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第3章 二人の選択

9話

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 父親の言う通りにするか、それとも戦地へと向かったテオを追い掛けるか。迫られた二つの選択に、クリスタの視線がおろおろと左右に泳ぐ。

 目と鼻のすぐ先にいるアメリアは、逃さないと言わんばかりに親指をクリスタの両肩に食い込ませる。

「あ、あの、お父様がすぐそこで待って……」

「あなたのお父様は関係ない」

「て、テオも、なにがあってもお父様の言うことを聞いてって」

「テオのことも今は関係ない。私は意思を聞いているのよ」

 濁りのないまっすぐな言葉がクリスタの胸を貫く。クリスタは徐々に視線を落とし、琥珀色に潤む瞳を細めた。ぽたりぽたりと涙がスカートに点々と染みをつくっていき、クリスタはそっと目を閉じる。

 うっすらと暗くなった瞼の裏に見えたのは、遠ざかっていくテオの後ろ姿だった。


「わたし……わた、し……」


 震えていた掌をぎゅっと握り締める。
 俯いていた顔を上げて、アメリアと目を合わせる。

 ──テオのところに行きたい。

 涙を呑み込んでそう言葉にした瞬間、屋敷の前に止まっていたはずの馬車が合図もなく走り始めた。もちろん、門扉の側で待機していたクリスタの父親はその場に置き去り。後ろから慌てて追い掛けてくるのが見えてしまった。

「後からあんたのせいだとか言わないでね。あなたが選んだ道よ」

 白い砂埃を砲煙のように舞いあげながら、馬車は舗装された道を外れて大通りから離れていく。クリスタは瞳から溢れた涙を拭い、後ろは振り返らずに前だけを見据えた。








 ❈ ❈ ❈  ❈  ❈ ❈ ❈❈❈❈❈❈❈








 数十分も経たないうちに、馬車は駅舎前に辿り着いた。一人で行くことに躊躇いと心細さがあったが、アメリアは馬車から頑なに降りようとはせず。クリスタは結局、一人でテオの元に向かうことに。

 最後にアメリアとテオの二人の関係を尋ねようとしたが、『それはテオ本人に聞きなさい』と跳ね返されてしまった。
 

「さ、三番線……」


 クリスタは人混みで溢れ返った構内をさ迷い歩く。軍用汽車へと乗るには、一度汽車に乗って違う駅で乗り換えなければならない。アメリアから聞いた情報を頼りに、クリスタは落ち着かない様子で周囲を見回す。

 乗降場には子連れの家族や、汽車から降り立った恋人を迎える人、そして涙ぐんで手を振りながら、親しい人に別れを告げる人も見受けられた。しかし、肝心のテオの姿はどこにも見当たらない。

 (もしかして、一本前の汽車に乗ってしまったのかしら)

 クリスタが背伸びをしてもう一度辺りを見回したそのとき、汽車の入り口へ向かう人影が見えた。

「……あっ」

 群衆の中で、頭一つ飛び出ている黒髪の青年。
 クリスタはひしめき合う人々を両腕でかき分け、必死に前を進む。すらりと伸びた長身に、服越しでも分かる鍛え上げた体躯。宝石のような碧い瞳に、少しだけ癖のある黒い髪。

 間違いない、あれは紛れもなくテオだ。

「……テ……オ……っ……!」

 クリスタはテオの名を叫ぶも、雑踏にかき消されていく。虚しくもクリスタの声は届かず、テオはそのまま汽車に乗り込もうとしていた。

「……っ!」

 このままでは、テオと離れ離れになってしまう。

 クリスタは泣きたい気持ちを必死に堪えながら、無我夢中で人混みを避ける。前へと手を伸ばす。そして。

「──テオっ!」

 もう一度、テオの名を叫んだ。

 ちょうど汽車に足を踏み入れたテオが振り返ったと同時に、鳴り響く出発のベルの音。クリスタの姿を視界に捉えたテオは、目を見開いてその場に立ち尽くす。

 けれども、クリスタは止まらない。
 もう迷ってはいけない。

 クリスタは地面を踏み込んで、一直線にテオの胸に飛びつく。勢い余りテオがクリスタを抱えたまま後方に蹌踉めきかけたところで、ガタンと大きく車体が揺れ──二人を乗せたまま、汽車は次なる目的地へと走り出した。



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