BL短編集ライト

風見鶏ーKazamidoriー

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酒とBL

モスコミュール

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ここは路地にたたずむバー「ネフィリム」

華やぎと落ちつきが交わる空間

1日のおわりの癒し

はたまた日ごろのうっぷんを晴らす発散

それとも新たな門出の祝い

今日も味わいをもとめ、人々がトビラをあける。



*****

「だから帰るって言ってんだろ!」

「落ちつけよ、せっかくここまで来たんだ。1杯飲んでからにしよう」

 興奮さめやらない2人組が来訪した。

 店内のシックなジャズが聞こえ、彼らは声のトーンをおとした。

 ほどよく鍛えたからだでTシャツが張っている。ビジネスマンではない風貌の彼らはどこかのジム帰りのようだ。カウンターの端へ案内すると、愛想あいそよく笑った方がもうひとりの腕を引いた。さきほどまでケンカをしていたのか、引っぱられて座った男はふてくされた表情だ。

「えーと、いつもはこういう所あんま来なくて、なににしようかな」
「ふだんはどんなものを召しあがってます?」
「モスコミュール! まあ居酒屋ですけど……ウォッカで割ったのは好きかな? ちょっと暑いし、さわやかで飲みやすいのがいいな」
「では、当店オリジナルのモスコミュールを試してみますか?」
「それで!」

 愛想のいい男がとなりへ目をむけると、うしろのボトルへ視線をさまよわせていた男もうなずいた。

「……おれも、よく分かんないからそれで」

 青いライムを手ぎわよくカットすると柑橘のにおいが香った。

 冷えた銅製のカップへ氷の音がひびくなか、声のトーンをおとした2人は続きをくりひろげる。

「そんなに怒んなよ」
「だって、元カノといつまでも喋ってるから」
「ぐうぜん会っただけだし、ただの世間話だよ。親が知りあいなのもあるけど」

 ジンジャーエールの炭酸がはじける音にまざって2人の会話がきこえてくる。

「……彼女、さいごにわざとらしくおまえに抱きついて、こっち見て笑ったんだよ」

 ふてくされてた男はうつむき、泣きそうな顔になった。

 愛想のいい方が声をかけあぐねていた時、ミントをそえたモスコミュールがテーブルへ置かれた。受けとった男は礼をいい、もうひとりにもすすめる。

清涼を誘うミントの葉がゆれた。

2人は無言で飲みはじめた。

外が暑かったせいか、冷たいカップをいっきに半分くらい空けた。

息ピッタリの2人がカップを置くと、泣きそうだった男がつぶやく。

「……おいしい」

「な?」

 重かったふんいきは和らぎ、愛想のいい方の口も軽やかになった。今日は奮発するつもりでバーを予約したようだ。

「とくべつな日ですか?」
「記念日みたいなものかな」

 カウンターごしに会話していると、もうひとりが空になった銅のカップをおく。

「おいしい、もう1杯ください!」
「ジンジャーエールの銘柄で味もかわりますよ」
「どんなの?」
「こちらなどはトウガラシの風味があってすこし辛口になります」
「じゃあ、それをください!」

 カップをさげたバーテンダーは苦笑する。泣きそうだった顔は落ちつき、こんどは目元がすわっている。クセがなく飲みやすいカクテルだが、あとで酔いがまわる。

「フルーツやナッツなどお好きでしたら、今日は高級店で仕入れたいいのがありますよ」

 バーテンダーが目配せすると、愛想のいい男もうなずいた。記念日ときき、心もち豪華にフルーツを盛りあわせる。

色とりどりにカットされたフルーツが間を取りもち、さっきまで沈んでいた2人の空気は華やぐ。ケンカするまえの本来の雰囲気だったはずだ。

2杯目を空けたころ、愛想のいい男が口をひらいた。

「なあ、俺、親にヒデユキのこと話そうと思ってるんだ」
「でも……」
「オヤジは頭かたいけど大丈夫だ。それにむこうがどう思ってようと元カノとの復縁はないからな!」

 言いきかせるように説得され、ヒデユキと呼ばれた男は嬉しそうにうなずいた。



 深夜をまわり、2人組は席を立つ。

 すっかり酔いがまわったようすのヒデユキは相方へもたれていた。

「だいじょうぶですか?」
「近くのホテルを予約してるんで、そこへ泊まります!」

 腰を支えた男は晴れやかな笑顔で店のトビラをくぐった。





「夫婦ゲンカはなんとやらね。ケンカできるだけ、うらやましいったらありゃしない。アタシなんてそれだけでヤケ酒ものよ!」

 深夜帯の常連が顔を扇いでいる。ドラァグ・クイーンのマサノリさんだが、メイクをしてないといかついおっさんだ。

「シンヤちゃんもそう思わない? ついでにアタシとパートナーにならなぁい?」
「ぼくはノーコメントで」
「んん、いけずぅ」

 シンクをきれいに拭いたバーテンダーが口をひらくと、常連はおおきな体をくねくねさせて悶えた。

「ブラッディ・シーザーおねがい、ハマグリエキス多めでね」

 渋い声で注文したマサノリさんがにんまり笑い、バーの夜は更けてゆく。





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読んでいただきありがとうございます

カクテルを題材にした2000字以内のショート小説の練習、客の会話劇がメインです。
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