【R18】黒豹と花嫁

みちょこ

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18話※

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「あっ」

 ハルの上擦った声で身体がふと固まった。目の前にはうっすらと頬を上気させたハルの姿がある。
 なんでハルの衣装がはだけているのか。俺のこの手はなんだ。どうしてハルの服を引っ張っているのか。なんでハルの首筋と胸元に痣と噛み跡がついているんだ。

 まったく記憶がない。

「スザク……」

 ハルは潤んだ瞳で困ったように俺の顔を窺う。

 おいおい。何をしているんだ、俺は。
 無意識に身体が動いていたのか、どこからどう見てもハルを襲おうとした形跡しかない。相手は瀕死状態になっていた怪我人だぞ!

「……ん、ぐっ、わる、い。少し、外に出る」

 全身を唸らせる熱に耐えながら、理性を失いかけた身体に鞭打って部屋の扉へと向かう。

 熱湯を被さったみたいに頭がくらくらしやがる。おまけにハルから遠ざかれば遠ざかるほど身体がしんどくなっていくような気がした。

 ──望月の夜までに番の契りを結べ。さもなくば番は呪いに蝕まれ、命を落とす。

 あの狼獣人の言っていたことがふと脳裏を過ぎった。
 契りって何だよ。ハルが連れ去られる前、俺が見た番の資料に載っていたと同じもんなのか? まさか、さっきの行為の延長線上のことなのだろうか。狼獣人曰く、それができなければ、呪いを移された側の俺は死ぬ、と。

 だとしたら、この上なく最悪だ。
 無理してハルにそんな行為を受け入れさせるくらいなら、俺が死んだほうが遥かにマシだ。

「スザク、無理しないで」

 俺の状態なんて露ほども知らないであろうハルが、とことこと歩み寄ってくる。

 終いには甘美な香りを漂わせる身体をぐっと近づけて、俺の背中を懸命に擦り始めた。淡紅色の形の良い唇から漏れる息が甘く、脳髄まで痺れさせる。

 身体が、苦しい。
 どうしようもないほど、ハルに触れたい。

「あっ」

 気づけばハルの頭を強引に引き寄せ、小さな唇に噛み付いていた。ハルは反射的に身を引こうとしたが、構わず冷たい床に押し倒す。下唇と上唇をたっぷりと舐め回し、吸い付いて、舌を唇の隙間から捩じ込んで。ハルの咥内を余すことなく貪り尽くしていく。

「く、くるしっ、すざく、やっ」

 もはや、ただの接吻というよりは唇から獲物を喰らい尽くす獣だ。甘い雰囲気をこぼつほど鼻息は荒くなり、唇の繋ぎ目から溢れた唾液がハルの頬を汚していった。

「ん、はっ」

 息苦しさから逃れようとしたのか、ハルが唇をずらそうと首を横に振る。いくら女に飢えていても普段であればこんな糞みたいな真似はしない。だが、今の身体の状態ではハルの厭がる姿さえ情欲を煽られてしまう。
 か弱い力で抵抗するハルの唇を奪い、奥へ逃げようとする舌をしつこく絡め取り。蜜のように甘く透き通った分泌液を音を立てて吸い取った瞬間、咥内に色艶を含んだハルの声がふわりと漏れた。

「スザク……やめて……」

 助けを求めるような、或いは懇願するようなおぼつかなげな声。うっすらと目蓋を開けると、はらはらと大粒の涙を流すハルの姿が視界に飛び込み、頭を鈍器で殴られたような衝撃を覚えた。

「あっ、スザク……!?」

 どうすればいいのか分からなくなっていたのかもしれない。気が付いたら、側の壁に自分の額を打ち付けていた。意識が吹き飛ぶくらいに、何度も何度も。

「やめて、怪我する!」

 力の加減すらできず、額から生温い液が伝っていく。このまま気絶すればハルを襲わなくて済むのではないか。ハルから直接拒まれなくても、最期はハルから離れずとも。

「やめてって言ってるでしょ!」
「いっ」

 腕を勢いよく引かれ、頭が衝撃から解放されたかと思ったら、頬を爪で引っ掻かれた。割りと本気の力で。じんじんと腫れる頬を片手で覆いながら視線を上げると、ハルはさっきよりもボロ泣きしていた。

「なんでいきなり頭おかしいことするの……? 意味が分からない」

「ハル……」

「本当に、放っておくと、スザク死んじゃいそうで、こわい」

 乱れた髪と花嫁衣装のまま、ハルは瑠璃のように光る涙をこぼす。蒼白く鮮やかな月光が、濡羽色のハルの髪を照らしていた。

 ──そうか、今日は満月だったのか。

「スザクはいつもそう。側にいても一人で抱え込むことが多くて肝心なことは何も話してくれない」

「……ハル」

「お願いだから、傷つく前に、苦しむ前に、何かあるなら話を」

「……好きだ、ハル。結婚しよう」

 自分の頭の中でも考えていなかった言葉が、自然と唇からこぼれた。ハルも何を言われているのか理解できていなかったのだろう。涙をはたりと止めると、何度か屡叩き「え?」と気の抜けた声を漏らした。

「いきなり、どうしたの?」

「……ちゃんと伝えなくちゃって、なんとなく」

「なんとなくって」

「ハルがよければ、そばに、いてほしい。一生、側にいたい」

 段々と声が小さくなる。自信のなさが現れているようで、情けない。さっきまでハルを襲っていた時の威勢はどこにいったのだろうか。

「いっしょに、いていいの?」

「……ん」

「いっ、じょに、いでいい、の?」

「何回聞くんだよ」

「ゔっ、ん」

 ハルは顔を崩して俺を睨む。耳をぷるぷると震わせたかと思えば、目と鼻と口をぎゅっと顔の中心に寄せて、喉の奥から妙な声を漏らし始めた。
 気のせいか、怒っているようにも見える。

「嫌だったら嫌って言ってもいいんだ。他にもマシな男は山ほどいる」

「い、いない。スザク以外いないもの」

「……男を見る目がねぇな、本当に」

 未だに変てこな顔をしたまま震え続けるハルの髪に触れると、ハルは俺の手から腕を伝って頬に触れた。強張っていた顔の力を緩め、涙を瞬きと共に弾き出し、そのまま流れるように顔を近づけてくるハル。

 同時に忘れかけていた熱が込み上げ、反射的に顔を逸らしてしまった。

「……スザク。こっち向いて」

「絶対に嫌だ」

 また、ハルを傷つけてしまうかもしれない。
 心の中で言い訳をしたものの、強引に首の向きを戻された。

「お願い、触れさせて」

 吐息が交わるほどの距離にあったハルの顔。はっ、と息を呑む前に唇が触れ合う。俺がさっき無理強いしたような口づけとは違う、触れるだけのもの。ほつれた糸でとどめていた熱が隙間から溢れ、気づいたらハルの肩をゆっくりと押していた。

 今度は感情に翻弄されないように。
 我を失わないように。
 なるべく痛い思いをさせないように。

「あっ……あぁ」

 熱い吐息の漏れるハルの赤い唇から下顎へ唇を這わせ、脳の奥まで痺れるほどの甘い香りを纏うハルの上体を露にさせていく。
 細い血管がうっすらと見える光のこもった肌。絹のように滑らかな触り心地。この温かさは、あのとき最後まで触れられなかったぬくもりだ。

「あ、んっ」

 細い手首を掴み、胸元を露にさせ、欲情が滲んだ舌でハルの媚芯を舐め尽くす。まるごと口で覆うように甘噛みしては、じゅるりと吸って。ハルの顔を見る余裕はない。まったくなかったが、艶めいたハルの声は確実に喜悦が滲み出ていた。

 純白の生地の中から手を滑らせた秘所は、とろとろと痴液が溢れ出している。俺も限界だった。身体が興奮に煽られて、すぐにでもハルを突き上げたい衝動に駆られそうになる。

「スザ、ク」

 邪魔な前髪の隙間から、ハルの泣き顔が見えた。
 汗が滴り、ハルの薄い肌を濡らしていく。

 この先に進んだら、ハルは俺の手で穢れる。
 半端な黒豹獣人なんかに、一生を捧げなければならない。

 いいのか。
 この先に進んで、いいのだろうか。

 今になって躊躇いが生まれる。

「……きて。スザク」

 一瞬、強張ってしまった身体がハルの声に呼び戻された。
 そのまま頬を両手で包まれ、優しい力で引き寄せられる。ひくひくと動く小さな鼻が、俺の鼻先に触れた。唇から漏れる息が酷く温かい。

 俺は再びハルの唇を塞ぎ、双の細い足首を掴んで肩に担ぎ上げた。

「あっ、あぁっ、す、すざ」

 ぬかるんだ入口に膨張した肉塊をあてがう。きつく狭まった蜜壺が蠢きながら突き進む熱を圧迫し、熟れた最奥へと導かれていく。ぐしゅん、と濡れた淫肉が剛直を搾り取るように刺激し、背中から汗が噴き出した。

「ハル……ハ、ル……!」

「あっ、あっ」

 異物を受け入れることで精一杯なのだろう、ハルは目尻に涙を残したまま、俺の背中に爪を掻き立てる。ひりひりと皮膚が抉られたような感覚に襲われたが、痛みよりもハルに対する欲情が圧倒的に勝っていた。

「スザ、あっ」

 愛液の洪水を起こした肉壺のその先に、先端がぐにゅりと押し潰される。頭が狂いそうな快楽に目眩を覚えたが、一瞬の間を惜しんでハルに腰を打ち付けた。
 肉悦に浸っている暇なんてないほど、ハルは辛そうにしている。二つの牙を覗かせた唇をわずかに開き、助けを求めるように何度も俺の名を呼んでいる。

「わる、い、ハル、あと少しで終わる……!」

「だ、だいじょ、スザ、あっ」

 ハルの上擦った声が、肉のぶつかる音にかき消される。
 ぱんぱんっ、と恥音が密室空間に鳴り響く中、ハルは顔を真っ赤にして、苦の感情を漏らさないようにと唇を噛み締めていた。辛い思いはさせたくない。けれど、ハルを骨の髄まで貪りたい。薄汚い劣情に頭が支配され、段々と思考が途絶え始める。 

「ハ、ル」

 表情は辛そうにしていることは明らかなのに、ハルの媚肉はちゅうっと吸い付くように雄に纏わりつく。初めは遠慮がちだった抜き挿しも勢いと激しさを増し、欲望が完全に身体を乗っ取った。

「あっ、スザク、からだが、あっ」

 一瞬、ハルが大きく目を見開いたような気がしたが、すぐに苦痛と快楽の波に攫われていった。背中を大きく仰け反らせ、悲鳴に近い声を発するハル。
 透かさずその細い身体を抱き寄せ、もう手放さないようにと温もりを噛み締めた。

 何だか抱き心地に──というより自分の身体に違和感を覚えたが、構わずにぎゅっと強い力で。

 (ハル……)

 快感に打ち震えるハルの背中を撫で、首筋に顔を埋める。
 ハルも弱々しくも腕を回してくれた。重なった肌は汗でしっとりと濡れている。熱くて、溶けそうな体温だ。

 なくなってしまった片耳を愛おしむように口元を押し当て、視線を持ち上げる。ふと目に飛び込んだ古びた姿見。
 そこには全身黒い体毛で覆われた黒豹と、純白の花嫁衣装に身を包んだ片耳の狼半獣の姿がうつしだされていた。





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