中電灯の光がとおらない大きな横穴を見つけた。

他の場所を調査していた千隼も合流して空気が変化した地点を調べる。線を引いたかの様にその位置を越えると重苦しく、殺気をふくんだ不穏な気が混ざっている。



 月読は千隼と顔を見合わせる。

瘴気しょうきただよってる。これは……結界けっかいか?」

「そのようですね。我々は通り抜けられるのに瘴気は防ぐ巧妙こうみょうな結界、これを張った者は相当な使い手ですよ」

 眼鏡をクイッと上げた千隼は、厳しい目つきであたりを見まわした。懐中電灯で照らされた洞窟の奥は暗闇がつづく。

「奥も調べてみましょう」
 千隼はライトを持って先へすすむ、護衛2人も従うが道は複雑に分かれている。

「千隼、瘴気が濃くなって危険だ。いちど引いて装備と人数を整えた方がいい」

 胸がざわめいて月読は呼び止めた。軽い調査のつもりで来ていたので、妖と戦う装備は持っていない。護衛にも声をかけて出直しを検討する。千隼は立ち止まり、しばらく唸っていたが引き返してきた。




―――――――――――――――
お読み頂きありがとうございます。

昼行燈ひるあんどん…中村主水もんど……ではなく、昼に灯す行燈あんどんのこと。何用もなさないので役に立たない人やぼんやりした人の事をさす。
山伏やまぶし…山岳で修行する者。修験道の行者などのこと。
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