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先輩と俺のラプソディ
アプローチ
しおりを挟む「タケルって呼んでいい?」
いつものように昼寝をしていると先輩が言った。
「僕のことはユウって呼んでね☆」
「イヤっす……」
おおきく伸びをして仰向けに体勢をかえたら、先輩はそっと俺の頬へふれてきた。眠たいので不機嫌にうなって放置すると、ヒンヤリした指で頬をつつまれる。
「君は寝てるときだけ、無防備だねぇ」
ながい指が俺の顔をたどり、まぶたを撫でられた。
「益荒ぁ! オマエ、シン先輩にめった打ちにされたクセにちょーしのってんじゃねーぞ、おおん!?」
雑古田のへこたれなさは賞賛したいと思う。凝りもせず何度もケンカを吹っかけてくるけど、今のところ俺が全戦全勝だ。タイマンを張った2年の相沢はあれから来ないが、廊下で会った時なれなれしく声をかけてきた。
「君たちねぇ、ちょっと邪魔」
「あ"あん? テメエ誰よ?」
いつのまにかうしろにいた先輩がため息を吐くと、雑古田はしかめっ面で近づき真正面から睨みつけた。先輩はあいかわらずニコニコした笑顔をくずさない。
うしろで泡を食った顔の1年が雑古田の腕を引っぱった。
「ザコりんヤバいって、黒原先輩だって」
「え? え? 」
こっそり耳打ちされて、雑古田の顔が面白いくらい変化した。雑古田一味がアワアワとうろたえていると相沢が通りかかった。
「黒原ぁ、オマエ1年いじめてんじゃねーぞ?」
先輩どうし、一触即発で睨みあう。いかつい虎刈りのドレッドヘアーがゆれて血ばしった目が先輩をあおる。
「僕がそんなつまらない事すると思うのかい? そいつらに聞いてみたら?」
どんなにガンをつけられても先輩は笑ったままで見てるほうは背筋がうすら寒くなる。眉をひそめた相沢がうしろを見かえし、顔色が青くなった雑古田の口から魂が抜けでた。
雑古田はドナドナされてゆく、去りぎわ相沢は俺へ目配せした。
「黒原、ソイツは俺とタイマン張った男だ。オモチャにすんなよ」
「やだなぁ、僕は本気だよ」
一瞬なんとも言えない空気がただよい、サングラスをかけなおした相沢は歩いていった。
満面の笑みでふり向いた先輩は目を輝かせて俺を見ている。まるで悪いものを追いはらって、ほめられるのを待つ番犬みたいな顔だ。
俺は見なかったことにして踵をかえす。
「もうっ、つれないなぁ~」
ネバーギブアップの精神でも持っているのか、先輩は後をついてきた。追いはらっても追いはらっても先輩は俺のところへやってくる。歯の奥にものがはさまったような違和感を俺はなぜ放っているのだろう。
「テメーが益荒だなぁ? ちょっと顔かせや!!」
毎度、この声かけにはウンザリする。今時めずらしいリーゼントに学ランの上着を短く詰めたスタイル、俺のかよう不良校にも負けず劣らずの極悪高校の制服だ。
数日前のバイト帰りにからんできたヤツらがそこの生徒だったようだ。俺はガラの悪いヤンキーにかこまれ、人けのない橋のたもとへ連れていかれた。
「うちの生徒に手ぇだしたら、どーなっか分かってんだろなっ! おお"!?」
(くだらねぇ)
勝手にからんで、勝手にケガして、勝手にキレる。
目のまえを拳が横ぎり、唾をはき棄てた俺の拳が相手の顔面を殴りとばした。威勢よかった男は血の泡を吹いて地面へしずむ。
「てんめぇ!! やりやがったなぁ!?」
まわりのヤンキーどもが一斉に飛びかかってくる。多勢に無勢という恥はコイツらには皆無、何人か沈めたら後頭部へかたい衝撃があってグラついた。
かん高い雄叫びをあげた輩が鉄パイプをふりまわし、顔を掠めて皮膚が裂けた。ズキズキする鬱陶しい痛みに舌うちして、こちらへむかってきた鉄パイプごと相手に蹴りをめりこませる。
有象無象の群れへ跳びこみ、自分も砕けそうな勢いで拳をふるう。
最後の1人がたおれ俺の拳が空をきった時、まわりに立っている者はだれもいなくなった。橋台まで歩き、コンクリートの柱を背に腰をおろす。俺はそのまま意識をうしない眠ってしまった。
*****
『なまえ、教えて?』
『……タケル』
『ふぅーん、タケル、いいなまえだね!』
初めてほめられた。よほど話し相手がいなかったのか、気の毒な少年はすべり台の下にいた薄汚い子供へ話しかけた。少年はその日から公園へ来るようになった。
もらったカレーパンを一生懸命に頬ばる。食事をしてないわけではないけど、母が仕事で出かけている家には暴力をふるう男が居すわって帰りたくなかった。
引っこしばかりで友達もいないという少年と幸運にも仲良くなり、いつしか心を許して話すようになった。
『タケルくんも家へきたら、美味しいものいっぱい食べさせてあげられるのになぁ』
『じゃあ、ゆうくんの家の子になる。ボク、ゆうくんと結婚する』
『ええっ!? タケルくんも僕も男の子だよ~? うぅ~ん、どうしようかなぁ』
ゆうくんは笑っていた。そんな日々も長くつづかず、ゆうくんはまた引っこしすることになった。
『ゆうくんっ、ゆうくんっ』
今日が最後の日だった。俺はあげられる物なんて持ってなかったが、秘密の箱からむかし買ってもらった唯一の宝物を持ちだした。カラフルなブロックで作ったロボットだ。
しかし、運わるく父もどきと玄関で鉢合わせた。
『みずぼらしいガキがっ、汚ぇもん持ち歩きやがって!!』
オモチャは取り上げられて踏みつぶされた。殴られた後、泣きながら必死で割れたブロックを拾いあつめて公園へ走る。コンクリートのドームは夕陽に赤く照らされ、ゆうくんはもういなかった。暗い公園の片すみへ座っていたけれど、彼に会えることは2度となかった。
俺は割れたブロックをゴミ箱へ捨てて家へ帰った。
(なんで――こんなむかしの夢……)
コンクリートにもたれていた俺は夕陽に染まる橋を見上げた。ケンカの人数が多すぎて、流石に疲れたみたいだ。
「タケルっ、タケルっ!!」
眠くなって目を閉じたら、誰かが必死に呼んでゆさぶる。かたわらで真剣な表情の先輩がのぞきこんでいた。
「……先輩?」
「タケル……」
どうやら泣いていたらしい、先輩の指先が頬をたどって俺の目元をぬぐった。
そのあと先輩に連れていかれた病院からようやく解放された。体だけは頑丈で、すり傷と打撲とちょっと肩甲骨へヒビが入ったくらい。たいしたケガでもないのに包帯をグルグル巻きにされた。
「病院代は後日払うっす」
もち合わせなんかなかったから先輩が支払いを済ませた。礼を言って帰ろうとすると呼び止められる。
「タケル……僕の家で休みなよ。近いからさ」
どうせ家へ帰る気もなかった。その辺のベンチで横になろうと思っていた俺は彼について行った。
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