7 / 11
酒とBL
モスコミュール
しおりを挟むここは路地にたたずむバー「ネフィリム」
華やぎと落ちつきが交わる空間
1日のおわりの癒し
はたまた日ごろのうっぷんを晴らす発散
それとも新たな門出の祝い
今日も味わいをもとめ、人々がトビラをあける。
*****
「だから帰るって言ってんだろ!」
「落ちつけよ、せっかくここまで来たんだ。1杯飲んでからにしよう」
興奮さめやらない2人組が来訪した。
店内のシックなジャズが聞こえ、彼らは声のトーンをおとした。
ほどよく鍛えたからだでTシャツが張っている。ビジネスマンではない風貌の彼らはどこかのジム帰りのようだ。カウンターの端へ案内すると、愛想よく笑った方がもうひとりの腕を引いた。さきほどまでケンカをしていたのか、引っぱられて座った男はふてくされた表情だ。
「えーと、いつもはこういう所あんま来なくて、なににしようかな」
「ふだんはどんなものを召しあがってます?」
「モスコミュール! まあ居酒屋ですけど……ウォッカで割ったのは好きかな? ちょっと暑いし、さわやかで飲みやすいのがいいな」
「では、当店オリジナルのモスコミュールを試してみますか?」
「それで!」
愛想のいい男がとなりへ目をむけると、うしろのボトルへ視線をさまよわせていた男もうなずいた。
「……おれも、よく分かんないからそれで」
青いライムを手ぎわよくカットすると柑橘のにおいが香った。
冷えた銅製のカップへ氷の音がひびくなか、声のトーンをおとした2人は続きをくりひろげる。
「そんなに怒んなよ」
「だって、元カノといつまでも喋ってるから」
「ぐうぜん会っただけだし、ただの世間話だよ。親が知りあいなのもあるけど」
ジンジャーエールの炭酸がはじける音にまざって2人の会話がきこえてくる。
「……彼女、さいごにわざとらしくおまえに抱きついて、こっち見て笑ったんだよ」
ふてくされてた男はうつむき、泣きそうな顔になった。
愛想のいい方が声をかけあぐねていた時、ミントをそえたモスコミュールがテーブルへ置かれた。受けとった男は礼をいい、もうひとりにもすすめる。
清涼を誘うミントの葉がゆれた。
2人は無言で飲みはじめた。
外が暑かったせいか、冷たいカップをいっきに半分くらい空けた。
息ピッタリの2人がカップを置くと、泣きそうだった男がつぶやく。
「……おいしい」
「な?」
重かったふんいきは和らぎ、愛想のいい方の口も軽やかになった。今日は奮発するつもりでバーを予約したようだ。
「とくべつな日ですか?」
「記念日みたいなものかな」
カウンターごしに会話していると、もうひとりが空になった銅のカップをおく。
「おいしい、もう1杯ください!」
「ジンジャーエールの銘柄で味もかわりますよ」
「どんなの?」
「こちらなどはトウガラシの風味があってすこし辛口になります」
「じゃあ、それをください!」
カップをさげたバーテンダーは苦笑する。泣きそうだった顔は落ちつき、こんどは目元がすわっている。クセがなく飲みやすいカクテルだが、あとで酔いがまわる。
「フルーツやナッツなどお好きでしたら、今日は高級店で仕入れたいいのがありますよ」
バーテンダーが目配せすると、愛想のいい男もうなずいた。記念日ときき、心もち豪華にフルーツを盛りあわせる。
色とりどりにカットされたフルーツが間を取りもち、さっきまで沈んでいた2人の空気は華やぐ。ケンカするまえの本来の雰囲気だったはずだ。
2杯目を空けたころ、愛想のいい男が口をひらいた。
「なあ、俺、親にヒデユキのこと話そうと思ってるんだ」
「でも……」
「オヤジは頭かたいけど大丈夫だ。それにむこうがどう思ってようと元カノとの復縁はないからな!」
言いきかせるように説得され、ヒデユキと呼ばれた男は嬉しそうにうなずいた。
深夜をまわり、2人組は席を立つ。
すっかり酔いがまわったようすのヒデユキは相方へもたれていた。
「だいじょうぶですか?」
「近くのホテルを予約してるんで、そこへ泊まります!」
腰を支えた男は晴れやかな笑顔で店のトビラをくぐった。
「夫婦ゲンカはなんとやらね。ケンカできるだけ、うらやましいったらありゃしない。アタシなんてそれだけでヤケ酒ものよ!」
深夜帯の常連が顔を扇いでいる。ドラァグ・クイーンのマサノリさんだが、メイクをしてないといかついおっさんだ。
「シンヤちゃんもそう思わない? ついでにアタシとパートナーにならなぁい?」
「ぼくはノーコメントで」
「んん、いけずぅ」
シンクをきれいに拭いたバーテンダーが口をひらくと、常連はおおきな体をくねくねさせて悶えた。
「ブラッディ・シーザーおねがい、ハマグリエキス多めでね」
渋い声で注文したマサノリさんがにんまり笑い、バーの夜は更けてゆく。
――――――――――
読んでいただきありがとうございます
カクテルを題材にした2000字以内のショート小説の練習、客の会話劇がメインです。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説


BL短編まとめ(甘い話多め)
白井由貴
BL
BLの短編詰め合わせです。
主に10000文字前後のお話が多いです。
性的描写がないものもあればがっつりあるものもあります。
性的描写のある話につきましては、各話「あらすじ」をご覧ください。
(※性的描写のないものは各話上部に書いています)
もしかすると続きを書くお話もあるかもしれません。
その場合、あまりにも長くなってしまいそうな時は別作品として分離する可能性がありますので、その点ご留意いただければと思います。
【不定期更新】
※性的描写を含む話には「※」がついています。
※投稿日時が前後する場合もあります。
※一部の話のみムーンライトノベルズ様にも掲載しています。
■追記
R6.02.22 話が多くなってきたので、タイトル別にしました。タイトル横に「※」があるものは性的描写が含まれるお話です。(性的描写が含まれる話にもこれまで通り「※」がつきます)
誤字脱字がありましたらご報告頂けると助かります。

執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる