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16話
しおりを挟むソフィアを屋敷から追放して、一ヶ月の時が流れた。
セバスチャン伝いの情報で聞いた話だけど、ソフィアは新しい仕事場で毎日泣きながらフィンの名前を呼んでいるらしい。
まぁ、名前を幾ら呼んだところで、あの汚い身体を抱くのは、女に飢えた別の男達な訳で。彼女は地下の奥深くで、金で身体を買われて毎日色々な男に抱かれているはず。
精々、好きでもない人間に身体を貪られる恐怖を死ぬまで味わうといいわ。それが私の夫を奪おうとした女に送る最高の結末よ。
「──奥様。何やらご機嫌ですね」
私の後ろに佇んでいたセバスチャンが、控え目に顔を覗き込みながら穏やかな声で尋ねる。一方の私は、監視カメラによる屋敷の映像を眺めていて。ソフィアが消えてからの幸せで平穏な日々を噛み締めるように、ゆっくりと深呼吸をした。
「ふふっ。害虫退治が無事に出来たからね。あのストーカー女がいなくなってからは、屋敷も平和だし」
セバスチャンが淹れてくれた珈琲を啜りながら、モニター画面を見つめる。
もしかしたら使用人の中に、フィンにこっそり想いを抱いている女が他にいるかもしれないけど、ソフィアの件で良い見せしめになったもの。それでもフィンを狙うような愚か者が出れば、同じように制裁すればいい。それが妻としての私の役目よ。
「……夫を守るのも大変な仕事ね」
ふぅ、と深い息を吐き出し、モニター画面から目の前の机へと視線を落とす。そこに並べられたのは、寝室に取り付けられていた二つの監視カメラ。
一つは本棚に置いてあったもの。これはソフィアが私達を監視しようと取り付けたもので間違いないはず。そして不可解なのが、私が以前から設置していたものとはまた更に別に、もう一つ取り付けてあったということ。此方の監視カメラは、部屋の隅に隠すようにして置いてあった。
セバスチャンの言っていた通り、あの女が本棚の監視カメラは万が一見つかってもいいように囮として取り付けて、もう一つを別に設置していたということ?
「……まぁいいわ。考えても分かる訳でもないし」
監視カメラから手を離し、椅子に腰を掛けたまま大きく背伸びをする。
そうだ。そろそろあれを飲まなくちゃ。
「セバスチャン。悪いけどお水を持ってきてくれるかしら?」
「おや。部屋の空気が乾燥してましたかな」
モニター室の空調をリモコンで整えようとするセバスチャン。
そうだ。このことは誰にも言っていないんだった。セバスチャンにも、夫のフィンにも。
「……いえ、そうじゃなくてね。薬を飲むから」
「薬?」
「ええ。まぁ……不妊治療の為に処方して貰った薬?」
さらっと告げた言葉に、セバスチャンは大きく目を見開く。
それはそうよね。驚くに決まっている。だって、誰にも相談してこなかったもの。こんなこといきなり言われたら、戸惑うに決まっている。
「……何故、いつの間にそんなものを?」
恐る恐る尋ねるセバスチャンに、音を立てないように珈琲カップを皿に置き、ゆっくりと唇を開いた。
「……毎日のようにね、フィンと愛し合っても子供が出来ないのは私に原因があるんじゃないかって、半年前から病院に通っているの。まだ焦る時期じゃないとは思うんだけど、不安で堪らなくて。今はこうして治療を受けているのよ」
「それは、旦那様には」
「言ってないわ。本当は先生にも一緒に受診するように言われているんだけど、余計な心配掛けたくないの。だからフィンには言わないで、セバスチャン。お願い」
「奥様……」
セバスチャンは言葉を続けようと、一瞬口を開きかけたものの──咳払いをしてそれを制した。
「……直ぐに水を持って参ります」
「うん、ありがとう。セバスチャン」
セバスチャンはどこか寂しそうな表情を浮かべながらも、いつものように深々と頭を下げ、モニター室を後にした。
「……ふぅ」
機械音だけが響き渡るモニター室で一人、深い溜め息を吐き出す。
ソフィアが私のことを『妊娠できない女』『石女』と言った時、心臓が飛び跳ねた。だって、図星だったから。本当のことだったから。あの時は頑張って平静を装っていたけど、ソフィアの言葉で酷く心が傷つけられた。
フィンはソフィアに『子供を生ませる為にシャーリーとセックスをしているんじゃない』と言っていたけれど、心の奥底に潜む本音はどうなんだろう。本当は赤ちゃんが欲しいのかな。
「フィン……」
小さな声で愛する夫の名を呼んだその時、扉が鉄の軋むような音を響かせ、身体が跳ね上がった。
ノックもせずに扉を開けるなんて、駄目じゃない──完全に頭の中でセバスチャンが戻ってきたのだと思い込み、文句を言おうと扉に顔を向けた。
「もう、セバスチャ…………えっ」
言葉を失った。
背筋を冷たい汗が伝い、心臓は大きく波打った。
だって、扉の前にいたのがフィンだったから。
モニター室の存在なんて私とセバスチャンしか知らないのに。驚いた表情もせずに、当たり前のようにそこに立っていたから。
「フィン……何でここに」
フィンはいつものように笑顔を見せない。
穏やかな眼差しを向けない。
普段の心優しい夫はそこにはいないように感じられた。
「……シャーリー」
無表情で私をじっと見つめながら、後ろ手で扉を閉めて。誰も入ってこれないように鍵をガチャリと掛けた。
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