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10話△ ※フィン視点
しおりを挟む何だか、寝苦しい。
さっきまでシャーリーと愛し合って幸せだったはずなのに。手足を縛られているみたいで、全く動けない。それにお腹の上に重たい何かがのし掛かっているような──
「旦那様。おはようございます……」
顔全体に吹き掛かる生温かな吐息と、荒々しい呼吸音、そして背筋がぞっとするような声。重たい瞼をゆっくりと開くと、ぼやけた視界に愛するシャーリーではない人影が見えた。
「旦那様……フィン様……」
ぬっと近付いてきたその正体。
目と鼻の直ぐ先にいたのは、鼻息を荒々しくさせて薄気味悪い表情を浮かべたソフィアだった。
「ひぃ!?」
あまりに恐ろしい彼女の笑顔に、喉を切り裂かれたような悲鳴がこぼれる。ソフィアは唾液が絡んだ舌を至近距離で覗かせ、そのまま俺の下唇から上唇を這うようにベロリと舐め上げた。
「ひ……っ」
ぬるりとした気持ち悪い感触に、全身の血がひゅっと全て抜かれてしまったような感覚に陥る。直ぐ様ソフィアを突き飛ばそうとしたものの、両手首が全く動かず。視線を持ち上げると、鉄の鎖で雁字搦めに縛られていた。
「旦那様の唇、美味しい……」
ソフィアは自分の上唇を舐めると、唇同士が触れ合いそうになる距離までぐっと顔を近付けた。
「や、やめろ! 何でソフィアが此処にいるんだ! シャーリーは、シャーリーは何処だ!?」
「部屋の鍵を内側から閉めておいたので、奥様は入ってこれません。この部屋は、私と旦那様の二人きり。誰にも邪魔はさせませんよ」
「はっ、やっ、シャーリー……!」
ソフィアからなるべく顔を離そうと、首をぐっと横に向ける。しかしそれも一瞬の抵抗にしかならず、胸を這うように指先で肌を撫でられ、身体が大きく震え上がった。
──そうだ。俺、今裸じゃないか。
「まぁ。旦那様の身体、とっても熱い。そして凄く肌が綺麗。あの時はこんな風にフィン様に触れるなんて、思ってもいなかったのに、夢みたい」
「さ、触るなって言ってるだろ! シャーリーを返してくれ! シャーリー!」
どこを見渡しても部屋の中にシャーリーはいないのに、無意味に何度もシャーリーの名を叫んでしまう。さっきまであんなに愛し合っていたのに、何処に行ったんだ。俺が寝ている間にソフィアにどこかへ連れ出されたのか!?
「フィン様、大丈夫です。優しくしてあげますから、たっぷり愛し合いましょう」
ソフィアはふふふっ、と鼻から笑いをこぼしながら、胸元から何かをを取り出した。
──彼女の手に握られていたのは、黒みがかった深い紫色の色彩を放つ液体が含まれた硝子の小瓶。
明らかに口にしてはいけない禍々しい色のそれを、ソフィアは躊躇うことなく一気に口に含んだ。
「な、何して……んっ!」
頭を両側から固定するように掴まれ、ソフィアに唇を無理矢理奪われる。強く押し付けられる唇の感触に鳥肌が立ったのも束の間、僅かに開いた唇の隙間から粘り気のある液体が舌を伝って流れてきた。
「んっ、んんっ、んーっ!」
口から出そうとしても、唇が余すことなく密着するように重ねられ、吐き出すことが出来ない。ソフィアは口づけたまま顎をぐっと上げさせ、唇の隙間からぬるりとした熱いものをこじ入れようとしてきた。
「はっ、やめっ、シャーリー……!」
「フィン様……」
頑なに唇をぎゅっと結び、気持ち悪い感触の侵入を阻む。それでも無理矢理舌を入れ込もうとするソフィアに、拒絶の意を示そうと、ソフィアの両手の力に逆らって勢い良く首を横に振った刹那──口の中に含んでいた液体をゴクンと飲み込んでしまった。
「っ、あ……」
ソフィアは俺の喉仏が上下に動いたことを指先で確認すると、口角を僅かに上げてゆっくりと唇を離していった。
「ソ、フィア……」
「……フィン様。きっと今の薬で最高のセックスが出来ますよ」
俺が身体を震わせる傍ら、ソフィアは瞳を細めてにっこりと笑い──自らのシャツのボタンを一つずつ丁寧に外し始めた。
「ソ、ソフィア! 何をしているんだ! やめろ!」
必死に抵抗しようと身体を捩らせても、縛られた鎖のせいで殆ど身動きが取れない。ソフィアはそんな暴れる俺を見下ろしながら、恍惚とした表情を浮かべる。
「……フィン様。わたし、フィン様の初めてになりたいんです。でもフィン様の初めては全て奥様が奪ってしまったから、だから」
閉じられていたソフィアの瞳が時間をかけて開かれていく。
光の宿さないその瞳は、まるで先ほど飲まされた薬のような忌わしい色で。何故か、遥か昔に感じた恐怖が走馬灯のように駆け巡った。
恐ろしくて、震えが止まらない。
ソフィアは笑っている。
霊に取り憑かれた人形のように、クスクスと、不気味に。
浅くなっていく呼吸を落ち着かせようと、息を呑み込んだ刹那──ソフィアは血の気が薄い唇をそっと開き、僅かに口角を上げた。
「……フィン様、お願いです。私、今日が一番妊娠しやすい日なんです。だから、私がフィン様の初めての子供を孕むまで、たくさん私のこと、愛してくださいね?」
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