【R18】悪女と冴えない夫

みちょこ

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第1章 冴えない夫

5話

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 エイヴァに初めて会ったのは五年前。

 彼女はもう覚えていないかもしれないが、アルフィーが王都騎士団に入団して一年経ったばかりのちんちくりんだった頃、美しいドレスを纏ったエイヴァを庭園の四阿で見かけたのだ。

『あっ、あ、あのっ、これ……』

 新米騎士のアルフィーは側に落ちていたハンカチを拾い、恐る恐るエイヴァに忍び寄る。ベンチで腰を掛けていたエイヴァは俯かせていた顔をゆっくりと上げ、視線をアルフィーに向けた。

 (わっ)

 目つきは悪いが、かなりの美人だ。
 庭園の中央で群がっている貴婦人達が霞んで見えるほどに。
 まだ十五にも満たなかったアルフィーは胸の高鳴りを誤魔化すように頭を下げ、顔を逸らしたままハンカチを差し出した。

 きつく握り締めたハンカチそれが湿っていることに気が付いたのは、そのときのこと。

『……ありがとうございます』

 少しだけ、声が震えている。

 アルフィーは声に吊られるように勢いよく顔を上げ、エイヴァの目尻がうっすらと赤く腫れていることを察した。
 泣いていたのだろうか。哀しいことがあったのだろうか。しかし、女性と接する機会が雀の涙ほどしかなかったアルフィーにはどうすればいいか分からない。
 アルフィーは無駄に周囲を見渡してはそわそわと後退したり前進したり。瞬きもせずにじっと自分を見つめる彼女を前に、気を動転させていた。

『こ、これ、よかったら食べてください!』

 何を思ったか、アルフィーは小腹が空いたときのためにと取っておいた小袋に包んでいた焼き菓子を差し出した。今思えばどこぞの輩がくれた食べ物なんて口にするわけないのだが、純粋うぶで童貞のアルフィーにはそれ以外の気遣いが思い付かなかったのだ。

『そ、それでは失礼致しますっ』

 アルフィーは逃げるようにその場を去っていく。

 背後からやたらと視線を感じたが、振り返る余裕なんてなかった。
 その日の夜も数週間経っても、他の美しく若い娘との縁談が舞い込んだ日も、その後娘の家から冴えない男との結婚は無理だと後々断られた時も、上官からこっぴどく叱られた日も、何年の月日が過ぎようとエイヴァのことを忘れることはできなかった。

 我ながら酷く初恋を拗らせてしまったと、アルフィーは失念した。

 最後にもう一度だけでも会えればと思いつつ迎えた十八歳。まさかアンドリュース家から婚約話が持ち込まれるとは。その娘が自分の初恋の相手だなんて、アルフィーは思いもしなかった。






***






「ううん、エイヴァ……」

 アルフィーは倦怠感に身を委ねるように、腕の中の温もりをぎゅっと抱き締める。鼻から脳へ、蕩けるような甘い香りが広がり、心地よい感覚に包まれていく。アルフィーはうへうへと妙な声を漏らしながら、目を開け──その数秒後に発狂した。

「えっ!?」

 エイヴァだと思って擁いていたのは黒髪の女だった。後ろを向いていて顔は見えないが、白く透き通るような背中が丸見え。首筋には蝶型の痣がいくつもある。どこからどう見ても裸だ。そして自分も恥部を曝け出した素っ裸だ。

「え……えっ!?」

 アルフィーは寝台から飛び起き、無意味に自分の胸を隠す。
 周囲を見渡すと、そこは幾つものベッドが並べられた場所。アルフィーが幾度となく世話になってきた騎士団本部の救護室だった。

 銅像のように硬直し、アルフィーは熟考する。

 昨夜、ジョセフ副騎士団長の鼻の吹き出物を見てから記憶が乏しい。酒を飲んで気を失って、今起きたらなぜか裸の見知らぬ女と寝ていた。

 つまりのつまり、これは。


 ──アルフィー様。不義を働いたら許しませんからね。


 脳裏に浮かぶのは、教会でエイヴァと誓いを結んだあの時の言葉。熱が迸っていたアルフィーの身体から一瞬にして冷や汗が滲み出す。
 背を向けたまま眠っている黒髪の女からゆっくりとゆっくりと距離を取り、アルフィーは裸のまま外套を羽織って救護室を飛び出した。






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