【R18】悪女と冴えない夫

みちょこ

文字の大きさ
上 下
14 / 16
幕間

13.5-1話 侍女は見た※

しおりを挟む

「やだ、結局何もいないじゃない。もぉー、無駄に肩凝ったわ」

 髪を一つにきっちり纏めた背の低い侍女が、いかにも退屈そうに大きく背伸びをする。一方、新入りの背の高い侍女は顔を真っ青にさせたまま、必死に首を横にぶんぶんと振り続けていた。

「ほ、本当に聞こえたんですって! 絶対に何かいますよっ」

「あんたの気のせいでしょ。心残りがあるならあとは自分一人で探しなさい、ほら」

 背の低い侍女は洋燈を新入り侍女に押し付け、振り返ることなく書斎を後にする。取り残された新入り侍女は泣きそうな顔で「ふぇぇ」と情けない声を漏らした。

 田舎に妹と弟達を残し、出稼ぎのために王都へと赴いて約ニ年。真面目に仕事に打ち込んできた甲斐もあり、名の知れた家の使用人となるまでには成長できた。

 ここで使用人としての仕事を放棄してしまえば、首になってしまう可能性もある。どこか裕福な家の美形子息に見初められ、玉の輿に乗る夢も泡となって消えてしまう。

 新入り侍女は妙な正義感と不純な夢への想いに駆られ、書斎の奥の開かずの間の扉に手をかけた。

「ひっ、あんっ」

 なんか、聞こえた。
 はっきりと耳に聞こえた。

 幽霊にしてはやけに色っぽいというか、淫らというか、卑猥な声というか。

「ほら、アルフィー様。頑張って」

「も……もぉ、無理だよ……エイヴァ、許して」

「そんな可愛い顔で言っても許しません。昨日みたいにもっと激しく腰を動かしてください」

「お、俺、初めてみたいなもんなのに……」

「私だって同じです」

 この声は明らかに幽霊ではない。
 幽霊がこんな会話をするわけがない。するとしたら腹上死した夫婦か恋人の地縛霊くらいだろう。

 新入り侍女の心音は別の意味の胸の高鳴りへと変わり、冒険心をそそられていく。新入り侍女は扉のわずかな隙間からその奥の光景を覗き込んでしまった。

「あっ、エイヴァ……だめだ、そこは」

「旦那様。とても可愛いです」

 暗闇に近い密室空間にいたのは、二人の男女。床に胡座をかいた男の上にプラチナブロンドの髪の女が跨っている。はっきりとは見えない。見えないけれど、重なった二人の陰部からはぐちゅぐちゅと水音が漏れている。

 いくら経験のない侍女でも、二人が何をしているかは明白だ。

「あっ、ああっ」

「アルフィー様……好き。好きです。大好きです。誰よりも深く愛しています。旦那様を誰にも渡したくない」

「エイヴァ……」

 快感に呑み込まれていく男に、女は追い打ちを掛けるように耳元で独占欲に満ちた愛を囁く。男は背を向けて顔は見えないが、女はおそらくエイヴァだ。ということは、相手は言わずもがな彼女が呼んでいる名の通り家の主であるアルフィーだろう。
 人間ブリザードと使用人達から恐れられているエイヴァのあられもない姿に、侍女は思わず息を呑む。

「あっ」

 目が、合った。
 
 青い瞳がこちらを向いた。アルフィーの腰に両脚を絡めたエイヴァは、侍女の姿に驚いている様子は見受けられない。それどころか目を細め、口元を微かに緩めて、そして。

「……っ!」

 しっ、とエイヴァは微笑みながら自らの唇に人差し指を充てがった。

 侍女は耳の付け根まで顔を真っ赤に染め、コクコクと何度も頷く。ここにいてはまずい。状況を察した侍女は、逃げるようにその場を走り去った。

 (びっくりした、びっくりした……!)

 侍女は口元を両手で抑えながら、小走りで地下の廊下を駆け抜ける。高揚感に身体が蝕まれ、両手が震えていた。
 普段は冷徹なエイヴァのあんな姿を見るのは初めてだ。おそらくこの屋敷の中の使用人であの姿を知っているのは自分だけだろう。

 冷めきらぬ興奮に一度落ち着こうと、侍女が深呼吸をしようとしたそのとき、どこか遠くから獣の唸声のような音が聞こえた。

「……ケテ…………タス、ケテ…………」

 この声はどこから聞こえるのか。
 何も考えずに走っていた矢先、侍女は見知らぬ場所に辿り着いていた。

 まるで異空間のようにひっそりとした場所。ぽたぽたと天井から垂れる水音だけが反響している。なんとも言えないほど不気味なところだ。
 こんな場所に鉄格子で覆われた部屋などあっただろうか。まるで牢獄みたいだ。侍女がふと頭の中で疑問を浮かべた刹那、鉄格子の奥から突如現れた謎の化け物がガシャンと頑丈な扉を揺らした。

「おいいいい、助けてくれぇぇぇぇ!!」

「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!」

 よくよく見れば化け物ではなく、ただの素っ裸の男なわけだったが、それでも驚かないわけがない。侍女は男の声に負けない金切り声を上げ、死に物狂いで地上へと続く階段を駆け上った。

「おい、待てっ、行かないでくれ! 目が覚めたらどうしてかこの場所にいたんだ! 頼む、頼む、誰が助けてくれぇ!」

 誰もいなくなった地下に響き渡る悲痛に満ちた男の叫び声。彼の助けに応じる者は誰一人としていなかった。


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

麗しのラシェール

真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」 わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。 ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる? これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。 ………………………………………………………………………………………… 短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

逃げても絶対に連れ戻すから

鳴宮鶉子
恋愛
逃げても絶対に連れ戻すから

処理中です...