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8話※
しおりを挟む──しまった。やらかした。
実際の現場を見てもいないのに、そしてあの現場にはフィンとソフィア以外にはいなかったのに。キスしたことを私が知っているのはおかしいじゃない。フィンがキスされた怒りから感情的になり過ぎて、矛盾に気づかなかった。
フィンはモニター室の存在は疎か、監視カメラで日頃の生活を見られていることも、勿論知らない。
万が一この事が知られてしまったら、絶対に引かれる。そんな女とは離婚すると言われるかもしれない。
誤魔化すのよ、シャーリー。
なんとか上手い言い訳を。
「シャーリー?」
フィンが曇りなき瞳でじっと見つめてくる。
やめて、お願い。そんな目で見ないで。
罪悪感で一杯になってしまうから。
「……えっと」
「うん」
「……夫婦だから、何処にいてもフィンが何しているか、分かっちゃう、の?」
何故か最後を疑問系で締め括ってしまった。
うーん。我ながら苦しい言い訳……!
こんな言い訳、頭の中がお花畑の人しか誤魔化せない。笑顔で誤魔化してみたけど、フィンも流石に──
「そっか! 凄いな、シャーリーは。俺が何してても分かっちゃうのか」
「えっ」
「凄い。シャーリーは凄い。好きだよ、好き。大好き」
フィンは目元をくしゃりと綻ばせながら、鼻先を合わせるようにして擦り寄せる。
もしかして、信じてくれた?
フィンがバ……素直で良かった。でも、ここまですんなりと人が言ったことを鵜呑みにされてしまうと、此方が逆に不安になる。
「フィン。お願いだから、知らない人に何を言われてもついていかないでね」
「え?」
「ソフィアの件もあるし、凄く不安なの。お願い」
瞳を大きく見開くフィンの頬を両手で包み、顔をゆっくりと近付ける。フィンは唇をきゅっと結んだまま私を見つめると、私の髪を愛おしむように指先で優しく梳かした。
「不安ならシャーリーがずっと俺の側にいてくれればいいんだ」
「え?」
「俺の稼ぎだけでも十分に生活は出来る。だからシャーリーは仕事を辞めて、ずっと俺の側にいればいいんだ。俺が仕事をしている時も、家にいる時も、ずっと」
「えっ、いや、でも」
「シャーリー。こんなにも愛し合っているのに、ずっと一緒にいれないのは辛い」
戸惑う私に構わず、フィンは私の身体をきつく抱き締める。胸が潰れてしまいそうな力強さに、思わず顔を上げれば、一瞬の間を惜しむように唇を塞がれた。
「んっ、んん……!」
ちゅううううっ、と強く唇を吸われ、腰がゾクゾクと震え上がる。唇が離されたかと思えば、直ぐにまた奪われて。厚みのある舌が差し入れられてきた。
「あっ、んんっ、ダメ、フィン……」
「シャーリー……」
唇の裏側をぬるりと舐め、歯列をなぞり、頬の裏側まで丹念に舐め尽くしていくフィンの舌に、身体が快楽の渦に突き落とされていく。
最初は抵抗しようと思っていたのに、全身を疼く熱には勝てなくて。気付けば彼の首に腕を回していた。
「フィン……フィン……っ」
「シャーリー……好きだよ。愛している。誰にも渡したくない、誰にも触れさせたくない」
唇を重ねたまま甘い言葉を囁かれ、身体が悦びの声を上げる。フィンの柔らかな舌から唾液を搾取するように吸い付けば、いつもの始まりの合図を告げるように腰を撫で回された。
「……んっ……」
混ざり合った唾を喉の奥へと流し込み、ゆっくりと唇を離す。
フィンの表情からは、普段の可愛らしい笑顔は消えていて、獲物を捕らえた獣のように唇の周りをペロリと舐められた。
「ダメ……フィン……明日から、公演の稽古が始まるんだから、休まないと……」
「無理だ。シャーリーが足りない。シャーリーがもっと欲しい」
フィンは獰猛な瞳を向けたまま、私の首筋に吸い付く。チクリと刺すような痛みに、堪らず顔を横へと背けた。
淡い吐息をこぼして、フィンの唇と手の動きに身を任せていたその時──偶々視線を向けた本棚の二段目の端に不馴れな光が見えた。
「っ……?」
光の正体を確かめようと、フィンに動揺を悟られないようにしながら目を凝らす。
あれは、もしかして──
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