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3話
しおりを挟む「……エルヴィール」
普段決して聞くことは無いスコールの甘い声。触れ合った唇から、心臓の高鳴りが伝わってしまいそうになる。
普段のセックスはあんなに淡白なのに、眠っている時にこっそりとキスをするなんて。まぁ、決して人を責められる立場ではないけれど。
じっと押し付けられる柔らかな唇に、エルヴィールの身体が甘く痺れていく。熱い吐息を吹き掛けられて、ゆっくりと角度を変えられて。
中々離れない唇に焦らされてしまい、エルヴィールの中の糸がプツンと切れた。
「っ、んっ!?」
エルヴィールは夫の後頭部をガッと引き寄せ、唇を更に押し付け合わせた。動揺して僅かに開いたスコールの唇の隙間に舌を捩じ込み、歯を抉じ開けていく。
「んっ、んんっ、エルヴィール……!」
狼狽える夫はされるがままの状態。エルヴィールは遠慮する兆し一つ見せず、スコールの口内を貪り尽くす。頬の裏側をたっぷりに舐めて、歯列を舌の先で丁寧になぞって、逃げ回る舌を絡めて。淑女の欠片も無い行為をしている自覚は頭の隅くらいにはあったものの、それよりも夫に対して抱く情欲が圧倒的に勝っていた。
「んっ、あっ、んんっ」
くちゅりぬちゅりと唾液が絡む音を立てて、重なった唇からスコールの善がり声が漏れる。こんな声は今まで身体を重ねてきた中で、一度も聞いたことはなかった。
スコールと自分の舌が厭らしく絡まっている事実だけで下腹部が疼いてしまうのに、こんな声まで出されたら身体がおかしくなってしまいそうだ。
夫の知らない顔を、淫らな姿をもっと見てみたい。
エルヴィールはスコールの舌から唾液をじゅるじゅると吸いながら、両腕を首に絡めて抱き付くような体勢をとる。あまりの激しすぎる口づけに、もごもごと動く二人の唇の隙間から、混ざり合った唾液が溢れ出した。
「おっ、おいっ、やめっ、エルヴィール……!」
ぐっ、と両肩を掴まれ、唇が離れる。
暗闇に慣れた瞳には、呼吸を荒くしながら涙目になっている夫の姿が映し出されて。エルヴィールは全身にゾクゾクッ、と愉悦を感じてしまった。
ぎゅっと優しく彼を抱き締めてあげたい。
──今すぐにでも、この男を食べてしまいたい。
「旦那様、つれないです。隠れてキスをするなんて……。もっともっと、しましょう?」
唾液でべったり濡れた夫の唇を一周するように舐めて、音を立てながら吸い付く。スコールが首を振ろうとも、頬を固定して離さない。
「おっ、お前は、んっ、今まで、気付いていたのかっ!」
「うっ、んっ?」
「私が毎晩、お前に口づけ──」
舌を執拗に絡め取りながら交わされる会話。スコールが何かを問い掛けようとした瞬間、外から光が漏れ──空が真っ二つに裂けたような落雷の地響きが伝わった。
「ひっ、かみなりっ」
スコールは無理矢理エルヴィールから唇を離し、毛布に身体を包み込んで駆け足で部屋を飛び出す。すかさず、エルヴィールはその後を追った。
「旦那様! 待って!」
廊下に出ると、既にスコールの姿は無かった。執務室にはいない、書斎にもいない。階段を降りた気配も無い。となると、残りは──
「……物置部屋」
エルヴィールは口角を大きく上げて、笑みを綻ばす。
はぁはぁ、と僅かに息を乱しながら、一歩ずつ足音を立てないように廊下を進んでいく。古くから存る此の屋敷は、歩くだけでも木の軋む音が鳴り響く。
きっと、夫は妻が忍び寄る足音に気付いていることだろう。
「ああ、愛しの旦那様。一体どこにいるのかしら」
小鳥の囀ずるような声を出しながら、エルヴィールは物置部屋の錆びた扉の取っ手に触れた。なるべく音を響かせないようにゆっくりとゆっくりと扉を開く。
「……あら」
狭く薄暗い物置部屋に蝋燭の灯りが差し込み、可愛らしい大きな犬──ではなく、毛布にくるまって震えるスコールの姿が視界に飛び込んだ。ペロリと舌舐めずりをするエルヴィールに、スコールは喉の奥から小さな悲鳴を漏らす。
エルヴィールは部屋の中に足を踏み入れると、扉を閉めて鍵をして。にっこりと満面の笑みを浮かべた。
「だんなさま。みーつけた」
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